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「私のやろうとしたことは、とんでもない裏切り行為でございます。わが身可愛さに国を売ろうとするなど……死罪にはしないと言ってくれた兄の愛に甘え、私は修道院に参ります」


 マリアが立ち上がった。


「アナちゃんは怒られちゃったの?」


「はい、愛をもってしかっていただきました」


 マリアが半べその顔になった。

 驚いたアラバスが、椅子を倒して駆け寄る。


「マリア? どうした? 泣くなよ」


 慌てて抱きしめるアラバスを下から見上げてマリアが訴えた。


「だってぇぇぇぇ! 誘ったのはマリアなの! だからマリアがいけないんだもん! アナちゃんは悪くないの。悪いのはマリアなのにアナちゃんがしかられちゃったの。あぁぁぁ~ん、ごめんねぇぇぇアナちゃん」


 ポロポロと涙を溢すマリア。

 その姿におろおろとしながらバッディ王が言い訳を始めた。


「違うのです。昨夜のことで怒ったのではありませんから」


「違うの? 昨日マリアがチキンを大盛にしたから料理長に怒られたのでしょう?」


「違いますわ、マリア王子妃殿下。私が過去に犯した罪が原因なのです」


「過去? 過去ってもう終わっちゃったことよね? 何かそれで困った人が出たの? 怪我した人がいるの? それとも損したの?」


 バッディ王が困った顔をする。


「あ……いや、まだ実害があったわけでは……」


 トーマスが間髪を容れず声を出した。


「そうですよ。まだ実害があったわけじゃない。今ならまだ未遂なのです。違いますか?」


「それはそうだが……王族としては……」


 アレンも援護射撃を開始した。


「未遂は未遂です。それを言うなら昨夜の我々の行為の方が数倍罪深いでしょう? だってちゃんと計画通りに実行したのですから。バッディの辺境領防衛図は我らも見ていないし、もちろん西の国に渡ったわけではないのです。アラバス王子殿下の情報だってトーマスが捏造した偽情報ですから問題ないですよ」


 王妃が口を開いた。


「ねえトーマス、あなたはアラバスのことをどう伝えたの?」


 トーマスがシレッとした顔で答えた。


「妻を見るとデレた顔になる腑抜け野郎だと伝えました」


「まあ、アレンは捏造だと言ったけれど、全部本当のことじゃないの! 何てことかしら!」


 アラバスが苦い顔をして母親をジトッと見た。


「片や未遂でしょう? トーマスの情報は真実だったのよ? どちらの方が罪深いの?」


 トーマスが立ち上がった。


「私の方が罪深いと存じます」


 バッディ王が慌てて立ち上がる。


「皆様のお気持ちは涙が出るほど嬉しいです。しかし王族としては許すべきではございません。国民の血税で贅沢な暮らしをしている我々が、国民を裏切っては絶対にいけない。それだけは絶対にダメなのです」


 国王がスッと手を挙げた。


「その通りだな。さすがバッディ王国を背負って立つほどの方だ。これからのバッディ王国の発展が楽しみですね。ところで、先ほど言われた国外追放だが、どうしても平民として出されるのか?」


「そうすべきだと思います」


「例えばだが、我が国の貴族に嫁ぐとなれば、王族であることの方が良いと思うが如何か?」


「それは当然そうだとは存じますが……」


 王妃が扇子で口元を隠した。

 笑いを堪えているようだ。

 立ったまま成り行きを見守っていたトーマスが、ダイアナの横に移動する。


「西の国の王子に思い入れがあったわけではなく、ただ手紙に絆されたというお話でしたね? しかもその手紙は『草』が書いていたものでした。そしてあなたがそのような行動に出たのは、幼いころから母親によって刷り込まれてきた劣等感だった」


 ダイアナが泣きそうな顔で頷いた。


「本当にバカだったと思います。心から反省しております」


 トーマスがいきなり跪いた。


「ダイアナ王女殿下、私と結婚してください。素っ気ない振りをしていましたが、私はあなたの教養の深さや磨き上げられたマナーに感服する日々でした。あなたが仰ったとおり、私はあなたにべた惚れです。少し拗らせていただけで、本当は心優しい女性なのだと私は知っています。どうか私の手を取っていただけませんか?」


 ダイアナが驚いて目を見開いた。

 バッディ王が立ち上がる。


「我が妹を助けようとしてくださるのは本当にありがたい。しかし、その感情で一生のことを決めるのはいけません。妹には己のやったことを償わせなければ……可哀そうだが仕方がないのです」


 王妃がパタッと扇を閉じた。


「ではそうなさいませ。トーマス、ダイアナ王女殿下が国外追放になったら、その場ですぐに攫ってきなさい。我が実家の養女として迎え、あなたの元へ嫁がせましょう」


「あっ、いや。そこまでなさるなど……」


「トーマス・アスター侯爵の嫁が『バッディ王国第一王女』というのと『国外追放された元王族』というのでは、天と地ほどの差があるわ。私はトーマスも息子のように大切なの。息子のためなら何の問題もありませんわ」


 アレンが口を開いた。


「そもそもダイアナ王女殿下は、トーマスに一目ぼれして国を出たはずでしょう? 内情が明らかになったのは昨夜のことで、それを知っているのは我々だけだ。犯してもいない罪をわざわざ白日の下に晒し、なおかつ罰を与えるのはいかがなものでしょうか。そんなことをしたらマリアちゃんが大泣きしますよ?」


 アラバスが続ける。


「マリアが大泣きするなど言語道断です。普段は可愛らしいが、拗ねるととんでもなく面倒な女ですからね、私の健康状態にも影響してしまう。今回のことは我々の胸のうちだけで済む話です。トーマスの為人であれば私が保証いたしましょう。ご一考いただけませんか」


 マリアがアラバスに抱きついたまま声を出した。


「お兄ちゃまが結婚するの? アナちゃんと?」


「そうなればいいな」


 バッディ王が困った顔でダイアナを見た。


「お前はどうしたいのだ?」


 ダイアナが目を真っ赤にして言う。


「全てお兄様のご指示に従います。今ここで命を絶てと仰るなら、すぐにでもそうする覚悟でございます」


「そうか……お前はそれほどまでに反省し、後悔をしたのだな……」


「心から反省しております。どうぞバッディ王国にとって良きようになさってくださいませ」


 頷いたバッディ王が、もう一度ダイアナに問いかける。


「トーマス殿のことはどう思っているのだ?」


 ダイアナの頬が染まった。


「誠実な方だと存じます。トーマス様の優しさに縋りそうになるたびに、わざと悪態をついておりましたが、心が裂かれるように辛かったですわ」


「そうか……」


 バッディ王がワンダリア王夫妻の前に進み出て深く頭を下げた。


「バカな妹を許してしまう愚かな兄とお笑いください。どうか……どうかダイアナを良き道へとお導きくださいませ」


 今度はトーマスの前へと進む。


「トーマス殿。我が妹をよろしく頼む。この子はバッディ王国第一王女として、幾多の苦難を乗り越えてきた勤勉で優しい子だ。私はこの子のこの先が、平穏であることを願わずにはいられない……愚かな兄なのだ」


「お任せください。必ず心安らかに過ごせるよう全力を尽くします。それに我が家へ嫁いでくることは、もしかしたらかなりの罰になるかもしれません。なんせアスター家は貧乏なので」


「え? 貧乏?」


「ええ、それもかなりの」


 クスッと笑ったバッディ王がダイアナの方へ向き直る。


「ダイアナ、昨夜マリア王子妃殿下が仰った通りだ。いくら考えても過去は変わらない。考えるだけ無駄だ。でもな、いつかきっと若気の至りだったと笑える日が来る。生まれ変わったつもりで、心からトーマス殿に尽くしなさい。でもね、かなりの貧乏だそうだよ?」


「お兄様……」


 泣き崩れたダイアナを抱きとめたのはトーマスだった。

 その姿を見たバッディ王が呟いく。


「ああ、なるほど。妹をとられる兄とは、このような気持ちになるのか。経験者であるトーマス殿とは親友になれそうだ」


 やっと和やかな雰囲気に包まれた談話室に、侍従が駆け込んできた。


「カーチス殿下より伝令です。あと一時間ほどで到着するとのことでございます」


「来たか。でかしたぞ、カーチス」


 アレンが小さくガッツポーズをした。

 その頃、舌を嚙まないようにハンカチを咥えたカーチスと共に、真っ黒なマントを砂塵で汚しながら馬を駆るシラーズ王国新王が、最後の峠を越えていた。


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