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第二十七話 とんがり帽子の幼い魔女

 目が覚めたレックは、一人誰も居ない個室で窓のカーテンの隙間から部屋の中に差し込む柔らかい朝日の光の筋を寝ぼけた様な薄目でぼうっと眺めながら物思いに耽っていた。

 昨日の魔力はいった誰の物なのだ? あのリュウの物では無い事は確かなのだが……。では何故あの場所にあいつが一人で座っていたんだ? それにあの場所には彼女たち二人の魔力が微かに残っていた。あの二人は……特にタツの方は妙に広平よりもリュウの事を気に入っていた。あの戦闘狂みたいな人が気に入るというのはやっぱり……。姉さん達からも強者の連れが弱者なわけが無いと忠言されたし……やっぱりリュウ……彼は只者ではないのか?

 レックは姉とシンシア、タツとドライたちの数々の忠告や言動、リュウが凡夫では無いと言う事を示し匂わせる昨晩の事件の事と、自分の目に実際に見えているリュウが凡夫である証拠とも言える僅かな魔力量との乖離に悩まされていた。

 レックがカーテンも開けずに暗い部屋で一人眉間に皺を寄せて考え込んでいると、不意に誰かがレックの部屋の扉を叩いた。レックがその誰かの来訪を知らせる音にで返事をすると

「レック様、失礼します」と静かな口調で言いながらドライがレックの部屋に入ってきた。

「こんな早い時間に何か用事ですか?」と、レックが寝ぼけているような生気のない目線をドライに向けた。眉間に僅かに皺を寄せ困った様なレックの表情にドライは少し申し訳ない様な気持ちになって

「……用事、と言う程の事でも無いのですが……」と、ドライは少し用件の本筋を言い出しにくそうな雰囲気を語気に醸していた。

「昨晩はどこに?」と、本題を言い出しかねているドライにレックの方から質問した。昨晩自分よりも寮に帰る時間が遅かったドライにレックがその理由を尋ねたのだ。 

「……ええ、少しタツの野暮用に付き合っていて……」と、ドライは話を誤魔化す様に口籠りながら言った。

「……まあいい。で、何か私に言いたいことがあるのでしょう?」

「はい……実は……」と、ドライは昨晩の事を、所々端折りながらレックに話した。レックはドライが話し終わるまで口を挟まず黙って聞いていた。そしてドライが話し終えてレックが心底驚いた様に言った。

「まさかリュウの体術がタツに匹敵するとは……」

「はい。それに彼の使う魔道具……昨晩は刀の形に変わりましたが、タツは他の武器も使える可能性があると考えていました」

「形を自在に変える武器、大昔に……それこそ賢者の時代にそんな武器を魔法使い達が使っていたと聞いたことがある……」レックは顎を親指と人差し指で挟んで呟いた。

「魔術が世に広く広がる前の話ですね」と、ドライが少し伏し目がちに言った。レックはドライに言葉を返す事なく黙って考え込んだ。

 やはりリュウの実力の底が見えない。リュウが強者であると理解出来ない。

 レックにとってはその特別な眼を持って見える世界が全てであり、魔力を観察し見極める事こそが相手の実力を推し量る術であったから、リュウの魔力と今ドライの話に聞いた事や昨晩の出来事が示唆する、リュウは只者では無いと言う事実との矛盾に心を苛まれているのである。

 レックは黙ったままカーテンの隙間か朝陽が差し込む窓に近づいて、カーテンを開けて、そして勢い良く両開き窓を両腕を一杯に伸ばして開けた。

 レックが開いた窓からは柔らかい朝の陽の光と共に爽やかな春の風が部屋に吹き込んで来た。風は心地良く湿り気を帯びていて生温く、仄かに春の香りを纏っていた。二人は優しい春の風に微睡むような心地良さを感じていた。

「レック様、もう一つご用事があります」と、言ったドライの言葉にレックは穏やかに頷いた。ドライには表情も少し緩んで見えた。ドライはその仕草を見取って話を続けた。

「今朝、日が昇るよりも早くに学園長の使いがこの特別寮を訪ねて来まして、始業前に学園長室に来るようにとレック様への伝言を残して行きました」

「学園長が? なんの用だろうか」

「さあ、あの無駄に長らえた魔女の考えなど私には分かりませんが、どうなさいますか? 私は無視をしても何の問題も無いかと思いますが」と言ったドライの言葉にレックは少し気怠そうな表情で少しだけ考える素振りを見せて

「いや、行ってみよう」と、どこか決心めいた顔で言ったのであった。

 レックは早々に着替え等々の身支度を済ませると直ぐに寮を出た。

 特別寮は毎年首席入学者に与えられる特権の様な物で、上級生の限られた成績優秀者達が住まう他の一般の生徒達が生活する寮よりも設備が整っていて、それぞれ一人一人の生徒に個室が与えられる寮である。だからレックは少々荒っぽく物音を立てて外出の身支度をしていても周囲や、同居人に気を使う必要は無く、とても手際良く身支度を済ませることが出来た。寮は施錠されており、入居者も限られた生徒しかいない為、建物の中は閑散としている。

 ドライはレックの従者として特別寮に入居している。

「レック様、朝食はどうしますか?」と、ドライが大きな玄関の扉を開けて特別寮を出ようとしたレックに聞くと

「学園長に会ったあと、食堂で軽く食べよう。朝早くから開いているみたいだから」と、他愛もない会話をしながら二人は寮を出たのであった。

 二人が寮を出て、第一区画に向かう大通りを暫く歩いていると、目の前の路肩に黒色の車が止まっているのが見えた。二人が車に近づいた時、運転席のドアが開いて中から短髪白髪の初老の男が降りて来て、徐ろに歩道側に回って後部座席のドアを開いた。

「乗れと言うことでしょうか」と、ドライが呟くと、男にドライの声が聞こえていた様で、男は黙って頷き、二人に車に乗るようにとでも言う様に右手で手招きをした。二人が黙って従う様に車に乗り込むと男が外から車のドアを閉めた。音を立てないようにやけに丁寧に閉める男の所作がレックには印象深かった。そして男も運転席に戻ると程なくして車は走り始めた。

 走り始めた車内では誰も言葉を発する事なく沈黙の空気感に満たされていた。耳に聞こえるのはタイヤが道路を擦る音だけであった。そんな沈黙を破ったのは運転手の男の声だった。

「おはようございます、私の名前はヒロシゲと言います、姓はありませんので運転手のヒロシゲとでもお覚え下さい。学園長より貴方がたを学園長のもとまで連れて来る様に命を受けておりますので、私が学園長の元までご案内いたします」と、深く渋みのある声でヒロシゲは話した。

「ありがとうございます、こんな時間じゃバスも走っていないから困っていたんです」と、レックがわざとらしい明るい口調で言った。

 いつもこうだ……。と、ドライは辟易した。ドライはレックのこの悪癖が嫌いだった。レックの作り笑いが酷く冷たい物の様に感じられるからだ。

「痛み入ります」と、素っ気無い返事をしたヒロシゲの言葉を最後に車内は再び沈黙に包まれた。

 レックは打って変わった無表情で車の前方、進行方向を運転しているヒロシゲの肩越しに少し前のめりにじいっと眺めていた。

 ドライは不貞腐れたようにどっしりと背もたれにもたれ掛かって車窓を横に流れる第三区の森の景色を眺めていた。

 しばらく連絡道路を真っ直ぐ走ってきた車は、校舎区と白い文字で書かれた赤い看板の立っているバス停を通り過ぎて、そのまま校門をくぐり抜けて学校の中に入った。車はするすると校舎の建物の間を縫うように進み、たどり着いたのは昨日レックが広平と会話をした中庭の中であった。車は停車し、ヒロシゲは言葉なく車を下りて後部座席のドアに回り込んで外からドアを開けた。ドライとレックは言葉無く促されるままに車を下りた。ドライは車の中が窮屈だったのか、車を下りると大きく腕を広げて背伸びをした。春の朝の何とも言えない穏やかで柔らかい空気が胸に満ちて気持ちが良いのかドライは深く深呼吸を繰り返して、その表情は恍惚としていた。

「では、行きましょうか」と、ヒロシゲが言うと二人は頷いて歩き出したヒロシゲの後ろについて歩いた。

「ヒロシゲさん、車の運転お上手なんですね、車を運転する術式の制御って難しいんでしょう?」と、レックが歩きながら後ろからヒロシゲに声をかけた。

「ありがとうございます。私は運転手を生業としていますから当たり前に出来なければならない技術ですがね……実は巷で言われるほど難しくは無いのですよ、中には運転が難しい気難しい車もありますがね。慣れでございますよ、あなた達みたいな優秀な学生は習えばすぐに慣れますとも」と、ヒロシゲは歩きながら渋みのある低い声で言った。

 三人は中庭を抜けて広い校庭に出た。

「さあ、学園長の部屋はこの校庭の奥に見えるあの白い建物の中です。誰かいるでしょうから呼び鈴を鳴らしてください。私は車を動かさないと行けないのでここで失礼します」ヒロシゲはそう言うと、そのまま来た道を引き返して車の方へと戻って行った。

 残された二人は校庭の端の舗装された道をその先にぼんやりと見える白い建物を目指して歩いた。その舗装された道には街路樹の様に樹木が一直線に等間隔に植えられていた。校庭の四辺を囲む様に背の高い木が植えられているのだが、校庭が広すぎて校庭の反対側の木はぼんやりと影しか見えない。学園長の部屋のある建物は灯りが灯っているので、ぼんやりと遠目に浮かんで見えていたから、レックとドライはその灯りを目指して歩く事が出来ているのである。

「あら……」と、歩いている途中にドライが何かに気付いて歩くのを止めた。

「これは凄い……」と、レックも感嘆を漏らした。

 二人の目に写ったのはすっぱりと綺麗に斜めに断ち切られて道に倒れた街路樹であった。同じ様な有り様の樹木がそこから先に三本程並んでいた。明らかに鋭利な刃物か何かで断ち切られた年輪を眺めてドライが関心して呟く様に言った。

「これはかなりの腕前……」

「ええ……」とレックも同調して呟いて頷いていた。

 二人は断ち切られた三本の木を横目に通り過ぎると、また先に見える白い建物を目指して歩き続けた。二人は程なくして目的の建物にたどり着いた。

 ヒロシゲに別れ際に言われた通りに、ドライは入り口のドアの横に据え付けてある金色の鈴を鳴らした。ちりんと品の良い音に誘われたかのように建物の中から聞こえる足音が段々と近く聞こえてきて、足音が扉を挟んだ向こう側の直ぐ側に着いたかと思うと直ぐにがちゃりと扉の錠を開ける音がして扉が開いた。

「どうぞ」と、言って中に二人を招き入れたのは小柄な女の人だった。肌はとても色白で目は細く切れ長で何処か潔さを感じ、黒く艶の有る髪を後ろで一つに括っているが、どうもその髪は括るには短すぎる様で今にも解けそうな程の長さしか括った先に出ていなかった。レックとドライの二人はそのぴょこんと飛び出た筆の毛の様な後ろ髪を可愛らしく思った。二人はそんな容貌の女に案内されて建物の中に入った。

 建物の中に入ってすぐの空間には四人がけの低い卓が置かれていて、二人を中に招き入れた女がここで座って待つように二人に言ったので、二人は申し付けられるがままに椅子に座って待機した。

 二人がしばらく待っていると、見た目が幼く大きなとんがり帽子を被った少女が建物の奥からやってきて目の前にテーブル越しに置かれた椅子に偉そうな態度で太々しくどっしりと座った。

「相変わらず、お可愛いらしいですね」と、ドライがにこやかでいて少し嫌味のある口調でとんがり帽子の少女に言った。

「相変わらずねドライ、バカにしているの? タツは元気?」

「いえいえ、馬鹿に……だなんて滅相もない。あなたこそ私を化かすのはやめてもらえますか? タツには昨日会っているのでしょう?」

「知っているのね、ええ……確かに昨晩タツとは会ったわ」と言って、少女は何度も頷きながら不貞腐れた様な口調で言った。

「ところで学園長、ご要件は何でしょうか」と、レックが会話に割って入る様に冷静な口調で話を切り出した。

「そうそう、本題」と言って、あしらうような目付きでドライを見ると学園長と呼ばれた少女は話し始めた。

「昨日の夜の魔力風、あなた達は感知しているのよね?」

「ええ、慌てて駆けつけましたから」と、レックが言ってドライの方を横目に見ると、ドライもバツが悪そうに控えめな態度で頷いた。

「昨日同時に二つの場所でとてつもなく巨大な魔力が爆ぜたのよ、一つは学園の第三区の連絡道路の中、そしてもう一つはヤマトの国のイトイと言う村にある天を穿つ塔の頂上」と、学園長は淡々と説明した。

「同時に二つの場所?」と、レックが訝しむ様に呟いた。

 二人は的を得ない様子の鳩が豆鉄砲を食らった様な顔で学園長を見ていた。学園長は少しニヤついた顔でドライを見つめていた。

「あの塔はもう何百年もの間、誰にも見向きもされず放置されているはず……」ドライが呟くと

「ええ、人にはね」と学園長が言葉を返した。ドライは訳が分からないと言った顔をしていた。

「ドライ、あなたが私よりも理解しているのではないの? あの塔がある山岳地域はもう何百年もある一体の龍の根城になっていて、塔の頂上はその龍の巣がある。龍は別に人間に危害を加える訳でも無く悠々自適に過ごしている様だったからイトイの人々も特に触れることなく放置していた。私たちを含めた各国の魔術師たちも定期的に龍の魔力を観測する程度で何も手出ししてこなかったのだけれど、昨日その塔の上で龍の魔力と、正体不明の人間の魔力が激しく衝突し、龍の魔力が消えてしまったと、イトイの人間から連絡をもらったのよ、私も昨晩そのとてつもなく大きな魔力の躍動を感知していたから、気になっていてね、そしたら今朝イトイの知り合いから連絡が来て、学園で調査しようって話になっていてね、その調査遠征を極めて優秀な学園の生徒に頼みたいのよ」と、ひとしきり話し終えると、学園長は少し冷たい瞳で二人を見ていた。

「……私たちが、ですか?」と、レックが恐る恐る聞いた。その語気は少しの喜びと不安が入り混じった不安定な物だった。

「言ったでしょう? 極めて優秀な生徒に頼みたいの」

「この若作り魔女が……何が言いたいの?」と、ドライが少し怒ったような声を上げた。

「魔術教練大会の優勝者と優勝者が指定した生徒、そしてシア・オニアとその従者に行ってもらおうかと考えているの、私の話はこれだけよ。私があなたをここに呼び出した理由を深く考えなさい。シュレックリッヒ・オニア新入生総代」と、言って学園長は立ち上がり建物の奥の方へ歩いて行った。

 取り残された二人はそれぞれ怒りと困惑を顔に浮かべていた。そこにやってきた案内人の女に

「さあ、もう少しで始業ですよ」と急かされるように立つように促され、追い出される様に建物の外へ出された。

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