第二十五話 因縁
「ああ、俺は魔力を限り無く無に近づけるように抑え込んでいる。だから、あの場に駆け付けた連中であの時大きく弾けた魔力が俺の魔力だと気付いた人間は元々俺を知っている広平くらいだ……俺の魔力を元々知っていない人間に俺の魔力を感知するなんてまず出来ない……筈だ」と、言ってリュウはタツに目を向けた。タツは頷いて
「ええ、そうね……リュウの魔力はレックはともかくあのレックの姉シアにも見抜けていない、シアの魔眼はあの一族の中でも特に秀でいるから、……よっぽどあなたの眼は優秀なのねえ」と、タツはねちっこい口調でリオを見ながら嬉しそうに言った。
「そうかい? まあ、僕の眼は生まれ持った才能ではないからね、無意識に使っている人よりは使い方を良く理解しているし、より洗練されているのかもね」と、リオは少しはぐらかす様に明るい口調で話した。
リオの言葉を最後に少しの間、沈黙が場を支配した。不思議と沈黙に気まずさを感じなかった三人は各々椅子に腰掛け自由に寛いでいた。
リオは目の前のテーブルに何やら一枚の紙を広げて、その紙に書かれた文字をなぞりながらその内容を読んでいるようで、リュウとタツはその様子を黙ったままぼうっと眺めるように見ていた。
「――何を見ているんだ?」と、堪らなくなったリュウがぼそっとした声で聞くと
「これかい? これは行事表だよチン先生にもらったんだ」と、言ってリオは紙を左隣に座るリュウの方に少し寄せてくれた。リュウはその紙の内容をひとしきり眺めた後に
「これは?」と言って、リュウは表のある部分を指さしてリオに聞いた。
リオとタツはリュウの指さした部分を上から覗き込む様に見た。そこには一ヶ月後に開催されるある行事の予定が書かれていた。
「これはね……」と、リオがリュウに説明しようと口を開きかけた時にタツが割り込むように口を挟んだ。
「魔術教練大会よ! 三人で一組を組んで戦うのよ!」
「教練?」と、リュウが疑問を声にだすと
「そう、名目上は教練……魔術の実技授業なんだけど、実際はトーナメント形式の武闘大会だよ」と、リオが言葉少ないリュウの疑問に答える様に話した。
「この三人で組みましょう!」と、タツが突然に提案した。リオとリュウは呆気にとられたかの様にぽかんとしてタツの方を見ていた。
「この三人で?」と、リュウがリオとタツを交互に見ながら言った。
「そう、この三人で!」とタツはうきうきした様な表情で快活に言った。
「……ごめんねタツ。僕は無理だよ大会には一人で出るから」と、リオが少し伏し目がちに言った。
「そう……」と、タツは残念だと言うように呟いて、リュウの方を見た。
「俺か? 俺も無理だぞ、広平と組むからな、多分……何かそんな事あいつ言っていた気がする……大会が何とか……」とリュウが言うと、タツは少し得意げな顔を見せて
「その薬師広平はね……」とタツが何かを言おうとした瞬間にタツの言葉を遮るように部屋の中に呼び鈴が響いた。
「こんな時間に誰だ? 少し出てくるわ」と、リュウが言って椅子から立ち上がった。
「僕が出ようか?」と、リオが立ち上がったリュウに座ったまま言うものだから
「……行く気無いくせに」と、リュウは鼻で笑って部屋を出て玄関の方へ行った。
リュウが玄関の引戸を開くとそこには広平が立っていた。
「……おう、どうした」と、少し戸惑った様にリュウが言葉を発すると
「ちょっと話がある」と、広平はやけに冷たい口調で言った。
広平はそう言うと、無言でリュウに背を向けて離れの小屋から母屋の学生寮に向かう道を歩き始めた。リュウもその背中について行く様に歩き始めた。広平は寮正面の入り口を素通りして大通りの方へと歩を進めた。
道の灯りは既に消灯されていて、その日は雲の多い日であったから大通りは真っ暗だった。道の暗さにリュウは少し躊躇ったが、広平の歩みには何か決心の様な強い気迫が見て取れたからリュウは仕方が無くその後をついて行った。二人は無言のままに暫く歩いた。
リュウが振り返ると寮の灯りがぼんやりと見えていた。随分歩くなあ。と、少しリュウには飽きが来ていた。すると不意に広平が立ち止まった。
「ここいらで良いかな」と言ってリュウの方へ振り返った。その瞬間に雲の隙間から月明りが二人をぼんやりと照らした。リュウの目には仄かな優しい月明かりを照り返す様な広平の強い眼差しが映った。リュウは少し息を呑んだ。
「意外と、月も明るいんだな」と、リュウはバツの悪そうに適当な言葉を発した。
「そうだな……。リュウ……お前に謝らなければならない事がある」と、広平が真剣な眼差しで言った。リュウは息を呑んで黙って頷いた。
「リュウ……悪いが魔術教練大会にはお前とは一緒に出ない事にした」と、言った広平の言葉に呆気にとられたリュウは言葉が出て来ない様であった。しかし思考は冴え、心中を逡巡とし、リュウの心の中に一つの答えが導かれた。言葉に詰まりながらリュウは言った
「……あの金髪の奴と……組むんだな」
「……っ! 驚いたな、勘づいていたのか?」と、言って広平は少し驚いた。
「ああ、何となくだけどな。……俺と組めない訳は?」
「組めないんじゃないよリュウ。組まないんだ、僕が僕の為に選んだんだよ」と言った広平の言葉を聞いて腑に落ちずに黙るリュウに広平が続けて言った。
「お前と戦いたいんだリュウ。……勝てる勝てないの話じゃ無い、僕の研鑽がお前の修練にどれだけ通用するのか試したくて仕方がないんだ」と、広平は強い眼光に優しい月光を湛えながらにリュウに語った。
「そうか……それなら仕方が無いな!」と、リュウはあっけらかんとした態度で言った。
「良いのか?」
「ああ、良いも何もその辺の事はほら、それぞれの自由だろ、誰と組むとかどうとか、一人で戦うって言ってる奴もいるしな」
「お前はどうするんだ?」と、広平は打って変わって肩の荷の降りた様な優しい眼をしていた。
「……あてならある」と、リュウはにやりと笑った。
広平にはリュウの考えが良く見通せなかったが、リュウとの離反を許された事に対する安堵が勝って、深くは考えなかった。
「帰ろう」と、何方ともなく言って、二人は帰路に着いた。
寮の入り口の前で別れる時に
「また明日」と、言った広平にリュウは無言で手を挙げて返事した。その顔はまた不敵な笑みを浮かべていたが、広平はそれについて深く考えなかった。広平は頬を撫でる春風を妙に生温く感じた。
広平と別れてリュウは、また寮の裏手に回って離れの入り口の引戸をからからと静かな音を立てて開けて中に入った。そして玄関から上がって正面の居間の扉を開けると、そこに先程まで座っていたリオの姿は無く、タツはと言うと、天井を仰ぐ様に背もたれに背を大きく反らして座っていた。
「遅いー」と、タツは背中が反っていて上手く声を出せないのか、ひどいダミ声でリュウに文句を言った。
「リオは?」と、リュウが悪びれもせずタツに聞くと
「まずは謝りなさいよ! 乙女を待たせたんだから!」と、タツは勢いよく跳ね起きて胸に手を当てて騒ぐように言った。
「乙女?」と言ってきょとんとした表情でリュウはきょろきょろと部屋を見渡す様な素振りを見せた。
「私よ私! 私以外の乙女を探すな!」と、タツは戯けるように言った。
「悪かったよ、あんまり騒ぐなよ、もう夜だから、広平の奴と少し散歩してたんだよ……で、リオは?」と、リュウは朗らかに言った。
「リオはもう寝るって言って自分の部屋に戻ったわよ、この小屋一人一部屋あるんだって、最高じゃない?」と、タツは少し声を小さくして可愛らしい仕草ではしゃぐ様に言った。
「それは良いなっ」と、リュウは笑った。そんなリュウの様子を見てタツは訝しんで尋ねた
「何か良いことあったの? その感じ少し気味悪いわ」と、少し湿り気のある目でタツはリュウを見ていた。
「別に……」とリュウは呟いて続けてタツに言った。
「大会俺たちで組まないか?」思いがけないリュウの唐突な一言のタツは少し動きをぴたりと止めたが直ぐに言葉を発した
「いいのっ、本当にっ?」と、タツは目を輝かせた。
「ああ、広平に振られちまった」と、リュウは言葉とは裏腹に嬉しそうに言った。
「話……聞いたのね」
「ああ……あいつは俺と戦いたいらしい、僕の研鑽がお前の修練にどれだけ通用するか確かめたいのだと……あいつの努力は俺が一番良く分かっている。間違いなく強敵だよ……俺にとっては誰よりも」
「嬉しそうね」
「ああ、師は違うけど同じ国で同じ様に鍛えて来たんだ、そんな奴と真剣に戦えるなんて心が滾って仕方ない。楽しみだよ、それに……いつも俺を叱りつけるあいつの鼻っ柱をへし折るいい機会だ」と、リュウはにやりと様相の悪い微笑を浮かべた。
「あなた達二人とも気味が悪いわ……」と、タツが呟いた。
「だからタツ、これからよろしく頼む!」と、リュウは屈託の無い笑みを見せた。
「ええ、よろしく」と、タツも笑顔で答えた。
その日は二人は会話はそこそこにして、それぞれの部屋で眠りに着いたのであった。




