第十八話 天との繋がり
小さな流造の質素で小さなお社は岩屋の中にすっぽりと収まっていて、建物の周りを囲む縁も広く、愛想程度に設えられた階段を登って社の扉の前は子どもなら三人は横になって寝られるくらいの広さの床があった。縁の柵の支柱の頭にちょこんと乗っている擬宝珠がやたら絢爛でリオは少しおかしく思った。
「上宮……? こんな所があるなんて事知らなかったわ」と、ヒヨが呟いた。
「ちょっと座って休もうか」と、お社の階段のすぐ側に背負っていた箱を下ろして一番下の段に座って言ったヒスイの提案を、リオとヒヨは受け入れてヒスイが腰掛けた段より二段高い一番上の段に座って一息つくのだった。
「まだしばらくは大丈夫だと思うよ、オアシさんは動けない」と、唐突に言うヒスイにヒヨが
「あの男、とても恐ろしかった」と、少し声を震わせて言った。
「何であの人はこの村に来たの? やっぱりヒスイさんの玉が欲しいの?」と、リオがヒスイに聞いた。ヒスイは座りながら半身だけリオに向けて顔に微笑を浮かべ言った。
「いいや、彼の今回の目的はリオだったよ。僕は偶然にも居合わせただけ。この際はっきり言っておくよ、オアシさんは僕も捕らえられれば良いとは思っているだろうけど、あくまでも彼の目的はリオだね」
「何でリオがヤマトの人に狙われるのよ!」と、声を荒げるヒヨ。
「ヒヨちゃん、君も危ないんだよ? 君の魔術の腕前は歳の割にかなり熟達している。冷淡で思慮深いオアシさんは今回、出会い縁が生まれた君が将来的にその縁が復縁して彼らの一族の脅威となると判断した」
「縁? どういう事?」
「天の導き、闘争の運命だよ。彼らは彼がさっき言った話を本当に重要視して信じている。闘争の種は育つ前に潰す。そうやって彼らの一族はヤマトで周辺部族の子殺しを敢行しているんだ」
「野蛮ね……」と、ヒヨはうんざりする様に呟いた。
「子殺し……そんな事していたら、それこそ無用で物凄く大きな戦禍の種になるんじゃ無いの?」と、リオが神妙な面持ちで言った。
「その通りだよリオ、彼ら一族は未だ起こってもいない争いの種を身勝手な信仰心でばら撒いているだけなんだよ、実際にその戦禍の種は恨みと言う恐ろしい養分を得てヤマト国内で芽吹き始めている」
「恨み……。そうよね、子を殺された親が許す訳ないものね……」と、ヒヨが呟いた。
ヒヨの呟きを最後に三人は皆黙ってしまった。
無言で無音な空気感がリオの目を暗闇にも冴えさえて、良く周りが見える様になってきた。木々の輪郭や、通って来た道、木々の少し開けた所から眼下に見える街の灯り、そして頭上に月に付き従うように広がる星々。
意外と暗闇も月明かりで見える様になるんだなあ……。と、リオはぼうっと考えていた。頬をなでる少し冷えた風が熱り立った身体に優しく思えた。
「んー。気持ち良いかぜね」と、ヒヨが背伸びして言って、その背伸びのままに後ろの床に寝転んだ。確かに先程までの冷酷な重さは感じない、清かで少し肌寒い爽やかな風であった。
「ねえ、さっきあの男が固有魔術って言ってたけど、まさかヒスイさん固有魔術が使えるの?」と、ヒヨが寝転んだままに喋った。
「……うん」と、ヒスイは階段に座ってヒヨの方は見ずに正面を向いて何か他に考え事をしながら素っ気なく呟いた。
「簡単に言うよね……とんでも無く凄い事よ」と、未だに寝転がったままにヒヨが呟いた。二人とも清かな風に安らぎ、心ここにあらずと言った様なとても会話している様な空気では無かった。
「固有魔術?」とリオがヒヨに聞いた。ヒヨは身体をようやく起こして隣に座っているリオの方を見て説明した。
「固有魔術ってね、その人だけに許された特別な魔術なのよ。魔術師によって千差万別で、その人が魔術に注いだ思いや経験が如実に現れる物でね、魔術の修行を積んで積んで積んで、これ以上はもう上達のしようが無いって言うくらいまで凄い魔術師になって初めて会得出来る物なのよ、魔術師の目指す高みだって先生が言っていたわ」と、ヒヨは自慢気に言った。
「固有魔術は……そんなに特別な物じゃないさ」と、ヒスイがリオの方へ振り向いて優しい顔で呟くように言った。ヒヨは気に入らない顔をして黙って、ヒスイもまた正面に向き直って何かを凝視する様に黙って考え事をしていた。
「リオ、彼が狙っているのはねリオの魔術の術式なんだよ。あの下の祠の前でオアシさんが言っていた。昨日のリオの魔術行使は天に繋がっていたってね、天上の国の存在はヤマトでは広く信じられていてね、天からの導きを信じ、いつか天上の国へ到達する事を願う彼ら一族にとって天との繋がる魔術の術式の確保は何よりも優先する事なんだよ、それが昨日のリオの魔術なんだってさ、これも一種の固有魔術だ」と、突然にヒスイは少し冷淡な口調で淡々と言った。
リオとヒヨの頭の中は疑問と混乱が渦巻いて、二人は言葉を返せずに場に沈黙が訪れた。
「ヒスイさんの魔術は何なの」と、リオの突拍子も無い呟きが場の沈黙を裂いた。
「……僕の魔術は……まあ良いか、この際説明しておくよ。僕の固有魔術はね停止の魔術さ、物の流れ動き拍を完全に停めてしまう魔術さ」と、口籠った後に淡々と説明した。
「停止……凄い魔術ね、戦いの中だったら殆ど反則みたいな魔術じゃないですか」と、ヒヨが言った。
「何も凄くないさ、オアシさんも言っているのを聞いただろう? 格下の相手にしか行使出来ないって……。格下と言うのはね、僕の魔力量が大幅に上回っている相手の事でね、そんな相手にしか効かないって事なんだよ」と、ヒスイが語尾を吐き捨てるように言った。
「格下? ん? ヒスイさんはあの人よりも強いの?」と、リオが素っ頓狂な声色でヒスイに聞いた。
「いいやリオにヒヨちゃん、違うんだよ。情けない話だが僕の魔力量はオアシさんの半分にも満たない」
「それなら何であの人の動きは止まっていたの?」と、リオが疑問を口にした。
「玉の魔力を使ったんだよ、念の為に沢山玉を詰め込んで来たからねこの箱に」と、直ぐ側に下ろしておいた箱をとんとんと叩いて見せた。
「なるほど、魔力量の差を玉で補っているのね」と、ヒヨは顎を人差し指と親指で摘んで感心する様に言った。
「そうっ……やっぱり賢いなヒヨちゃん」と、ヒスイはどこか嬉しそうに言った。
「でもそろそろ僕の魔術も消えそうなんだ、そうなると直ぐに彼はここに辿り着くだろうね、だから二人ともそのお社の中に入って隠れるんだ、リオは僕のこの箱を守ってて」と、言ってリオにヒスイは木箱を渡してお社の方を視線で指し示した。
「ヒスイさんは?」と、リオがヒスイに聞くと
「僕は彼を向かい打つよ」と、ヒスイは言った。リオにはヒスイのその顔がとても精悍に見えた。
ヒスイの言葉を承諾しかねるヒヨを連れてお社の中に扉を開けて入った。不思議とヒスイさんは大丈夫な気がしたのだ。
「私も戦うわ!」と、喚く様に言うヒヨの腕を少し強引に引っ張って社の中に入ったリオにヒスイは優しく
「さあ扉を閉めて」と、言った。
「無理しないでね」と言って、リオは内側両開きの扉を閉めた。
相変わらずヒヨは喚いていたが、ヒヨは不思議と激しく抵抗して扉の外にでようとはしなかった。恐らく心の底ではあの男への恐怖は拭い切れないのだろうと、ヒヨの年相応の可愛らしさを垣間見た様な気がしたヒスイは少し嬉しく思った。
ヒスイは扉の閉まった事を確認すると、両手で扉に触れて魔力を込めた。扉はヒスイの魔力によって光で縁取られてやがてその光は弾けてしまった。
「これでよし」と、ヒスイは呟き社を少し離れて先程急斜面から登り上がった所の少し広場になっている所まで歩いて戻った。社の近くでオアシを向かえるのを嫌った故の行動だった。
ヒヨと、リオの二人は扉が閉まった後に外側からヒスイが扉を押している事は分かっていたが特別な疑問は抱かなかった。
「これでよし」と、ヒスイの声が聞こえた後に少し不思議な事が起こった。
お社の中でも聞こえていた外の音の一切が突然聞こえなくなったのだ。




