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第二話 双子と教官

 リュウと広平が教室に入った時、もう既に他の新入生は着席していた。教室の端に一箇所異様な空間があった。教室の中は前の方の黒板と教壇を囲むように劇場の様な階段構造で、右端一番後ろの一番高い所に先程のシュレックリッヒ達の三人が陣取っていた。一段の上にはそれぞれ三人掛けの机が3列並んでいるのだが、シュレックリッヒ達の席の前の席と隣の席、そして右斜め前方の席には誰も座らず空席であった。リュウにはまるで皆がそこを避けているようにも思えた。

「まるで結界だな」と広平が呟いた。

 リュウと広平は彼らの隣の席、つまりは教壇から見て正面で1番高い位置の席に腰掛けた。

「まさか、同じクラスとはね」と広平が隣の3人組に声を掛けた。

「ああ、私もびっくりしたよ。だが、そのまさかが起こる予感はしていた。ところで先程は名を聞きそびれていた。今さら済まないが、教えて貰えないだろうか」

「僕は薬師広平。こいつはリュウだ。2人とも出自はミヤコだこれから宜しく」

「私はシュレックリッヒ・オニア。オニア地方出身。オニア家の3男だ。親しい者は皆レックと呼ぶ。君たちもそう呼んでくれ。さっきは鼻に掛けるような言い方をしたが、実はあまりオニアと呼ばれるのは好きじゃ無い」と、言った後に続いて、レックは同じ席に腰掛けている2人の女子生徒に自己紹介をする様に促した。広平たちから見てレックの奥に座っている二人の女子生徒の内の一人が口を開いた。

「私はドライと言います。オニア家からの要請でレック様の付き人として学園に通います」と、椅子に座っていながらもリュウと広平の方へ体を向け、とても品よくお辞儀した。

「私はタツ。同じく付き人でドライの双子の姉よ。私達二人はレック坊っちゃんたちよりは少ーし年上だけれども、護衛兼世話係として、同級生で入学してきたの、これから宜しくね」と、ドライの様な静謐さは無いが、とても愛想良くリュウの瞳を見つめて挨拶をした。

 リュウは何故そんなにじっと自分の瞳を見てくるのだ。と、訝しがりながらも双子は本当によく似ているな。と、二人をまじまじと観察していた。二人は肩を少し越える長さの艷やかな黒髪を後ろで一つ結びに結っていた。ドライの髪は癖なく纏っているが、タツの髪は少し癖っ毛で畝っていた。肌は玉のように白く、その中に清く光る瞳は二人の緑の黒髪よりも更に奥深い黒さをたたえていて。リュウは不覚にもその瞳の奥深い美しさに少し見とれていた。タツとリュウはそのまま暫く見つめ合っていた。

「なあに、リュウくん。私達の美貌に見とれちゃった? そんなに熱い視線を送ってきちゃってえ」と、タツがリュウをからかうように頬を赤らめて言った。

「うるせえ! 勘違いすんな! 似てるなあって思ってただけだ!」と、リュウは幼稚な悪態をついた。

「ドライが可愛いからって惚れたら駄目よお」

「こんな初対面で惚れるか! 見た目が少し良いからって調子づくな!」と、リュウはまた悪態をついた。

「あらあ、素直ねえ、見た目が良いだなんて、お姉さん達を口説いているつもりかしら」

「へらず口を」と、リュウはわなわな震えていた。

「はしゃぐなリュウ。初対面の人には丁寧に接しろと、何度言ったらわかるんだ」と、隣に座っていた広平が凄く朗らかな表情でリュウを窘めた。

「……ごめんなさい」リュウは少し怯えた様に謝った。

「えらく素直なのね」と、タツもまた、静かにリュウに言った。

「あいつ怒らせると凄く怖い」と、リュウは片言な小声でタツに囁くように言った。

「タツ。言葉遣いに品が無いわ。レック様を坊っちゃんと言うのを止めなさいと、何度窘めたら分かるの?」

「タツ。いい加減にしろ。もうそろそろ教官が来るぞ」と、ドライとレックがタツを諌めるように言った。

「広平。あとで話したい。少し時間をもらえないか」

 と、レックは広平へ声を掛けた。広平はリュウの方へ目配せをした。リュウは黙って頷いた。

「ああ、わかった」と、広平はレックへ返事を返した。

 教室の戸が開いて、教官と思しき人間が教室の中へ入ってきた。教官は老いた男であった。杖を衝いて歩いている。その杖が地面を叩く音が妙に教室の中で反響して、耳に残る。皆がその教官に目を奪われた。

 こつ、こつ、こつ。と杖を衝く音は教官が教壇の中心に着いて、彼が足を止めると当然止んで、打って変わって今度はやけに静かな空気に教室が満たされた。まるで波一つない水の中に沈んだような雰囲気であった。生徒皆が息を呑んだ。ただの数歩歩く姿だけで、生徒全員にこの人には敵わないと思わせる空気感を身に纏った老人であった。暫くの間無音が教室を呑んでいた。無音が雑音として耳に聞こえ始めた頃に

「肩の力を抜きなさい」と、教官は静かに言った。その声は慈愛に満ちた深く渋みのある声で、それを聞いた生徒たちの固くなった表情は綻び、息を呑むほどの緊張感は消えてしまった様だった。ほっと、胸をなでおろした生徒たちに教官は語りかけた。窒息寸前にまで緊張を強いられていた生徒も居たようで、生徒の内の何人かは青ざめた顔をしていた。

「私は君等の敵では無いのだから、私程度の魔力に呑まれてはいけないよ。これが魔術師同士の戦いや、欺き合いであれば、そうだね……生き残ったのは7人と言ったところか。それ以外は全員死んでるね。お陀仏様。お疲れ様。……おや、7人の内2人はとても見込みがあるね、もうすでに魔術師としてかなりの高みへとたどり着いている」と、言うと。また教室には暗い空気が蔓延り始めた。教官はバツの悪そうな焦った咳払いをもって誤魔化して、自己紹介の挨拶を始めた。

「私の名前はヒビキという。姓はない。これから三年間君たちの担当教官を務める。当然知っていると思うがこの学校は三年間、この教室の面々が変わる事無く。一つの組となって色々な課題と魔術の修養に取り組む事となる。入学選抜の結果で他の組との実力に差が出ないように公平に人員を振り分けたが、あくまでも入学時点での話だ。三年の間に、この中の誰かが怠惰に心身を落とせば、その公平と言うのは簡単に崩れてしまう。他の組の連中が一歩また一歩と魔術の高みへ手を伸ばさんとするのを指を咥えて眺める烏合の衆になってしまう。だから君たちは怠けるな、小さな敗北を良しとするな、仲間の足を引っ張るな。日々高みを目指して自身の力と好奇心を精一杯磨き上げるんだ。私は敗北を絶対の悪とするような偏った思想は持ち合わせてはいない。何故なら敗北にも成長の種が存在するからだ。だから敗北を恐れるな、失敗に気取られるな。君たちが魔術の高みへ上り詰める事を期待している。以上」と、ひとしきりに話し終えると、ヒビキ教官は今日はもう寮に戻っていいぞ。と、言い残して教室を出ていった。

 放課となり教室から一人、また一人と、生徒たちが次々に出ていった。そして、件の五人が教室に残った。

「先に帰っているぞ」と、リュウは広平に言って、教室を後にした。

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