第十三話 リオの宝石
「ファリオさん。あなたが言った通り私は魔術師なんです。昨日、この村の何処かで私の宝石が弾ける感覚がありましたから、それはきっとリオが持っている色石が魔力を放出したものだろうと思いました。そして、その色石の事を聞きに近々私の元を訪ねて来るだろうと、確信していました。さっきも言ったけれども、私はリオの事をとても信頼していますから、リオがここに連れてきたあなた達の事も同じ様に信頼します。だから、私はあなた達に私の素性を明かす事は吝かでは無いのです」
「ヒスイさん、どうして魔術師だと言う事を隠しているの? 村には魔術を使える人間は私達の家族しかいないわ、魔術師だと言う事はとても自慢できる事だと思うんだけど」と、ヒヨが言った。
「ヒヨちゃん。君は魔術による役割を与えられて、それをとても誇りに思っているんだね……責任感がそうさせるのかな……歳の割に君は大人びていて、それでいて年相応に幼いなあ。ヒヨちゃん、覚えておくと良いよ、優れた魔術師は杖を隠す物だよ、魔術師だと言う事を他人に悟られても良い事はこれっぽっちも無いからね」と言って、ヒスイはヒヨに近付いてヒヨの服のポッケから飛び出ている家族の休日の贈り物であるヒヨの新しい杖をつついた。ヒヨは何故かとても恥ずかしくなって、顔を赤らめて、ヒスイに背を向けて逃げる様にリオの背中に隠れた。リオはヒヨのその姿にまた胸を締め付けられる様な感じを得た。
「モテるんだなあリオ、罪な男だねえ」と、ヒスイは戯けて誂うようにリオに言った。
「おじさん、あまり誂わないでよ」と、リオが呆れた様に言った。
「ヒスイさん、わかっているなら話は早い。リオが度々買って集めていた、あの色石でしたっけ? あれは何なんだ?」と、ファリオが落ち着いた声色でヒスイに尋ねた。
「ええ、勿論教えますよ。でもその前に少し私の素性をもう少しだけ話させて下さい……それを踏まえた上であの石についての話をさせて貰いたい」と、ヒスイが言った。
「素性?」と、ヒヨが首を傾げた。
「ええ、私のこの髪と瞳の虹彩の色はある一族特有のものでね、……ヒヨちゃんは魔術の勉強をお家で付けてもらっているんだろう?」
「ええ、私の家は皆、使用人も含めて魔術を扱えるから、家に出入りしている魔術師の歴史についてとても詳しい使用人がいて、その人から習っているわ」
「その先生から魔法使いフランの事は習ったかな?」
「ついこの間習ったわ……賢者シードに負けた魔法使いの事でしょう?」
「そうだね……フランの容姿については習ったかい?」
「いいえ」と、ヒヨは首を横に振った。
「そうかい? 現代においてはフランが賢者シードに魔術での戦いに敗れたという事実よりも、僕らの一族に絡めてフランの容姿や生い立ちを教えるべきだろうに……」と、少し嫌味な事を言うヒスイにヒヨは些細な苛立ちを覚えた。その様子を見ていたリオは何故か背中に冷たい汗をかいていた。
「で、おじさん、その魔法使いフランの容姿って?」と、リオが場を取り持つように取り繕う様な声がけをした。
「とても美しい銀髪だったんだよ、空の色をも映し出す程に透き通った美しい髪をしていたらしい、そして瞳の色は深い翡翠の様な緑色をしていたようでね」
「同じ色……」と、ヒヨが呟いた
「その通り! 僕たちはフランの縁者の可能性がある一族なんだ」と、ヒスイが誇らしげに言った。
「ここいらの人間じゃないだろう? 俺は昔この大陸中を旅したが、ヒスイさんみたいな人は見たことが無い」と、ファリオが顎を指でつまみながら言った。
「ええ、その通りですよ。……この大陸のずっと西の海の向こうにヤマトという島国があるんですが……」
「ああ、知っている。西の大陸に渡る玄関口になっている島国だな」
「ええ、ファリオさんは意外と地理に明るいんですね」と、ヒスイが感心した様に言うと
「いやあ、一般常識の範囲だろう?」と、ファリオは少し照れて見せた。
「いえいえ謙遜なさらないで下さい。ヤマトの事を知らない人も多いんですよ、……私はそのヤマトの西海岸沿いにあるイトイと言う町出身なのです」と、ヒスイが言った。
「どんな所なの?」と、ヒヨが自分の知らない国と土地の名前に好奇心を露わにして、ヒスイに詰め寄る様に聞いた。リオもつられるようにヒヨの後に続いて瞳を輝かせていた。
「君達のその無垢な探究心は人間にとって最も大事な美徳だよ」と、ヒスイは優しい表情を二人に向けて言った。そして、少し長くなるけど、と前置きして話し始めた。
「ヤマトと言う島国はね、龍が寝そべっている様な形をした一つの一族が支配している様な国でね、殆どの人間が魔術を使う事が出来るんだよ」
「国の人が皆魔術師なの?」と、ヒヨが驚きを隠せずに聞いた
「うん。ヒヨちゃんの家みたいな系統魔術が得意な家や、代々風変わりな特殊魔術を継いでいる家系が様々入り混じっているけどね……」と言って、ヒスイはリオの方へ視線を向けた。リオはヒスイと目が合っても的を得ないような顔をしていた。そして、ヒスイはまた話し始めた。
「殆どのお家が、教養として子供に魔術についてのいろはを叩き込むんだ」
「いろはって何?」と、リオがヒスイに尋ねた。
「……ああごめんごめん、ヤマトの言葉で基本と言う様な意味の言葉だよ。……だからね、皆子供の頃に魔術の手習いを受けるから、魔術行使の精度や力に差はあれど国民が皆魔術についての知識はもっている。そんな国をまとめ上げている一族は皆が誰一人欠けることなく凄腕の魔術師一族でね、……噂によると他の一族が皆で団結して戦ったとしても、その統治一族の長一人で勝てちゃうんだって」と、幼い二人に言い聞かせる様な大袈裟な口調で説明した。
「凄い国だな……」と、ファリオが呟く様に言った。
「ええ、魔術は何も特別な力じゃない。その事をヒヨちゃんとリオにはしっかり理解して欲しい」と、ヒスイがファリオに真面目な顔をして言った。
「僕?」と、リオが呆気に取られた様な表情で言った。
「ああそうだぞリオ、お前も立派な魔術師なんだから」と、ヒスイが何とは無しに言ったが、三人には晴天の霹靂の様な言葉であった様で、皆が驚きを表情と、言葉に出していた。
「僕が?」
「リオが?」
「こいつがか?」と、言う三人の言葉を肯定するようにヒスイは頷いて
「ええ、リオが昨日起こした奇跡は魔術行使その物ですよ」と、言って、そのまま話しを続けた。
「そんな各地に群雄割拠するヤマトの国の中で私の故郷イトイは特別な町でね……神の住まう土地として少し特殊な信仰を集めているんだよ。……そして僕たちがその信仰の対象なんだ」
「信仰の対象? どういう意味ですか?」と、ヒヨが疑問を表情に浮かべて言った。
「イトイは海沿いにある町でね、とてつもなく大きな川が巨大な壁の様な山から海に注いでいて、その河原や海岸からある特別な力を持つ石が採れるんだよ、魔力を自生する岩石なんだけど、原石のままではその魔力を使えなくてね、僕たち一族が代々継承している特殊魔術で誰でも使える宝石に加工しているんだ。そしてそれをヤマト各地の豪族に売って莫大な富を得ている。……特殊魔術は誰でも使える魔術じゃないし、僕らは言わばほぼ無尽蔵に魔力を生み出す事が出来るからね、誰も僕らに手出し出来ないし、むしろ恐れをなして僕らの一族の長を玉の女王と呼んで崇めているんだよ」と、ヒスイは話した。
「で、あなたは行商でこの東大陸に来たって訳か」と、納得したような表情でファリオが言った。
「そうです、僕がヤマトから東方のこの大陸へ、もう一人の行商人が西の大陸へ向かったんです、拡販の為にね。だと言うのにこの村には魔術が全然浸透してないから、この宝石にはただの宝石としての価値しか無いし、村を移動しようにも女王から何故かこの村に留まるように指示されてるから、仕方なく店を構えて留まっているんですよ」と、ヒスイはまくし立てる様に言った。
「君にとってこの色石はとても価値のある物の様だね」と、前にヒスイに言われた事がリオの脳裏を逡巡と過っていた。
おじさんには僕が魔術を使える事が最初から分かっていた? だから僕に色石をくれていたんじゃ? あの格安の色石が本当におじさんが売りたかったものじゃないの? リオは思考を様々巡らせっていた。顔に皺の一つも無く無表情で立ち尽くす様に黙るリオの顔を観察する様に見ているヒスイと不意に目が合ったリオは取り繕う様な言葉を発した。
「仕方なくなんて言わないでよ」と、不貞腐れたように言ったリオにヒスイは
「そうだねリオ、仕方なく……では無かったかな、君が通う様になってからは……君の魔力がどんどん綺麗な澄んだ色になって行くのを見ているのは楽しかったし、何よりもね僕が作った玉がいつからか君の魔力が呼び水となって魔力を放つ様になっていた。中々無いことなんだよ、玉と人とが惹かれ合う事なんてね。君は賢いからね、分かっているんだろう? 僕は君がいずれは魔術を使える様になると言うことは薄々勘付いていたよ、だから君に玉を贈り続けたんだ。君が色石と呼ぶその宝石こそがイトイの至宝、玉、その物なんだよ、店に並べている他の宝石は本当にただの宝石なんだよ」と、言ってヒスイは得意げに店内を見渡す素振りを見せた。




