第二十三話 同居人
すっかり日の暮れた月明かりに照らされた薄暗い第三区の大通りの道の上に突如として現れた青く光る魔法陣の上にリュウの身体が空間に浮かび上がる様徐ろに現れた。
本当に凄いなこの魔術は……、殆ど転移魔法と同じじゃないか? タツの膂力もそうだが、この魔術も只事では無い。あの二人は一体何者なんだ? と、リュウは右の手首に巻き付いた組紐を撫でるように左手の指で触りながら考えていた。リュウは偶然にも直ぐ側の道の上に設置された長椅子を見つけて、どさっと倒れ込む様に身を投げた。
「ああぁ、疲れた……」と、仰向けに長椅子に寝転び独り言を呟くリュウ。
本当に疲れていると、人間自然と言葉が出るもんだな。いやしかし疲れた……久し振りの実戦に……久し振りの強者……心躍る相手だったけど、しかし規格外だろうあいつらは……。他の新入生の中にはあれほどの使い手は居ないぞきっと……いやいや、油断大敵だ。タツも言っていただろう、強者ほど実力を隠しているって……。現に俺も魔力を常に抑えているし……まあこれは先生の言いつけで癖みたいな物なんだけど……。……魔力もようやっと落ち着いて来たかな。と、リュウは頭上の紺色に輝く夜空を眺めながら考えていた。
ドライの世界から戻ってきたばかりのリュウの身体から流れ出ている魔力は興奮冷めやらぬと言った様に太く強く流れ出ていたが、長椅子に仰向けに寝転び安らいだリュウの魔力の流れは落ち着きを取り戻し、完全に元の静けさに戻っていた。
「誰かこっちに来ている」と、長椅子から起き上がってリュウは呟いた。落ち着きを取り戻し、思考の冷めたリュウは自分の方へ近づく複数人の気配を敏感に感知したのだ。
ん? 広平か? 広平は分かるが他は知らない人間だな。いや、一人知ってる。あの金髪の坊っちゃんだ。
リュウが思考を逡巡とさせていると、リュウの元へ一人勢いよく駆け込んで来た。その人物は広平であった。
「よっ、どうした広平」と、リュウは陽気な雰囲気を装って広平に声を掛けたが、内心、また広平にこっ酷く叱られるのでは無いかと背中に冷たい汗をかいていた。
全力で走って来た広平はリュウに言葉を返せない位に息を切らして肩で息をしていた。広平がリュウに向けている視線は心配半分、疑念半分といった状態であった。
「薬師っ……速すぎ……」と、広平の奥からやってきたヘイが息も絶え絶えに切らしながら広平の肩を掴んだ。ぜぇぜぇと息を切らして顔色を悪くしていた。
「おっ、いたかリュウ! 良かったな遭難一号にならなくて!」と、さらに遅れてゆったりとしたペースで走ってきた大楠がリュウの方を見て笑いながら大きな声で言った。大楠の陽気な態度とは裏腹に心中では先程肌に感じた膨大な魔力を含んだ魔力風の事を気にしている雰囲気をその顔色に広平は感じていた。
更に反対側の第一区の校舎の方向から走ってくる人影があった。レックたち三人である。
「薬師! どうして君がここに?」と、到着したレックが広平に言った。
「あの魔力風を感じてね、気になって……」と、広平が言葉を返すと、やっぱり君もかと言う風にレックは何度か小さく頷いた。
「レック殿、その生徒が例の?」と、シンシアが聞いた。
「ええ、この生徒がさっき話していた大会で僕と組む予定の薬師広平です。姉様どうです? 新入生にしてこの感知能力、やはり薬師は相当な戦力ですよ」と、少し自慢気にレックがシンシアとシアに言った。
「ええ、そうね……」と、シアはレックに微笑んで見せたが、彼女の興味は長椅子に座って教師陣の説教を受けているリュウにある様で、頻繁にその赤い瞳をリュウの方へ向けているのが広平には分かった。
「それにしても薬師、さっきの魔力は一体……」と、レックもリュウの方を気にしながら広平に尋ねた。広平はレックの問に答える間も無く咄嗟に
「リュウ! 大丈夫だったか? また何か余計な事に巻き込まれたんだろう!?」と、わざとらしくリュウの方へ勢いよく駆け寄ってリュウの両肩を強く揺さぶった。その様子をシアだけは訝しむ様な視線で眺めていた。広平はシアのその冷たい視線と、レックの疑念を払拭し、取り繕う様に五月蝿くリュウの肩を揺さぶっていた。
ごつんっ。突然鈍い音が場に響いて皆が黙った。広平はしゃがみ込み額を抱えていた。どうやら広平の額にリュウが頭突きをした様だ。
「うるせえ! そんなに揺らすな! 声がでかい! やかましい!」と、苛立ったリュウが言った。そして続け様に
「広平お前、その坊っちゃんと組むのか?」と、先程のレックの言葉がリュウの耳に届いていたようでリュウは明らかに苛立ちを見せていた。リュウの問いに言葉を詰まらせた広平は黙ってリュウの真っ黒な瞳を見つめていた。言葉を出せない広平の代わりにレックが話し始めた。
「リュウ……と言ったかい? 薬師は君なんかと組むのは勿体ない優秀な魔術師だ。だから僕が僕と組むことを提案して、薬師も快諾した。こんな事は派閥多き魔術師の世界に於いて往々にしてある事なんだ。いい勉強になったと思って潔く身を引くといい、昼間にも言ったが君は魔術の才が無いよ、その魔力量では初級の系統魔術も扱えるか怪しい。そんな君への義理の為に薬師みたいな優秀な魔術師は時間を無駄にするべきでは無い」と、レックは言葉をまくし立てた。
「……」リュウは黙って広平の目を見つめていた。
「リュウ。そんな理由じゃないぞ決してそんな理由じゃない」と、広平は真剣な眼差しでリュウに言った。
他の四人は黙ってその場に佇んでいた。誰もがレックの意見に半分は賛同しているのであろう。シアも広平の身体から溢れ出る膨大な魔力を目の当たりにして、真っ向からレックの意見を否定出来ない様であった。
沈黙を割いたのは寮の方向からこちらに駆け寄って来ていた七人目の声であった。
「あれ? 途轍もなく大きな魔力がぱっと消えちゃってるね……」と、その場に到着したリオが独り言の様に呟いた。リオが顎を指で摘んで考え込む姿を見て、ある男がリオに声を掛けた。
「リオ? リオじゃないか!」と、大楠が驚いた様な声を張り上げた。
「……ひょっとして幹雄さん? ひっさしぶりだなあ!」と、リオが燥ぐように言った。
「リオは僕の寮の新入生なんだけど、何? 知り合い?」とチンが大楠に聞くと
「ああ昔な、俺の地元の村で少しの間面倒見てたんだ! 懐かしいなあリオ!」と、大楠も燥いでいる。
「懐かしいねぇ幹雄さん。今年から僕もこの学校の学生になったんだ! これから宜しくお願いします大楠先生!」と、リオは戯ける様に背筋をぴんと伸ばして言った。
「ところで幹雄さん。さっきの風、魔力風だよね? それに青白い魔力が光って見えたんだけど……」と、リオが言うと
「あなた新入生? あまり頓珍漢な事は言わない方が良いよ、魔力に色なんて無いでしょう?」と、シアが少し厳しい声色でリオに言った。リオは陽気に答えた。
「魔力の色……見えますよ? 現に僕は六歳の頃から魔力の色で人間を識別していますから、でもこの場にあの大きな魔力の持ち主は居ないなあ」と、リオは横目にリュウを見ながら言った。その言葉にレックは胸の高鳴りを覚えた。リオの言葉はレックにとって今までオニアから否定され続けた自分の見えている世界を肯定してくれる物だった。そんなレックの様子に気づいていたシアは不愉快にその可愛らしい顔を不満気に歪ませていた。
「とっ……ところで、話を戻したいのだが、我々が感知したあの魔力は何だったのだ? リュウくんと言ったかい? ここで何があった?」と、シンシアが場の空気を取り持つようにわざとらしく笑顔を作ってしどろもどろな言葉で話を始めた。リュウは不機嫌そうに
「知らない。俺はここで寝ていただけだから」と、ぶっきらぼうに答えた。シンシアは作り笑いのままに少し苛立ち、目尻をぴくぴくと痙攣させていた。リュウはその表情に少し恐怖を覚えて目を合わせられなかった。
リュウの言葉を最後に皆が黙ってしまって場は沈黙した。沈黙を破ったのは大楠の声であった。
「まあ、魔力風の出どころは分からないが……今日は遅いし、解散解散! 一応この事は学園には報告するから皆も聴取があれば協力頼むな!」と、大楠が声を張って言った。皆は納得いかないようではあったが大楠の言葉を受け入れて寮への帰路に着いた。寮までの道のりの最中リュウと広平には終始会話は無かった。
寮に着くと広平は先に中に入って行って、階段を上がる直前に振り返ってリュウに言った。
「リュウ、明日話そう」リュウは黙って頷いた。
リュウはヘイから入寮説明を受けた。玄関の出入りの仕方を習った後に寮の中に入ろうとしたリュウにヘイが
「ごめんね……ここまで説明してなんだけど、リュウの寝床はこの建物じゃないんだ」と、申し訳なさそうに頭をかきながら言った。
「え?」と、リュウは呆気に取られた様な声を出した。
「ごめんよ、部屋が足りなくてね……リュウの部屋はこっちの離れなんだよ、ついてきて」と言って歩き始めたヘイの後についてリュウは寮の入り口から壁伝いに歩いて寮の建物の裏に回った。そこには一軒、平屋の小屋がぽつんと建っていた。小綺麗な小屋にリュウは少し動揺しつつも少し浮足立つ様な気分になっていた。
ヘイの後について小屋に入ると、飛び込んできた光景にリュウは目を疑った。
小屋の入り口の引戸から中に入って玄関を上がると直ぐ正面に台所を備えた大きな広い部屋が一部屋あって、部屋の真ん中には三人はかけられそうな大きな椅子が二つ向かい合うように置いてあって、その間には椅子の大きさに合わせた大きなテーブルが設置してあった。
その椅子に座っている二人の顔を見てリュウは困惑した。なんとそこにはリオとタツが向かい合って座っていた。リオは椅子に浅く腰掛け、テーブルの上に何かの少し大きな紙を広げてそれを見ていた。タツは背もたれに深く腰掛け、両腕を背もたれのさらに後ろに大きく広げて投げ出していた。
二人とも何故か得意顔で部屋に入って来たリュウの事見ているのである。




