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第三十一話 ヤマトの本命

 幼い少女の様な見た目の学園長は自室の椅子に背中をもたれて物憂げに天井を見つめていた。すると、突然ドアが開いて大楠幹雄が堂々とした態度と足取りで部屋へ入ってきた。

「なんだ学園長、浮かない顔して」と、大楠ははっきりとした大きな声で学園長に言った。

「部屋に入る前に戸を叩けと何回言ったら分かるんだ……たわけ者め」と、学園長は静かに嗜める様に言った。

「それは悪かったな、今度から気をつけるよ……それより学園長、そんなに呆けた渋い顔してるともっと老け込んじまうぜ」

「毎度毎度今度今度と言って……お前の今度はいつ来るんだ! 老けるだって? 全く余計なお世話だよ!」と、学園長は不機嫌そうに声を荒げて言った。

「で? 何か用があるんだろう?」と、学園長が大楠に聞くと

「そうそう、昨日の夜の魔力風の事だがな、あれは間違いなく新入生のリュウの物だったよ、信じられんな、まさかあのリュウが……」と、大楠は眉間に皺を寄せた。

「よし、見込み通りだ!」と、学園長は急に元気で嬉しそうな張りのある声を出して立ち上がった。

「どうしたよ急に」と、大楠が若干身を引きながら言った。

「何でも無い……しかしすまなかったのお大楠よ夜通し調査させてしまって。……そうかそうか、やはりリュウは魔力を制御しておったか、ヤマトの者ならそう言う事だと理解も出来るなぁ、やはり薬師は蓑で本命はリュウだったのお、儂の目も狂うとらんわ」と、学園長は忙しなく拳を握って上下に振ったり、指をぱちんと鳴らしたりして燥いでいる様に見えた。

「……口調が年相応になってるぞ」と、大楠が言うと

「黙れ!」と、言って学園長は机の上に置かれた大きなトンガリ帽子を大楠に投げつけた。学園長が投げ放ったとんがり帽子は大楠の頬を掠めその奥の部屋の扉にトンと小さな音を立てて突き刺さった。

「何か言ったか大楠?」と、学園長は極めてかわいらしい笑みを浮かべながら大楠に問うた

「い……いいえ何も」と、大楠は頬に一筋の血を流しながら答えた。

 とても布とは思えない位に硬さと鋭さを持っているであろう学園長のとんがり帽子は次第に音も立てずにくたりとへし折れてそのままへたり込む様に地面に落ちた。

「もう行っても良いぞ、お前も授業が有るだろう? 頬の傷は花蓮にでも直して貰え、ちょっとお使いを頼んで校舎の方に居るはずだから」と、学園長は大楠にそう言って、再び椅子に座った。大楠は短く返事を返して学園長の部屋から出た。

 やはりリュウがヤマトの本命。小僧め、いくら魔力量を誤魔化しても見る者が見ればその精錬された極めて良質な魔力に気づかん訳が無かろうが……。

 学園長は再び椅子に座って天井を眺めていた。その表情は先程とは違って可愛らしい子供の様な笑みを浮かべていた。



 レックとドライは昨日と同様に教室に入って向かって右奥最上段の三人掛けの席に同席し、広平はその隣の中央最上段の席に一人で座っていた。

 リュウとタツは教室に入ると昨日と同様にタツはドライの隣に、リュウは広平の隣に座った。

「よお」と、リュウは明らかに不機嫌そうな態度で広平に挨拶した。

「おはよう」と、広平は気まずそうな態度で返事をした。

 二人の間には少しの間、何とも言えない不穏な沈黙が漂っていたが不意に広平がぼそりとリュウだけに聞こえるくらいの小さな声で呟いた。

「リュウ……リオには気を付けろ」

「……リオと何か話したのか?」と、リュウが小声で訝しむように聞き返すと

「……いや、後で話そう」と、広平はリュウの奥に見えるレックたち三人の視線が気になって話を止めた。

「また後でか?」と、リュウがまた機嫌を悪くすると

「今、ここでする話じゃ無いと思ったんだ」と、広平はレックたちを意識しながら答えた。

「違うだろ? 説明してくれよ何でお前あいつと組むんだ? 昨日の夜も後で話そうって言って、てっきり俺は今その話をするんだと思ってたんだが……」と、リュウが広平に説明を求めて問い質した。

「ああ……その話は……」と、広平が話し始めようとした時に突然教室のドアが開いて、教室にヒビキ教官が入ってきた。すると教室の皆が姿勢を正し、教室がしんと静まり返った為に広平の話は遮られたのであった。

「ごめんリュウ、やっぱりまた後で纏めて話そう」と、広平は小声ひそひそと話すようにリュウに言った。するとリュウは仕方なく、明らかに不機嫌そうな表情で教室の前の方を向いて姿勢を正した。

 昨日と同じく床に杖を突く音が教室の中に静かに響いている。ヒビキが教壇に着くと当然杖の音は止まり、暫しの静寂が場を支配する。

「諸君、おはよう。昨日はぐっすりと眠れただろうか、今日からは本格的に魔術の講義を始めていく、君たちは無論知っているだろうがこの学校の講義は教室の担当教官が全て行う。君たちはこれから一年間、魔術の全分野を私から習う事になる。昔の師弟関係を尊重する魔術師文化の名残りだな。教官の中には君達がこれまでに教わった事、教わった師匠達の事を全面的に否定し、自らの思想で学徒を染め上げようとする方針を取る馬鹿者もいるが、私はそうでは無い。私は君たちの今までの研鑽を尊重し、重ねて君達の師を蔑ろにするつもりは毛頭無い。君達は私の講義から自らに必要な部分のみを抜粋し、糧とすれば良い」と、ヒビキはゆっくりとした口調で語った。教室はしんと静まり返り、先ほどよりも深い静寂が教室の空気を染めていた。

「では……早速講義を始めようか、最初の講義は、魔術師の戦術における連携の話と魔術教練大会の説明からだな」と、ヒビキは言って、教室の中を教壇から見渡した。

「では……そこのおどおどした表情の君、立ちなさい」と、言ってヒビキが指名したのはバースだった。バースが嫌々そうな態度で緩慢な動作で立ち上がると、広平とリュウは驚いて顔を見合わせた。

「おい、バース同じ教室だったのか?」と、リュウが小さな声で囁く様に広平に聞くと

「いや、僕も今初めて知ったよ」と、広平も同じくとても小さな声で答えた。

「て言うか、あいつ何を頭に巻いているんだ? 手拭い?」

「バース、昨日は同じ教室だなんて一言も言わなかったな……あの様子だと人見知りで周りを見る余裕が無かったんだろうな……あの手拭いは僕があげたんだよ」と、広平が言った。

「君、名乗りなさい」と、ヒビキがバースに言うと

「バースと言います、姓は明かせません」と、バースが答えた。

「そうかい、バース。気軽に姓を明かさないのはいい心がけだね、家の方針なのだろうね、姓だけで魔術系統がわかる場合も珍しく無いからね、そのヤマトの手拭いも偽装の一つかい? 君はどう見てもヤマトの出身じゃ無いだろう?」と、ヒビキはバースの身体を観察するようにまじまじと見ながらバースに言った。

「いいえ、これはルームメイトに貰った物です」と、バースが少し気恥ずかしそうに答えた。

「そうかい、まあ良いだろう……それでバース質問だ、現代の魔術師の戦い方だが、一つ最適解とも呼ばれる手法が主に採用されているね、それが何か分かるかな? 分かれば簡潔に説明しなさい」と、ヒビキがバースに問うと

「はい、ええと……現代の魔術師の戦い方は主に三人から五人位までの人数で隊を組み、それぞれの魔術系統の特性的な弱点を補い合います。例えば出力の高い系統魔術の使い手が前衛になり、治癒などの特殊な魔術を使える支援を得意とする特殊魔術系統の魔術師が後方支援に徹するなど……です」と、バースは自信なさそうに答えた。

「良く勉強しているね、間違っていないのだからもっと堂々と話しなさい」と、ヒビキがバースを褒めた。

「凄いなバース」と、リュウが呟くと

「……いや、基本中の基本のような回答だよ。まあバースはかなり頭の良い方だけど……」と、広平が呆れたようにリュウに言った。

「あんたやっぱり脳筋のバカなのねえ」と、二人の話を聞いていたタツが隣の席からリュウを誂った。

「うるせえな」と、リュウは黙っていろとでも言うようにタツに手振りを見せた。

「ありがとうバース、座りなさい」と、ヒビキが言うとバースはほっとした様な顔で席に座った。

「それでは、そこの一番上段に座っている君たち男女二人、立ちなさい」と、ヒビキが次に指名したのはリュウとタツの二人だった。

 リュウとタツは渋々と言った表情でのそのそと緩慢な動作で立ち上がった。

「どうやら君たちはとてもお話するのが好きみたいだからね、皆に向かって話してもらおうかね」と、ヒビキが淡々と言った。その言葉の語気には仄かに苛立ちがあった。

「おい、お前のせいだぞ」と、リュウが正面のヒビキを見据えながら隣に立っているタツに文句を言った。

「あなたが馬鹿なせいでしょう?」と、タツも言い返した。

「では、君から順に名乗りなさい」と、ヒビキは視線でリュウを指した。

「はい……俺はリュウです。姓はありません」

「私はタツ、私も姓は無いわ」と、二人は順番に名乗った。

「君たちも姓は明かせないんだね?」と、ヒビキが言うと

「私達は姓を明かせないんじゃなくて、姓が無いのよ、あなたならその意味少しは分かるんじゃ無いの?」と、タツがヒビキを挑発する様な口調で言った。

「……なるほど……そうだね」と、呟いてヒビキはリュウとタツを観察する様にじっくりと舐め回すような視線を二人に向けた。一頻りに二人を眺めた後にヒビキが言った。

「まあ良いでしょう……タツ……一つ忠告を……あくまでも教官である私には少し丁寧な言葉遣いで話しなさい」と、ヒビキは眼光鋭くタツに言った。タツはその冷たく厳しい視線に少し身を引いて

「はい……」と控えめに答えた。そのしおらしいタツの姿をリュウは少し面白く思ってほくそ笑む様な顔で見ていた。

「リュウ、君も笑っている段ではないよ」と、ヒビキが身を刺す様な視線をリュウに向けると、リュウもその視線に背筋を冷やす様な感覚を覚え、居直る様に背筋を正してヒビキの視線から目を離せなくなった。

「リュウ、君はかなり自分の事を理解しているね」と、ヒビキがリュウに言った。その言葉にリュウは心臓が縮み上がる様な思いをした。

 見破られているな。

 ヒビキの静かに威圧的な視線と重く冷たいその一言はリュウにそう思わせるのに十分であった。

 この教官はかなりの熟達者だ。きっとタツもそう感じているはずだ。そう思ってリュウがヒビキの姿を視界に捉えたままに隣に立っているタツを横目に見ると、おそらくタツも同じ思考に至っていたのであろう、二人の視線は密かにぶつかった。二人は時を全く同じくしてヒビキの恐ろしいほどの熟達ぶりを感じていたのである。

「流石だね……やはり君たちは異質だよ、もう良いだろう、座りなさい」と、ヒビキが微笑むような柔らかい表情でそう言うものの、リュウとタツの二人の緊張の糸が解ける事は無く、慎重な所作でゆっくりと椅子に座るのであった。その所作を見たヒビキはどこか少しだけ胸の

躍る様な嬉しそうな表情を見せた。

 ヒビキの嬉しそうな優しい顔を見ていたレックはぎりっと歯を食いしばって、悔しそうにリュウの方を俯きがちに横目で見ながら嫉妬心を顔に浮かべていたのであった。他の生徒達はと言うと、リュウとタツとヒビキ三人の一連のやり取りを垣間見て困惑する者ばかりであった。三人のやり取りは言葉少なく、視線や気配の応酬で行われたから無理も無い。

「さて……」と一言、気を取り直す様に一言呟いてヒビキは講義を再開した。

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