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第三十話 リオの嘘

 リオは二人を起こした後、一人で第二区のバスの停車場へと向かって歩いていた。

 まだ少し時間あるなあ……。

 リオは停車場に二つ置かれたベンチの一つの端の方に腰掛けてバスを待った。どうやら一本前のバスが出て間も無い様で、少しの間待たなければならない様であった。リオはベンチに腰掛けてぼうっとバス停の標識の支柱の向こうに見える少し幅の広い舗装された灰色の道路と、その奥に見える奥深い森の黒さを眺めていた。

 フウはヒヨの所で元気にやっているかなあ。と、リオはヒヨの家庭に預けたたった一人の弟の事を思って、ただ何を見る訳でも無く目の前の空間を眺めていた。

「やあ」と、物思いにふけるリオに声をかける者が居た。その人物は昨晩この道路の上で顔を合わせた薬師広平の姿であった。そしてその隣には広平の同室の生徒であるバースの姿があった。バースは昨日広々に貰った手拭いを頭に巻いていた。リオはじいっと二人の姿を見つめた後に

「やあ、おはよう……いい朝だね。君は昨晩会ったよね? 君は初めましてだね」と、交互に二人を見ながら返事をした。すると広平が返事をすよりも先にバースが前のめりで話し始めた。

「はじめまして、ですね。僕はバースと言います。どうぞ宜しく」と、バースはどこかよそよそしい態度で言った。

「どうした?」と、広平がバースの様子に若干嘲笑しながらバースに言った。

「僕は酷い人見知りなんだよ!」と、バースが広平を小突いていると

「僕はリオ、宜しくバース。良い柄の手拭いだね」と、リオがにこやかに笑みを浮かべながらバースに言った。広平はリオが手拭いと言う言葉を発した事が興味深かった様で、じっとリオを見ていた。

「手拭い知ってんの? 良いでしょ? 昨日薬師にもらったんだ」と、バースは頭に巻いた手拭いを褒められたことが嬉しかったのか、先程のよそよそしい態度から一転リオとはもう打ち解けたような砕けた口調で話し始めた。

「ああ、知っているとも、有名なヤマトの名産品だものね……そうか……君が薬師広平か……」と、言ってリオは顔に皺の一つも無い表情で湿った視線を広平に向けた。

「僕の事を知っているのか?」と、広平がリオに言った。

「ええまあ、リュウとタツに聞いたんだ。そう言えば、君たちは入学式の前から共同生活してたんだっけ? 僕はつい先日学園に来たばかりだから、皆の事はあまり知らないし、僕もちゃんと自己紹介をしないとね……」と、言ってリオは場を調えるような小さな咳払いをして、話し始めた。

「僕はリオ、出身はヤマトのイトイだよ、これから宜しくバース、薬師広平」と、リオが短い挨拶をすると

「イトイだって? あり得ない……本当なのか?」と、広平が信じられない物を目の当たりにした様な少し怯えた表情で言った。

「薬師の人には信じられないかい? これを見ても?」と、言ってリオは手に提げた鞄からごそごそと何かを取り出した。リオの手の中には手に収まるほどの大きさの玉が握られていた。それを見た広平は明らかな動揺を見せた。

「どうした広平、顔が真っ青だよ」と、バースが広平に声をかけた。

「大丈夫だ……」と、広平は言うがバースの言葉通りに明らかに顔色は優れない様子であった。

「バース、これから君が見る物は他言無用だよ」と、リオがバースに念を押すように言うとバースは何も理解はしていない様子だが、分かったと主張するように黙ったまま何度も激しく首を縦に振った。

 リオが玉を優しく握り込み玉に魔力を込め始めると、玉は眩い輝きを放ち始めた。そして、見る見るうちにリオの黒髪は色が抜けていく様に毛先から白くなり、やがてその頭髪全てを艶のある銀色へと変化した。瞳の色も美しい翡翠の色に変化した。

「幻影魔術……」と、バースが呟いた。

「そうだよ、これが僕の本当の姿さ」と、リオが言うと

「賢者の末裔……」と、バースがわなわな震えながら呟いた。

「これで信じたかい? 薬師の人」と、リオは言うと、玉を鞄にしまい込んで髪色と瞳の色を元の黒髪黒目に戻した。

 広平は何かを考え込んで独り言をぶつぶつ呟いていた。

「なんでリュウに近づくんだ? 何が目的だ……」と、広平がリオに聞くと

「目的? 君なら良く考えたら分かるさ」と、にこやかに言ってリオはバスの乗車位置に歩いていった。

 広平は疑念に苛まれた様な複雑な表情をしていた。バースは混乱して思考が止まった様な無表情になっていた。

「ほら、もうバスが来るよ」と、リオが言うとバツの悪そうな顔をした二人もリオと一緒にバスの乗車位置に並んだ。

 程なくしてバスが来て、バスの扉が開くと三人はバスに乗り込み、バースと広平は後方の二人掛けの同じ席に横並びに座り、リオは前の方の座席に一人で座った。

「三人だけかい?」と、バスの運転手がリオに声をかけた。

「ええ、そうみたいですね」と、リオがにこやかに答えるとバスは第一区に向かって走り始めた。

 バスが第一区の停車場に着くと三人はバスから降りて校舎の方へと歩き始めた。

「リオ、お前が何者なのかはとりあえずは考えない事にするが、リュウに悪意を持って近づくのなら、その時は容赦はしないよ」と、リオの後ろを歩きながら広平がリオの背中に声をかけた。

「うん。そうだね、それが君の役目だものね」と、リオは振り返らずに少し優さを感じる声色で返事をした。その語調に少し安堵したのか広平は

「とりあえず! これから宜しく!」と、少し声を張ってリオに言った。リオも立ち止まって振り返って

「よろしくっ」と、爽やかに返事を返した。

 緊張の糸が切れたバースが二人に飛び付くように抱き着いた。その瞳は何故か潤んでいて、それを見た二人は堪えきれなくなった様に声を上げて笑った。三人の間の空気感は和やかな物に戻っていた。

 三人が校門をくぐり校舎の敷地に入って直ぐの所で、誰かがリオに声をかけた。

「リオ……だな?」

 リオに声をかけたのはやたらと目の細い短い髪を無理やりに後ろ結びに括った女であった。

「はい、そうですけど」と、リオが答えると

「これを」と、言って細目の女がリオに空色の封筒を手渡した。

「何ですか? 手紙?」と、受け取ったリオが言うと

「学園長から恋文だよ」と、細目の女が誂うような口調で言うので、リオはとても迷惑そうな顔をして

「燃やして良いですか?」と、細目の女に聞くと

「やめとけ、呪われるぞ」と、細目の女がやけに神妙な顔で言うのでリオは笑いながら

「確かに受け取りました、ありがとうございます」と、言った。

 細目の女はその言葉を聞くと直ぐに、どこか慌ただしい仕草でその場を後にした。

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