第十四話 ヒスイの目的
「それでこの玉を使って何が出来るの?」と、ヒヨが店の入口のすぐ横の棚に整然と綺麗に並べられた玉を手に取って三人に見せながら言った。
「何も出来ないよ?」と、ヒスイが当たり前の事を言う様に言った。
「え?」と、ヒヨが疑問を表情に出した。
「言っただろう? 玉はただの魔力源。この玉の役割は魔術師の魔力行使の際に魔力を術式に与える補助にある」と、ヒスイが説明した。考え込むように黙るヒヨにリオ話しかけた。
「ねえヒヨ、この石って生きてるって事?」
「そうね……私もそこが気になってるの……」と、呟いて考える二人をヒスイは黙ったままに微笑んで見守っていた。少しの沈黙を破ったのは意外にもリオの父ファリオだった。
「リオ、魔力を持つのは生きている物だと言う事は、ヒヨに習ったのか?」
「うん」と、リオが答えた。
「それは確かに合っているが、二人とも違うぞ、問題はこの石は生物では無いのに魔力を生み出しているという事実だ」と、ファリオは驚いた様な神妙とした顔付きで言った。
「ファリオさん。あなたは本当に聡い人ですね」
「いいや、単純に考えたら分かるよ。魔力生物生み出している生命力の様なものだろ? だから大きさも量も限度がある。これは魔術について興味のある人間だったら皆知っている常識だ。本来、生きている間しか生み出せない物を生きてない物が生み出していて、その魔力を魔術に利用出来るのだとしたらとんでも無い武器になるぞ」
「その通りです、生活の利に役立てる為にこの玉を使う人々も大勢いますが、ヤマトでは殆どの場合、武力の魔力源としての大きな価値が見出され取引されている事は事実です」と、ヒスイが言うとヒヨがいきり立って言葉を発した
「あなた、そんな危険な物を売りに来たの? なんの為に?」ヒヨの言葉に続く様にファリオも口を開いた
「ヒスイさん。あんたらイトイの一族の狙いは何だ? この大陸に争いの種を撒き散らしたいのか? 俺は大陸を旅して回った時に色々な国、色々な町を訪れた。ヤマトの様に魔術に明るい人間は多くは無いが、魔術を使える物も少なくは無かった。魔術を神聖視している国が多くてな、魔術は祭りや生活に役立たせるばかりで積極的に魔術を武力としての争いの解決手段に使う連中はごく僅かだった。そんな文化の国ばかりの大陸を相手取ってする商売じゃ無いぜ」
「ファリオさん、誤解です」と、ヒスイは慌てる様に言って、話し続けた。
「何も別に私はそんな物騒な物売りをしに来た訳ではありません。ヤマトは現在例の強大な一族がまとめ上げてるので安定していますが、国全体は一枚岩では無くてですね、虎視眈々とヤマトの天下を我が物にしようとその一族の打倒を画策する連中もいる訳です。そんな連中が我々の玉の製造法を得ようと、近頃度々イトイに攻め入って来るわけですよ、一族の物で戦いに秀でた者は少なくて、私は戦力として一緒に海を渡ってくれる玉への適性の高い魔術師を探しにこの大陸へ来たんです」と、ヒスイは誤解を解くように必死で説明した。
「……リオは行かせないぞ」と、ファリオが思いついた様に言った。
「リオはまだ幼い、とても連れて行けませんよ」と、当然でしょう。と言う様にヒスイが言った。
「それでおじさん昨日の僕の魔術? は何なの?」と、リオがヒスイに聞いた。
「それはわからないなあ、詳しく話してくれる?」と、ヒスイが言ったのでリオは事の経緯を出来るだけ詳細に話した。
「……分からないなあ」と、ヒスイが呟くように言った。
「そっか……」と、リオは肩を落とした。
「今の所はリオの魔術は系統魔術には属さない特殊魔術と言う事しか分からないな」と、ヒスイは言った。
「おじさんも一緒に神社行こうよ」と、リオが言うと
「それがいい!」と、ヒヨが瞳を輝かせて言葉を被せた。ファリオも同意する様に頷いていたので
「仕方ないなあ、今日は早めの店仕舞いだ」と、満更でもない様な態度で言って、再び魔術で髪を黒く見せるのであった。
ジャケットを脱いで店の入り口に置いてある帽子掛けに無造作に掛け、ネクタイを勢い良く雑に襟から引き抜いたヒスイは店の奥の部屋に入って行った。ヒスイが奥で操作したのだろう、店の照明がパッと全て消えた。店には夕陽が差し込んでいてそれほど暗くは無かった。差し込む夕陽に宝石達がキラキラと反射していて、夕陽の光の呼び掛けに応える様な姿がヒヨには可愛らしく思えて、ぼうっと店内を無心に眺めていた。
ヒスイの人影が店の奥からゆったりと現れた。何か大きな箱を背負っているようだった。
「何を持って行くの?」と、リオが聞くと
「内緒」と、ヒスイは少し戯けた感じであしらった。
「さあ、行くか」と、言って外に出たファリオに続くように三人も店の外に出た。
「暫しお待ちを」と、言ってヒスイは荷物を地面に下ろして再び中に入って行って通りに面した店のガラス張りの大きな窓の内側の幕を閉めた。一連の動作は店の外から見えるから三人はぼうっとヒスイの店を閉める様子を眺めていた。幕が下りてヒスイの姿が見えなくなった後、リオはヒスイが先程背中から地面に下ろした箱の中身が気になって、まじまじと箱を観察していた。ヒスイが入り口扉の内幕も下ろして、店の外に出てきた。そして店の鍵をかちゃりと音を立てて閉めた。
「中身が気になるかい? もし、使う時が来れば見せてあげるよ」と、ヒスイはリオに言って笑った。
ヒスイが地面に置いた箱を再び背中に背負い直した時に、肌を刺すような冷たく強い風がびゅうと四人の身体を吹き抜けていった。
「寒っ」と、腕組みをして見せるファリオ。
「冷たく湿った……何か不思議な風ね」と、首を傾げるヒヨの様子をリオは見ていた。
リオはこの風に覚えがあった。昨日、あの神社を訪れた際にリオの熱り立った気持ちと熱を帯びた頬を包み込んで冷やした風と同じ空気感を纏った風であった。それを思い出したリオはその事をヒスイに伝えるべく話しかけようとしたが、ヒスイの顔が少し青ざめ、口元も少し引き攣っている様なただならない雰囲気を見て、言葉を飲み込んだのであった。
「ファリオさん、ちょっと良いですか?」と、強張った顔でファリオを手招きして、リオとヒヨに言葉が聞こえない様に少し離れてヒスイとファリオは耳打ち話を始めた。その様子を幼い二人は不審に思いながら眺めていた。やがて直ぐにヒスイらは子供たちの所へ戻ってきて話し始めた。
「二人とも。今日は帰るぞ」と、突然の予定変更を打ち出した。
「なんで? 神社は行かないの?」と、リオが言うと
「ヒスイさんが嫌な予感がすると言っていてなあ、とりあえず今日は一人で例の祠を見に行ってくれるってさ、だから今日は帰ろう、な?」
「おじさん。ご飯は?」と、ヒヨがこの宝石店に来るまでの会話の中で約束した夕食の事をファリオに聞いた。この素っ頓狂な質問は、大人二人が内緒話の末に勝手に下した決断に対する遠回しなヒヨの抗議なのだとリオは思った。人見知りなヒヨの皮肉めいた文句なのだとリオは考えた。
「ご飯もまた今度だね、ヒヨちゃんは家まで送って行くから」と、何を言っても引き下がりそうに無いファリオの様子にリオとヒヨは折れて、大人達の提案を受け入れた。
「それじゃあ、私はちょっと神社まで行ってきますから、また明日にでも二人と一緒に店まで来てください」と、ヒスイはファリオに言って、三人と別れて神社の方に早足で向かって行った。ヒスイも少し焦っていたのだろうか、背中に背負った大きな箱がヒスイの歩く足に合わせて上下左右に少し激しめに揺れていた。リオの目にはその後ろ姿がやけに印象深く映った。夕陽に照らされるヒスイの後ろ姿がやけに寂しく見えた。先ほどの冷たく湿った風の事も思い出されて、リオの幼心にも大人達の言う嫌な予感と言う物が感じられた。




