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第十六話 錯乱少女

 リオとヒヨの二人は祠の近くの茂みの中で息を殺して草木の隙間からヒスイらの様子を観察した。息を殺して静かに物音を立てないでいると風が木々を揺らす音に混じって二人の会話が少し聞き取るのであった。

「……ヒスイ、こんな場所で何をしている」

「オアシさん……それは私が聞きたい。あなたこそこんな東の果ての大陸まで何の用で来たのですか?」

「俺は天の気配を追ってきたのだ。お前も我々の悲願を知っているのだろう?」

「あなた方の悲願……天に還る……」と、ヒスイが呟いた。

「ああ……、我々……族の悲願だ。だが……スイ、お前と出会って……たのなら話は別だ」と、木々が風に揺れる音が雑音となってリオとヒヨには所々聞き取りにくかった。

「ちょっと、よく聞こえないわね」と、小声で呟くヒヨの言葉にリオは黙って頷く事しか出来なかった。さっきからずっと背中を冷たい汗が伝っていて、得体の知れない恐怖に内心慄いていたのだ。ヒヨが痺れを切らした様に動いているのを二人に見つかるのではないかと、リオは不安に思っていた。

「……僥倖」とオアシがにやりと笑って呟いた。呟いたかと思うと次の瞬間には、オアシはヒスイの目の前から姿を消していた。

 やばい! 逃げなきゃ! リオの目にヒスイの背中越しに見える祠の前に祠を背にして立っている男が何かを呟くと同時に物凄い速さで地面を蹴った瞬間が映った。リオは本能的に危険を察知して、ヒヨの腕を引っ張り、小声ながらも強い語気で

「逃げるよ」とヒヨの腕を引っ張った。

 ヒヨがリオの行動の意味を理解せずに呆気に取られていると、瞬きの間にリオとヒヨの背後にさっきまでヒスイの前に立っていた男が急に現れたのだ。リオとヒヨも祠にある程度は近づいていたとは言え、通常、一足飛びに詰められる距離では無い。ヒヨが振り返ってオアシの温かみの一切無い冷酷な瞳を見た時にヒヨの心中にもようやく、このオアシと言う男の底しれぬ恐ろしさが伝わって来た。


 

 何だ? オアシさんの意識が僕に向いていない? どこを見ている? 僕の後ろ? 後ろに何がある? 神社の雑木林しか無いはずだが……。と、ヒスイは対峙しているオアシの意識が自分の背後の雑木林の中に時折向けられている事に疑念を感じていた。そして、オアシが何かを呟いたかと思うと不敵な笑みを浮かべて、足に魔力を集中させているのがわかった。

 しまった! まさか! ヒスイがリオとヒヨの二人が雑木林の中に隠れている事に気付いた時にはもう既にオアシはヒヨとリオの二人と対峙していた。

「逃げろ! リオ!」と、咄嗟にヒスイが叫んだ。するとオアシの視線はリオを捕らえ、再び恐ろしい笑みを浮かべた。

「そうか……お前の方か」と言って、オアシはリオの目にも止まらぬ速さでリオの首を左手で鷲掴みにして持ち上げた。オアシもヒスイと同様にヒスイの意識の方向を感知してリオとヒヨを区別したのだ。

「ぐあっ……ぐっ……」リオは、声にならない声を上げて苦しんでいる。

「どうだ小僧今の俺の手の動きは見えたか? お前さっきは見えていたろ?」と、ヒヨよりも速くに退避行動を取ったリオの視線と反応にオアシは気付いていた。

「リオ!」と、ヒヨが叫んだ。ヒヨが叫んだ次の瞬間にはオアシはヒヨの小さな体を強烈な一蹴りでヒスイの方へ蹴り飛ばした。ヒスイはヒヨの身体を全身で受け止めた。勢い余ったヒスイの身体は後ろに地を擦る様に数歩の距離を下がってしまった。祠に勢いよく衝突する既の所でヒスイの身体は止まった。

「大丈夫?」と、ヒヨに優しく声をかけるヒスイ。ヒヨは抱き抱えられる形で腕の中からヒスイの顔を見ると、髪の毛の色はヒスイの地毛の綺麗な白髪に戻っていた。

「あ、ありがとう……ヒスイさん髪が……」と、遠慮がちにヒヨが言うと

「ちょっとびっくりしちゃったからね」と、ヒスイが恥じらう様な態度で言った。

「それにしても、着いて来たら駄目だと言ったろ? ファリオさんはどうしたの」と、ヒスイがヒヨを問いただすように言った。

 ヒヨはヒスイの腕から地面に降り立って

「リオのお父さんは魔術で眠らせたわ」と、淡々と言った。そこに先程までリオに見せていた余裕のある得意気な表情は無く、とても精神的に追い詰められた様な表情を見せていた。ヒスイは何か言葉を掛けるわけでもなくヒヨの言葉に呆れた様な顔を見せて、ため息をついた。

 ヒヨは先ほどまでリオと一緒に隠れていた茂みの方を見た。するとリオは未だ首を絞められて苦しんでいた。

「リオを離して!」と、ヒヨが叫んだ。ヒヨは叫ぶと同時に外套にしまっておいた杖を素早く取り出して、オアシに向けて振るった。ヒヨが杖を振ると、人の頭くらいの大きさの火球が勢いよくオアシの方へ飛んで行った。一振りで終わらず、二振り三振りと続けて杖を振るって幾つもの火球をオアシへ向けて放った。

 火球は轟音を立てながらオアシの身体に目掛けて飛んでいった。オアシは自分の眼前に迫る火球を物怖じせず、姿勢を変えずに正面から眺める様に見ている。火球がオアシに当たる既の所でなんと全て弾ける様にぱっと消えてしまった。

 ヒヨの目には意外な光景が飛び込んできた。火球が消えて硝煙の様な白い煙が立っている。白い煙の中にヒスイがオアシを庇うように拳をヒヨの方に突き出して立っていた。

「なんで邪魔するのよ!」と、ヒヨは激昂して叫んだ。そこに冷静さは微塵も無いようであった。ヒスイが冷静な口調で言った。

「邪魔だなんて、ひっどい言われようだなあ……でも、今僕が割って入らなかったらリオも燃えちゃってたよ? ヒヨちゃん。少し落ち着きなさい」と言って、突き出した拳を開くと、ヒスイの掌に上には玉が一つ乗っていて、玉は風に吹かれると砂の様にぼろぼろに崩れて形状を保てずに風に飛んで行ってしまった。

 ヒスイは直ぐ様オアシの方へ向き直って、ヒヨの目には止まらない速さで一瞬の内にリオを両手で抱き寄せオアシの左手から奪い取った。左腕で掴んでいたリオを奪い取られた結果オアシの左脇腹が大きく開いた。その隙をヒスイは見逃さず、強烈な蹴りを左足で蹴り込んだ。オアシも虚を突かれたのか諸にヒスイの蹴りを脇腹に受けてしまい、視界がぐらついて蹌踉めいた。その隙にリオを抱いたヒスイはヒヨの元に跳ねるように素早く移動した。

 ヒヨは、ヒスイに言われた事を心中で反芻して、自分の怒り任せに焦った行動を酷く反省して

「ごめんなさい……ありがとうヒスイさん……」と、涙を瞳に溜めて言うのだった。

「良いんだよヒヨちゃん。ただね、魔術は怒りや激しい感情に任せて行使してはいけない。それはずっと覚えておいて努々心掛けていてほしいな、それをするのは三流の魔術師で、とてもじゃないけど理知的な魔術師のする所作ではない。君は魔術師の金の卵なんだからさ」と、ヒスイは微笑んだ。

「それにしても、ヒヨちゃん。君の魔術の出力は凄いな……小さい玉だったとは言え一つ丸々魔力を相殺して使い切ってしまったよ」と、ヒスイははにかむように笑った。

「さっきの砂になって飛んでいった石はやっぱり玉だったんだ……」と、ヒヨは淡々と息の詰まった様な引っ込み思案な声で言った。まだ、リオに向かって火球を放った事を気に病んでいるのだろう。

「……ヒヨ……気にしないで」と、掠れた弱々しい声がヒヨの耳に届いた。ヒヨは直ぐ様ヒスイの腕に抱かれるリオの元へ駆け寄って

「ごめんなさいリオ、私未熟だったみたい……」と、ヒヨは歳の割に大人びた小さな声色でリオに謝った。

「リオ、喉は大丈夫かい?」と、ヒスイが聞くと

「大丈夫。ありがとうおじさん」と、リオが言うので、ヒスイは安心した様な顔をしてリオを地面に下ろした。地面に立ったリオは首を労わるように手でさすった。

「もう、いいか?」と、オアシが恐ろしく低い声を出した。

「……律儀なのね、私達の会話を待っていたの?」と、ヒヨが恐ろしい物を見るような目でオアシを見つめながら呟いた。 

「ええ、昔から彼はああなのですよ、自分の発言を邪魔されたく無いし、自分も他者の発言や意見を深く尊重する紳士的な一面を持っている。だから僕らが話し終えるのをじいっと待っていた、根暗で不気味だろ?」と、ヒスイがヒヨに説明する様に言った。

「昔から? やっぱりあの人はヤマトの人なのですか?」と、ヒヨが目線をオアシから逸らさずにヒスイに言った。視界から少しの間でもオアシを失う行為が恐ろしく思い出来なかったのである。

「ヒスイさんが昔から知っている人なの?」と、リオが首に手を当てながら言った。

「うん。彼は……イトイを度々襲って来る部族の人間でね、その中でも長に近い位の高い人間だよ」と、ヒスイが言った時、リオは心中で嫌な予感の正体を見つけた様な気持ちになり、目の前に対峙する細身の着物姿の男に対してまた心底に恐怖の念を抱いた。

「もう……いいか?」再び、静かな低い声でオアシが言った。オアシの声色に慄いている子供二人は声を出せずにオアシの方を見つめていた。

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