第十一話 勝ち気な女の子
家に帰り着くと、居間で父母が陽気に酒を煽っていて、子供部屋は静かで灯りの消えている事が分かった。
「おかえり」と父さんが酒に酔った少し呂律の回らなくなった風体で言った。母さんも続けて「おかえり」と僕を迎えてくれて、僕は「ただいま」と一言だけ返して、少し間を空けて
「フウは寝たの?」と、両親に聞いた。
「ふて寝してるのよ、電気は消えてるけど起きていると思うわよ」と、母さんが言ったから、僕は「わかった」とだけ言って、居間をあとにして子供部屋へ向かった。居間を出て直ぐの扉の脇に置いておいた先程手に入れた弓と空になったたからもの箱と、拾ってきた綺麗な真っ直ぐの矢に見立てた木の棒を手に取って、フウの元へ急いだ。
この弓は両親に見せたくなかった。僕も何が起きて、僕の手元にこの弓が現れたのか分からなかったから、隠す様にに振る舞ったのだ。祠の言い伝えが本当に実現しただなんて、酒酔いの耳に話しても信じてもらえないと思ったから。僕の大事な宝物と引き換えに手に入れる事が出来た大切なフウへの贈り物だと言うのに、取り上げられでもしたらたまらないと、僕は考えた故の行動だった。
僕は玄関から居間よりも奥に在る子供部屋へと歩を進めた。何故か少し忍び足だったと覚えている。フウに気を使ってでの行動だったのか、幼い心は今ではあまりその詳細を思い出せないし考えもつかないが、僕はその時何故か足音を立てない様に家の廊下を歩いた。
僕はそっと子供部屋の外開きの戸を引き開けた。そして僕は相も変わらず忍び足で部屋に入って、ベッドの上のフウが包まっているであろう毛布の塊まで近寄って
「フウ、起きてる?」と、そっと声をかけた。返事は無く依然としてベッドの上に毛布の塊が横たわっている。
「フウ? フウってば」と、何度目かの呼びかけの後に
「なーに」と、力のない返事をしながらフウが布団の中から這い出てきた。
「ほら、家族の休日の贈り物だよ、フウ」と、そう言って僕はフウに弓と矢の一組を差し出した。僕の相好は崩れて凄く頬が緩んでいたと思う。
フウは一瞬、きょとんとして僕の行いの意味が分からない様であったけれど直ぐにその意味を理解したみたいで
「ほんと? やったあ! ありがとう兄ちゃん!」と、僕が持ってきた綺麗な木製の弓矢に飛びついた。
「かっこいい……やったあ……」と、フウは小さな声で呟きながらまじまじと弓矢を眺めたり、弦の無い弓を引く姿勢を取ってみたりしていて、とても喜んでいる様で、僕も僕の宝物と引き換えにあの弓矢を手に入れた甲斐があったなあとしみじみ嬉しくおもうのであった。
「兄ちゃん、これどうしたの」と、聞くフウの問に僕はその時上手く答えられなかった。だってこの時に僕は僕の魔術については何も理解をしていなかったから答えようも無い。
「兄ちゃんが作った」と、フウに適当な嘘をついた。
フウはその日は燥いだ後に直ぐに寝てしまった。僕があげた弓を大事に手に抱えたままベットに入って寝入ってしまった。小さな体に毛布もかけずに寝入ってしまったものだから風邪を引くだろうと僕は心配になってフウの体に毛布を掛けてやった。翌日の朝に僕に作ってもらったのだと、フウがお父さんとお母さんに自慢するから二人とも怪訝がって僕を問い詰めた。
「あんなに造形の美しい弓を子どもに作れるわけがないだろ? どうしたんだあの弓は、村の誰かに貰ったのか?」
「リオ、お母さん達は別に怒っている訳じゃ無いのよ、只、あんたが誰かに頼み込んであの弓を頂いて来たのだったらあんたが気の毒だし、お母さんもお父さんもその人にお礼をしないといけないでしょう?」と、二人が言うから
「誰かに頼み込んだと言えば頼み込んだんだけど……」と、僕は仕方が無いと思って事の顛末を僕は両親に打ち明けた。
お父さんは神妙な顔をして黙ってしまって
「そんな事が本当にあるのねえ」と、お母さんはどこか感心した様な雰囲気でいた。
「信じてくれるの?」と、僕は両親に聞いた。正直僕の話は突拍子も無い事だと思った。何故このお伽噺の様な事の顛末をこんなにもすんなりと信じてくれるのだろうと疑念をもった。
「信じるさ、この世の中には魔術なんて奇跡みたいな事だって存在しているんだから、リオの言っている様な事も起こって不思議じゃないだろ? それにお前の言葉に誤魔化しや嘘は無い。俺はお前の父さんだからな、わかるんだよ、それくらいは」
「私もわかるわよそれくらい。お母さんだもん」と、お母さんも少し戯けて言った。二人が無条件に僕の言っている事を信じてくれている様で、どこか僕は安心してしまって、その時静かに少し涙を流した事をよく覚えている。幼心に怖かったのだろう。僕の勇敢によって起こした行動の結果、不思議な事が起こってあの綺麗な木の弓を手に入れた。その結果は僕の望むところであったから良かったんだ。しかし、僕の心は深い所で恐怖を覚えていたのだろう、あの得体のしれない声の正体と、僕の宝物がまるで代償の様に無くなってしまったと言う事実に僕は心底恐ろしく思っていたのだろう。両親の温かい言葉に触れて、その張り詰めた心の糸が緩んだのだろうね、騒ぐように泣いたりはしなかったが、ぽろぽろと涙が静かに溢れて、頬を伝って地面にぽつりぽつりと落ちていた。
「どうしたんだ、泣くな泣くな」と、あわあわする父親を尻目にお母さんは優しく抱きしめてくれた。
「怖かったもんね、まだリオも小さい子供だもんね」と、僕をあやすように優しい言葉をかけてくれた。
その後、父さんの提案で今日の夕方の学舎から家へ帰って来た後に、例の祠に父さんと一緒に行く事になった。
その日、村の学舎は大変な賑わいであった。件の贈り物の自慢大会が繰り広げられていた。子供たちはそれぞれに親から貰った自慢の一品を銘々得意げに語っていた。どこそこ地方の何々と言う魔物から取れた某を加工して作られたアクセサリーだとか、誰それの使う武器を模倣した模造の武具だとか、どれもそれも語り草が眉唾物で可笑しかった。子供らの中には何も貰っていない僕を詰る様な人もいたが、僕はあまり気に障らなかった。なんと言ったって僕は今年は贈る側の人間なのだ、その事実が誇らしくてたまらなかった。
「あんたら暇な事言ってんじゃないわよ」と、僕を馬鹿にする奴らから僕を庇ってか、彼らの戯言を一蹴してしまう子供がいた。僕はそれが嬉しくて、周りの子供たちの誂いはあまり気にはならなかった。
僕を庇ってくれたのは先に話した幼馴染のヒヨと言う名前の、歳にしては目鼻立ちの整った綺麗な顔と緑の黒髪を後ろで短く括っている小さな女の子だった。勝ち気な性格で切り込むようにずばずばと自分の思っている事を言うヒヨを僕はとても尊敬していた。ヒヨの言葉にはいつも正しさがあったから。ヒヨは道に逸れた事を言う様な人間の事を物凄く嫌った。ヒヨの言動と行動にはいつも正義が付きまとっている様に感じた。
その日の学舎はヒヨの贈り物の話題が度々上がっていて、僕の耳にも入って来た。その話と言うのは、どうやらヒヨが両親から杖を貰ったそうだ。魔術師の家庭では親が子に杖を贈る習慣があるらしい。そんな噂が魔術にからっきしなこの村の子供たちの間に蔓延して、皆がヒヨに羨望の眼差しを向けた。皆、子供ながらにヒヨの特別感を肌に感じていたのだろう。僕もその一人だったし、ただ単純にヒヨと、ヒヨの魔術に憧れていた。ヒヨは村の子供らの憧れだった。物心つく頃からヒヨとは仲良くして来たのだけれど、僕にはこの頃からヒヨの存在を物凄く遠くに感じていた。
その日の束の間、僕とヒヨは学舎の中庭にある小さな円卓に向かい合うように座っていた。中庭の中央の方では子供らが走り回る様に遊んでいるのが騒がしかった。
「あんたもたまには言い返すとかしたらどうなの?」と、ヒヨが僕に言うものだから
「僕は良いんだよ、あまり気にならないから」
「私が気にするのよ」と、ヒヨが少し不機嫌そうに言った。
「いつもありがとう」と、僕は遠慮がちに微笑んだ。
「まったく……」とヒヨが呟いて、少しの沈黙が場を満たした。周りの子供たちの喧騒がやけに鮮明に耳に聞こえる。上級生が下級生を泣かしただの、生徒が先生に手を上げただの、物騒な話ばかりで少し心配になったが、不思議とこの無言の時間が心地よかったそれを破ったのはヒヨの言葉だった。
「フウがね、朝一番に私の所に走って来て自慢したのよ、これ兄ちゃんに貰ったって言って弓を見せて来たわ、とても綺麗な弓だった。これはどこで手に入れたの?」と、言って円卓に立て掛けていた布に包まれた細長い何かの包布を取って見せた。それは紛れも無く僕がフウに送ったあの弓だった。
「それは僕がフウにあげた弓じゃないか」と、僕は強い語気でヒヨに言った。言葉をうまく選べず、少し震える僕の声は少し怒りが匂っていたと思う。
「返してよ」と、僕は言ってヒヨの手からそれを奪い取ろうとしたが、ひょいと軽く躱されてしまって叶わなかった。
「なんでそんな事するんだ」と、責めるようにヒヨに言うと。
「リオ、質問に答えて」
「質問?」
「私がさっき聞いた事よ、これを一体どこで手に入れたの?」
「貰ったんだ……村外れの神社で……」
「貰った? 誰から?」
「それは……」と、本当の事を言えない僕は口ごもってしまった。本当の事を話しても何も差し支えのない筈だが、何故か僕はこの時、直感的にこの場で彼女に本当の事を話してはいけない様な気がして、黙ってしまった。後ろめたい事は何も無いのだが、何か得体のしれない後ろ向きな気持ちが湧き出ていた。




