第三話 魔術教練大会
広平とレック、タツ、ドライの四人は教室を出て、校舎の中庭に移動した。中庭は正方形に教室や教官室の有る建物に囲まれていてそこそこ広く、中心には噴水が設置されている。中庭の入口は東側の校舎の一階が横広に吹き抜けていて、上の校舎から降りてくる階段と中庭から吹き抜けをみて奥に見える校庭から通り抜けて入ることが出来る。広平達は校舎の階段から降りてきて、校舎の吹き抜け一階に等間隔に並べられた円卓の一つに腰掛けた。レックと広平は向かい合って座った。レックの後ろにドライとタツが立っている。二人は座ってから向き合うだけで、どちらも話し始めずに噴水の穏やかな水の音だけが響く清かな静寂が雰囲気を作っていた。広平はこの席に招かれた立場であったから、レックが口を開くのを待った。広平の視界奥には広々とした校庭が広がっていた。そこから吹き抜けを言葉通り吹き抜けていく薫り高い春の風が広平にはとても心地よかった。風に心を揺らす広平をみて相好を崩したレックがとうとう口を開いた。
「何を見ているんだい?」
「校庭。凄く広いなって……そして何よりもこの風が気持ちいい」と、広平は上機嫌な顔を見せた。
「そうか、あの校庭は魔術の実技教練にも使われるらしいからね、それなりに広いさ。……単刀直入に言おうか、広平、私と組んでくれないか?」
唐突な言葉の意味が分からず、広平はレックに聞き返した。
「どう言うことだ? 組むとは?」
「夏の魔術教練大会に一緒に出てくれないか? 君はかなりの実力者だろ? その身体から溢れ出る大きな魔力を見れば分かる。俺に協力してくれないか?」
「……魔術の系統も知らない相手に、よくもまあ一緒に戦ってくれなんて頼めるな。オニアの人間はもっと誇り高い人間達だと思っていたのだが」広平の言葉に少したじろぐ様な素振りを見せたレックだった
「君の言う通りオニアの人間は誇り高く、普通はこんな頼み事をする様な事は決してないよ。しかし君の魔力量は私にそのオニアの誇りを捨てさせる程に凄まじい。きっと近い内にそれに気付く者も現れるだろう。悪い話では無いさ、そんなに膨大な魔力を持つ君の周りは望まざるとも、様々な謀略が付き纏う様になる。大きな力をもつ者の宿命の様な物だ。私と組めば私が、オニアが君の後ろ盾になる。どうだ? 君にとっても利はあるはずだ。それとももう既に先約があるのかい?」
「……リュウと組む予定だった」
「ああ、さっきの君の付き人かい?」
「付き人?」広平は曇った眼差しをレックに向けた。
「どうやら、姓も持たない様だしね。あまり言いたくないが、魔術師の能力は家柄血筋も重要な要素だ。運良く学園の選抜試験を通ったみたいだが、あの魔力量を見る限り対した実力は無いだろう。悪い事は言わない、私と組んでくれないか?」
「リュウは選抜試験は受けていない。あいつは魔術の師の推薦でここに入学したんだ。地元の町に居る時から今までもあいつの魔術への情熱の注ぎ方は尋常ではなく、とても純度が高い。飯を食う時以外は魔術の修練の事しか考えて無い。そして何より戦いの身の熟しも良い。それを学園に認められて入学した。決してあいつが幸運だったとか、そんな簡単な話では無い。あまりあいつを下に見ていると足元掬われるぞ」と広平は真剣な表情で忠告した。
またしても、無言の静けさが場に戻った。今度の静寂は緊張感の少しある居心地の良い物では無かった。そんな中、広平は顎に手を当てて、何か考えついて、納得する様に数回頷き、そうかそうか、何て呟いたりもして、レックに向かって話し始めた。
「そうか、レック。お前と組めばリュウと戦えるのだな。それはそれで面白い。リュウとは暫く実戦形式での手合わせの記憶が無い。ここいらで一旦の決着を付けておくのも悪くないな。良いだろうレック。組もう」と、広平は曇りない瞳でレックの方へ手を出して、握手を求めた。レックは広平の晴れ上がった空の様な瞳を見少し気味悪がりながらも、自分に差し出された手を取った。レックは広平と握手をした途端にまた驚く事になった。
何だ、広平の魔力がまた一回りは大きく膨れ上がっっている。底が見えない程に……。何なんだこの男は……。この男が導師の言う私の災いなのでは無いのか。この手を取っても本当に大丈夫なのだろうか。いや、オニアの誇りを無視してまで私から言い出したのだ、ここで退く訳にはいかない。
「ああ、宜しく頼む」広平が醸し出す空気感と大きな魔力に少し気圧されながらもレックは広平に握手を返した。
「しかし、レック。大会は最大3人組だろう? 俺はてっきり君たち3人で出ると思ってたんだが、どうなんだ?」
「ああ、最初はそのつもりだったけど、君を見つけて気が変わった、私はどうしてもこの大会で勝ち上がらねばならないのだ、その為には君を仲間に引き入れた方が、強敵が一人減って、強力な味方が一人増えるから都合が良い」
「魔術の高みってやつか……」
「そう、魔術の高み。皆が抽象的に口々にそう言うが、具体的に言えば、この学園の首席卒業生の事だ。この学園を首席で卒業すると、現代の魔術で叶う願いであれば何でも現代魔術界の長たる学園長に叶えてもらえると言う。オニア家が輩出した魔術師は代々この学園を首席で卒業している。我が一族が栄えたのも、この首席特典に依るところが大きいと父母より聞き及んでいる。父母は勿論。一番上の兄も首席卒業者だ。今年卒業する姉も確実に首席で卒業するだろう。首席卒業は言わばオニアの義務なのだ。そして皆、この1年次の大会で優勝している。だから何としてでも私はこの大会で勝たなければならない。改めてお願いする。協力してくれ」と、レックは頭を下げた。
「頭を上げてくれ。やると決めたからには俺は手を抜かない。が、あとの人員はどうする? 僕たち二人で出るのか、この二人はどうする」と、広平はドライとタツを見て言った。
「ああ、もう私の考えは纏まっている。魔術師として戦闘に向いているのはタツの方だから、タツに仲間に入ってもらう。いいな、ドライ」とレックは後ろを見向きもせずに言葉を放った。その表情は酷く平面的に見えた。
「はい」とドライは力なく答えた。手は制服のスカートの裾をぎゅっと握りしめていた。タツはその手を恨めしそうに横目に見ていた。広平はレックの後ろにその二人の仕草を見て、少し怪訝な思いを抱いた。
「……まあ、人選はそっちで勝手にやってくれ。僕はもう帰るよ、リュウをあまり待たせると拗ねて面倒くさい」と言って、広平は席を立って、椅子の脇に置いていた荷物を持ち上げた。
「ああ、また後日集まろう。君の事も良く知っておかないといけないからね」と、去り際にレックは広平に声をかけた。バースは後ろ手に左手を振って返事をした。
バースが去った後、レックは暫くの間椅子から立ち上がらずに中庭の噴水を眺めながら何かを深く思慮しているような皺のない表情をしていた。すうっと、心地良い春の陽気な風が3人の頬をなで双子の横髪を揺らした。
「タツ。あなたから見て彼はどうですか?」
「学生にしてはそこそこ、という感じね。レックの言う様に魔力量も言わずもがな、新入生の割にはかなり実戦経験を積んでそうな魔力の揺らぎ方をしていた」
二人の何気ない会話を聞いたレックが口を挟んだ。
「ああ、確かに。初めは彼の大きな魔力量に惹かれて彼を誘ったのだけど、対面で話してみて驚いたよ。彼の魔力の流れはとても安定していた。穏やかに揺らいでいた。他の学生たちは、四方八方垂れ流しの状態だったが彼はきっちりと頭の先から天の一点に魔力が流れ出ていた。あれはかなり魔力操作の修練を積んでいる。そうだな……まるで家の先生方と対峙しているかのようだった」と、歳も変わらないのにあんな規格外な生徒も居るもんだな。と、レックは頬杖をついて少し落ち込んだ様子を見せた。
「今日は一人で寮に戻るよ。あなた達二人は今日はもう自由にして構わない」とレックは頬杖をついたままに2人に言った。二人は直ぐに返事を返さなかった。ドライが何か言いたげに、スカートの裾を固く握りしめていた。そんな様子を見て、タツがレックに声を掛けた。
「レック様。広平を仲間に引き入れるのは私も反対はしない。これからの三年間を考えれば、優秀な学友を持つことはとても良い事だわ。でも大会まではそんなに時間が無いのも事実。ドライの魔術を手放して良いの? あの子の術の実践における利点はかなり大きいと思うのだけれど」
「タツ。あなたの言いたい事はわかるが……ドライの魔術は熟練された魔術師にこそ強大な武器となりこそする。しかし、魔術教練大会で相手をするのは魔術師として未熟な一年生たちだ。君と私と彼の魔力量でゴリ押しするのが確実だろう。姉さんも兄さんも1年の教練大会は魔力量の大きさが物を言うと言っていた。老熟の魔術師を相手にするんじゃないんだ。今回ドライの力は不要だ。かと言って、ドライを敵に回すこともしたくない」レックは立ち上がると、ドライの方へ歩み寄り、ぽんと肩に手を乗せて
「ドライ、君は大会に出るな」と、ドライに対して朗らかに笑みを見せながら言った。
「……はい」と、ドライは力無く返事をした。スカートの裾はきゅっと握られたままであった。
「じゃあ、私は姉さんに挨拶してくるから、2人は先に戻ってていいよ」
「姉君への挨拶であれば、私達も同行するよ」と、タツが申し出たが、レックは姉弟水入らずで話がしたいと言って、そそくさとその場を後にした。
ドライとタツは所在なく、帰路についたのであった。
「ドライ。良かったの?」と、寮への道を歩きながらタツはドライに問いかけた。
「良いの。レック様が決めたことだから」
「もっと、我を通してもいいのよ。いいえ、通そうとしても良いのよ」
「私はタツみたいになれないよ。……本当は私もレック様と一緒に戦いたかったけれど、私の恩人たるあの人の考えを曲げてまで通す望みではないわ」
「……ドライ。私はもっと建設的な話をしたいのよ。レックは有象無象の一年相手であればあなたの魔術は要らないと言ったわね」
「ええ」と、少し怪訝そうにドライは相槌を打った。
「でも、ひょっとしてあなたも気づいているんじゃないの? 広平と一緒にいたリュウ。あいつの魔力の見え方がおかしかった。見えている量が少なすぎるのよ。天に伸びる極細い1筋しか見えなかったし、そこにはただ高い所から低い所に流れる流水の様に揺らぎが一切なかった。レックは取るに足らない魔力量だと切って捨てたけれども、私から見ればあんなに美しい魔力の揺らぎ久しぶりに見たわ。まるでシード様みたい」と、タツは少し頬を赤く染めながら興奮気味に言った。
「まさか、あんな子供が大賢者に匹敵する程の能力があると?」さらに、訝るようにドライはタツに尋ねた。
「わからないわ。ただ昔から、魔力の奥行きが見えない連中は皆、大きな力を隠し持っていた。リュウにもその匂いを感じ取った。それだけの事よ、リュウはきっとレックの言う有象無象の一年生の一人じゃないわ」
「タツ……もしその予感があたっているのなら、レック様にとって大きな脅威となるかもしれない。……早々にリュウの実力を確認すべきね」
「確認って、どうするの? 隠し事をしている人に隠し事教えろと言っても教えてはくれないでしょ?」と、タツは戯けるように言った。
「今夜、リュウを襲いましょう」と、ドライはタツの雰囲気に便乗した様に、にっこりと口角を上げて微笑んだ。タツはドライの突然の戯れに少し困惑したものの、それは面白そうだとドライに賛同した。
「勿論、レック様には内緒よ」と、ドライが言った。