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第六話 固有魔術

 タツの掌に収束したタツの魔力は徐々にその姿に質量を得ているように見える。収束した魔力は遂には一本の槍へと姿を変えた。その槍を握り、穂先をリュウに向けてタツは口を開いた。

「勘違いしているわよリュウ。固有魔術なんて、魔術師の高みでも何でも無いわ。現にこの槍は私が物心ついた頃にはもう顕現していたのだから。行くわよリュウ、私の牙は魔力を喰らう。この一撃、耐えきれるかしら」と言って、タツは地面を激しく蹴り、リュウの懐へ一足飛びに一瞬にして踏み込んだ。タツの踏み込みの瞬間に槍の穂先はリュウの右眼を貫くように眼前に迫った。タツは踏み込みと槍の一突きを一瞬の内に実行した。恐ろしく速い攻撃だった。しかし、リュウの反応速度も恐ろしく人間離れしていた。リュウは眼前に迫った槍の穂先を首を捻って既のところで回避したが、眉の上を槍の穂先が掠めた様で傷口から血が下に垂れていた。明らかに先程までの踏み込み動作よりも鋭く速い動きにリュウの目は間合いを見誤ったのだ。

 初撃の後、タツの攻めが一突きで収まる訳は無い。四方八方様々な角度から槍をリュウに突き付けていた。リュウは、恐ろしく速い突きを刀で受ける余裕も無く、防戦一方に転じ、突きの悉くを既の所で躱していた。リュウの目も二撃三撃と攻撃を躱す内に、その速度に慣れていている、しかし徐々にリュウは眉上から垂れる血が右目の視界を奪われ動きに鈍りが見えてきた。

 リュウの動きの少しの鈍りをタツは見逃さない。今まで以上に速く鋭く強い突きをリュウの右肩に向けて放った。

 間に合わない! リュウは視界の弱った右側の肩を狙われて、咄嗟に魔力を右肩に集中し凝縮させて、攻撃を防いだ。しかし、タツの槍はその魔力すらも貫通して、リュウの肩に突き刺さった。タツが槍を引き抜くと傷付いた右肩から血液が止め処なく溢れて流れた。リュウは痛みからその場に膝を着き左手で右肩を押さえた。手で押さえるも虚しくリュウの血が傷口から溢れる様に流れ出て地面に落ちている。

「よく躱すわね」タツが右肩を押さえ膝を着いたリュウを上から見下ろして言った。

「タツ。あの動きはいよいよ人間離れしているよ」膝を着いたリュウが見下ろすタツを恨めしそうに見上げて言った。

「悪手ね、私はこの槍は魔力を喰らうと言ったにも関わらず、あなたは魔力を楯にして突きを受けたわね、私を負かした相手はそんな隙は見せなかったわよ」少し残念そうにタツは言った。

「試したくなったんだ、確かめたかった。お前の言葉の意味を、完全に言葉通りの予想通りで、このざまだ。だがな、タツ。お前にも隠し玉があった様に俺にも奥の手はある」

 リュウの言葉にタツは再び警戒し、後ろ足で下がってリュウとの距離を取った。リュウはゆっくりと立ち上がりタツの方を見て言った。

「再生」

 リュウの言葉を合図にした様に今までリュウの身体の内から微量しか立ち上っていなかった魔力の量が膨れ上がり青白く輝いていた。膨大な魔力の輝きにタツは思わず目を細めた。

 光が遂にリュウの身体を全て包み込み、タツは光の中にリュウの姿を見失った。

 なんて魔力量……薬師広平なんて目じゃないよ……いいえ、こんなに膨大な魔力今まで見たことが無いわ。

 リュウの身体から溢れ出した魔力の輝きはやがてふっと消えた。光が消え、タツとドライの目にもリュウの姿が再び視認出来る様になった。

 リュウの魔力の流れは再び微量で穏やかな物となっていた。その姿を見たドライが驚いて言葉を発した

「傷が治っている……傷跡も無く……再生? まさか……」

 治癒魔術だと傷跡は残る。しかし、彼は傷跡どころか、制服の汚れや破れの跡すら無い。再生魔術だなんて、そんなの魔法の全盛、賢者の時代の奇跡の様な物だ。一体リュウは何者なの? ドライはリュウの再生魔術を訝しんで様々な思考を巡らせていた。

「お前のこの空間魔術みたいに、詳しくは説明できない。ドライ、この空間もお前の固有魔術なのだろう?」と、リュウがドライの疑念を見透かした様な声を掛けた。

「ええ……」ドライは少し陰の有る表情で呟いた。

「再生の固有魔術ですって……? リュウ、あなたその魔術の真意を理解している? その魔術の価値を理解しているの?」と、タツはすっかり綺麗に回復してしまったリュウの姿に呆気にとられながらリュウに尋ねた。

「ああ、以前に先生にも同じ様な事を言われたよ。俺がこの固有魔術の術式を得た時にな、お前のその魔術は死の重みと言う物を軽くしてしまう、世界を作り変えてしまう魔術だってな。使い所を誤るな、安易に人の目に付く様な場面で術式を行使するなと、きつく釘を刺されたよ、希少なんだろう? この魔術は」

「ええ、再生の魔術を使える人間なんて今のこの世には深山の魔女くらいよ、深山の魔女の奇跡の話はあなたも聞いた事くらいあるでしょ? 昔はその術式を使える魔術師がもっと居たのだけれど、現代で私の知る限りでは、あなたと深山の魔女の二人だけね」と、タツがリュウに応えた。

「だけど、リュウ。あなたは私たち二人にその固有魔術を見せても良かったのですか?」と、ドライが柔らかい物腰で聞いた。

「ああ、この空間の中だったら誰かに見られる心配も無いだろ? それに、固有魔術なんて魔術師の隠し玉、秘技みたいなもんだが、お前達二人は俺に見せた。それなら、俺もそれに応えないと対等でいられないだろ?」

 リュウのその言葉を聞いたタツは、クスクスと可愛げのある声で微笑む様に笑った。

「あなた本当に面白いわね、面白いけれどもう少し狡猾になった方が良いわよ」と、タツは言った。

「ああ、わかっているさ。広平にもいっつも注意されてるんだ。けれど、俺はお前のその底のしれない魔力と強大な膂力に惚れ込んでしまったから、未だ純粋な力勝負ではお前に敵わないと分かっていても、対等で居たいと強く思った。魔法の道を極める途上でこの意地を退くわけにはいかなかったんだ」と、リュウは優しげに言った。

「もう十分です。こちらに痛手は無く、あなたの傷も癒えている。この戦いは、ここで決着としましょう。リュウ、感謝します。私たちの無理に付き合わせてしまってごめんなさい。あなたの実力は他の一年生達とは一線を画している。あなたはいずれレック様の脅威となるでしょう。あなたは相当の手練れだと、レック様の認識を改めさせます。勿論あなたの矜持に免じて固有魔術の事は伏せて置きますが、レック様にはあなたに対しては決して油断を許さないとお伝えします。簡単には勝てませんよ」と、ドライが相好を崩すように微笑んで言った。

「それは楽しみだ」と、リュウは屈託のない笑顔を見せて言った。それを見たタツは踊る心を押さえつけるように胸に手を当てて呆れたような嬉しそうな表情をしていた。

 リュウはもう戦う気が無いのだと主張するように、刀を元の組紐の形に戻した。形状を変えた組紐は再びリュウの手首に巻き付いた。タツも同じくして胸ポケットにしまい込んだ元結を取り出すと唇に挟んで、両手を使って髪を後ろに纏めて纏めた髪の束を片手で押さえて、空いた片手で咥えた元結を取って後ろ手に髪の束を結んだ。何と言うか職人の手練れ技の様に洗練された流れるようなその一連の動作にリュウは見入ってしまっていた。

「なによ」と、リュウの視線に気付いたタツがぶっきらぼうに言った。

「別に」と、リュウも素っ気ない言葉を返した。

 また、リュウを誂う様な態度で一悶着起こすタツの姿をドライは頬笑を浮かべて見ていた。この空間に先程までの糸を張った様な争いの雰囲気は既に無くなっていた。

「では、そろそろあなたを外に帰します」と、ドライが小競り合いをする二人の間に口を挟む様に言うと、リュウの足元に再び青白く光る魔方陣が現れた。青白い光はリュウの身体を包み込む様に広がった。

「じゃあ、また明日学園で会いましょう」

「ああ、またな」と、最後にタツとリュウは短く言葉を交わした。リュウの姿は光に吸い込まれるように消えた。

 タツとドライだけがこの空間に残っていた。

「ドライ、あなたにリュウはどう見えた?」

「凄まじく目と感覚が鋭いね、タツの魔力の変化量を正確に感じ取っていたし、何よりあなたの爪牙に反応して、緻密に魔力を操っていた。なんともまあ……末恐ろしい……」

「そうね、そして極めつけはあの固有魔術よ」

「再生……、あの魔女の他に使える人間が今の世に居たなんて驚いたわね」

「反則よ、あんなの。あなたも気付いているでしょう? あいつの魔術行使の後、服まで元に戻っていたわ。昔あの魔女と戦った時、再生魔術をこの目で見たけれど、傷ついた身体以外はそのままだったのよ……あいつの固有魔術はただの再生魔術じゃないわ」

「それは、私も気になってた」

「それに、多分あいつまだ本気じゃなかった」

「まだ、何か明かしていない手の内が?」

「ある。と、思う。勘よ」

「私には十分全力で戦っているように見えたけど……」

「間近であいつの動きを良く観察していたから分かるのよ、あいつの魔力の流れは戦いの間も一度たりとも動揺を見せなかった。私が魔力を少し解放した時は少々動揺を見せたけど、それも魔力の出力を調整しているだけの様に見えたわ」

「リュウは、タツに合わせて戦いの中で魔力の出力量を調整していたって事?」

「ええ、緻密な魔力操作を蛇口をひねるように簡単にね」

「まだ底が知れない様ね、大会でレック様はリュウに勝てるかな?」

「わからないわ、さっきもリュウに言ったでしょう? もっと狡猾になりなさいって、魔術師の戦いは純粋な力比べだけではないでしょう? レックの魔力量は到底リュウには及ばないわ、けれどレックにはリュウには無いそのずる賢さがあるもの」と、タツは楽しそうに微笑を浮かべて言った。

「何やら楽しそうですねタツ」と、ドライが呆れ顔をしている。

「ええ、いっつもくよくよ湿った暗い事ばかり考えているあのすかした坊っちゃんの鼻っ柱を同級生のリュウが純粋な力を持ってへし折る姿はきっと面白いわよお。一度こっ酷い敗北を経験するべきなのよあの坊ちゃまは、魔術での戦いが、自分の策通りに行く事ばかりでは無いって思い知るといいわ」と、タツは少し意地悪そうな顔をした。

「いいえ、レック様に敗北は必要ありません。私の目が届くところではそれを私が許しません」と、ドライは少しタツに反発する様に言った。

「でも、ドライ。リュウの戦いを見たでしょう? あいつの勘と言うか、目と言うか、凄まじい反応速度と魔力操作は堅実で確実。正直言うとレックとリュウが一対一で戦ってもレックに勝ち目は無いわ」

「ええ、でも大会は一対一では無いでしょう? リュウが誰と組むのかは分からないけれど、リュウの旧知の仲の薬師君とあなたが居るじゃない。私はタツと薬師くん相手にリュウが全力で戦ったとしても、リュウがあなた達に勝てるとは思えないわ。それこそ純粋な力勝負であなた達なら勝てるでしょう?」

「そうね……、つまらない結末よね、本当に」と、タツは苦い表情を見せた。

「何も心配する事は無いわ、タツ。レック様の言うように一年生の魔術教練大会は魔力量が物を言うのよ」

 ドライの言葉にタツは腑に落ちない様な表情を見せた。

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