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 呆然と立ち竦む侍従長の横を、次男リーベルが走り抜けた。


「父上、マリア妃の元へは私が」


「ああ、頼む。私はシーリスを」


 その声に、短剣を逆手に持ったシーリスがニヤッと笑った。


「お前のような腰抜けに止められるはずがないだろう? 俺は王家直轄部隊のエースなんだ」


 黙ったまま息子から目を離さない侍従長がどこからか暗器を取り出した。

 それは風車のような形をした薄い金属製で、中心部には指が入るほどの穴が開いている。


「それは……スローイングナイフ」


 トーマスが啞然とした顔で侍従長を見た。


「私の息子だ。私が始末をつけます」


 侍従長の顔に本気を見たトーマスは、小さく頷いて一歩後ろに下がった。

 短剣を父親に向けたシーリスの後ろでは、騎士達が剣を抜き退路を塞いでいる。

 その最前線に立っているのはカーチスだった。


「カーチス! ダイアナのところへ!」


 トーマスの声に頷いたカーチスが、数人の騎士と共にダイアナが使っている客間へと走る。

 その頃アラバスは、執務室の内扉から、隣の部屋へと移動した。

 そして徐に窓を開けると、大きく身を乗り出した。


「昔は平気だったのに、この年になるとなかなか難しいものだな」


 壁の装飾に足先を掛け、ゆっくりと体重を移動させて壁伝いに移動する。

 どうにか隣の部屋のバルコニーに取り付いたアラバスは、大きく息を吐いた。


「よし、あと一つだ」


 昔取った杵柄とはいえ、あの頃とは比べ物にならないほど体は大きくなっているのだ。

 あの頃は足の裏全体で突起物に乗ることができたが、今は爪先を掛けるのが精一杯だった。

 

「あれ? アシュ? どうしたの?」


 バルコニーから突然現れたアラバスに、マリアが目を丸くしている。


「家庭教師の男が来なかったか?」


「かてきょ? 来てないよ? おばちゃまもどこかに行っちゃったの。だからマリアはひとりでいい子にしているところなの」


「そうか、一人で待てるなんてマリアはいい子だな」


「うん、マリアはいい子だよん!」


 自慢そうな顔をするマリアを抱き寄せて、頭を撫でてやるアラバス。

 その時、すごい勢いでドアが開き、家庭教師のリーベルが飛び込んできた。


「あ……アラバス殿下……どうやって?」


「お前こそ遅かったじゃないか。何か忘れものでもしたのか?」


「くそっ!」


 リーベルが背中から短剣を抜き出して、アラバスに向かって構える。


「お前のおやじは知っているのか?」


「ああ、勿論さ。今日で全てを終わらせるんだ。マリアを差し出せば母親は帰ってくる」


「母親? シラーズのカード宰相は娘だと言っていたが、まさかお前たちも人質を?」


「ああ、俺たち『草』は人質をとられて縛られているんだ。悪く思わないでくれ。母は心臓の病なんだ。早く治療をしてやらなくては死んでしまう」


「なあリーベル、あの馬鹿どもが病身の人質を大切にするとでも思っているのか? お前の母親はすでに生きてはいまいよ。お前もそれは分かっているはずだ」


 マリアはアラバスの背に匿われているのだが、なんとか覗き見をしようと体を捩っている。


「父上はそう言っていたが、兄上が母親は生きていると教えてくれた。そしてマリアを攫えと。今やっているのは陽動作戦ってやつさ。出来レースの茶番だよ」


「なるほどな。そして兄が生き残る? 父親は息子に殺される役回りということか。妻にも会えず、バカな弟は兄に騙され……哀れなものだ。おそらく父親はすべてを分かった上で乗ってやったのだろう」


「うるさい!」


 リーベルが開けたままにしていたドアから、ラングレー夫人が入ってきた。

 マリアが咄嗟に声を出す。


「おばちゃま! こいつワルモノだよ!」


 その声に振り向いたリーベルを睨みつけたラングレー夫人が低く声を出す。


「では容赦は必要ないわね?」


 そういうが早いか、ぐっと腰を落としたラングレー夫人が、手に持っていた扇でリーベルの横っ面を容赦なく薙ぎ払った。


「ぶへっ」


 リーベルの体が横に吹っ飛び、鼻と口から血の泡が溢れだす。


「おばちゃま! かっけー!」


 マリアの声に夫人が答える。


「おうよ! ケツの青いガキにはまだまだ負けやしねぇさ」


 アラバスは気を失っているリーベルを見ながら、王室の将来に漠然とした不安を覚えた。


「あぁ……夫人……それは鉄扇だったのか」


「はい、王妃陛下とお揃いですわ」

 

 鉄扇についた血をシュッと払い落としたラングレー夫人がにこやかに返事をした。


「そうか、母上と……あなたがこれほどの腕をお持ちなら、ここは任せても良いだろうか」


「勿論でございますわ。護衛騎士達も呼び戻して参りましたので、どうぞご安心ください。それにしても少々再教育が必要ですわね。騒ぎを聞いて護衛対象から離れるなど言語道断です」


「本当にその通りだな。その再教育もあなたにお任せした方が良さそうだ。では私は戻る」


 アラバスが一歩踏み出すと、マリアがしっかりと袖を握った。


「マリア?」


「お約束は?」


「え? いや……今は緊急事態で……急いで戻らないと……」


「泣くよ?」


 アラバスがラングレー夫人の顔を見た。

 肩を竦めて頷かれてしまったアラバスは、泣きそうな顔でマリアの方へと向き直る。


「マリア……愛しているよ。俺の……か……かわいい……子ウサギちゃん」


 赤を通り越してもはや紫色になった顔で、やっと言葉を紡いだアラバスの目を、ガン見していたマリアの口角がひょいと上がった。


「ほっぺちゅう!」


「あ……ああ、わかった」


 マリアの頬に触れたアラバスの唇は、驚くほど熱かった。


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