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 マリアの頬に手を当てながら、アラバスがラングレー夫人に向き直った。


「夫人、ヒワリ語の家庭教師に連絡をとるにはどうすれば?」


「侍従長に言えばよろしいかと」


「なるほど。ねえマリア、俺がこの手紙を書いたことと、それをマリアがヒワリ語に直してくれたことを、誰にも内緒にしてくれないか? 夫人も同様に願います」


 ラングレー夫人が真剣な顔で頷くのを見たマリアが、小首をかしげてから言う。


「良いよ~。約束だね。でもね、アシュ。人にものを頼むときには手ぶらじゃ失礼よ?」


 プッと夫人が吹き出した。

 アラバスが膝を折って座っているマリアと視線を合わせた。


「それは申し訳ない。後で欲しいものを何でもあげよう。それで勘弁してくれないか?」


「いいよ~。じゃあね、マリアは新しいお寝間着が欲しいの。おばちゃまは?」


「え? 私は大丈夫よ」


「ダメだよ、この要求は正当だもん。働きに見合った対価を受け取るのは当然なの」


 アラバスがマリアに聞く。


「それもパパから習ったのか?」


「ううん、これはママ」


「あのクソババァ……」


 その声を聞いたラングレー夫人は、くるっと背を向けて聞かなかったことにした。


「ありがとうな、マリア」


 アラバスが部屋を出ようとすると、マリアが背中に声をかけてきた。


「ねえアシュ? 愛しい妻を残して仕事にいく時は、頬にキスをして『愛しているよ、私の小猫』って言うんじゃないの?」


 アラバスがギシギシと音がするような振り向き方をした。


「それもママか?」


「違うよぉ。パパとママと一緒にお菓子を食べるでしょ? パパが先に出ていく時に、必ずママにそう言うんだもん」


「今度から言う」


「ダメ! 今! 今じゃなきゃダメなの!」


 アラバスが大きなため息をついて頬を膨らませるマリアの側に戻った。

 ラングレー夫人は部屋の隅に控え、まるで置物のように微動だにせず目を閉じている。


「愛しているよ、マリア。俺の可愛い子ウサギちゃん」


 チュッと頬にキスを落とすと、マリアの頬が真っ赤に染まった。


「なんかドキドキするぅ」


「ああ、俺も心臓が止まるかと思った」


「今度からずっとしようねぇ。死ぬまでずっとだよぉ」


「あ……ああ……善処しよう」


 ご機嫌で手を振るマリアと、なぜか首まで赤く染めているアラバス。

 後ろ手にドアを閉めると、数歩進んでから壁に手をついた。


「マリアが元に戻っても、今の約束を覚えていたらどうしよう……なぜうさぎを選んだ? 恥ずかし過ぎるだろ」


 アラバスの声が静かな廊下で木霊した。

 執務室に戻ると、トーマスが暗号文を確認していた。


「できたか? ご苦労だったな」


「久しぶりだったからね。本は『うさぎ姫の憂鬱』にした。これなら手に入りやすい」


「うさぎ……」


「どうした?」


「なあトーマス、お前は『うさぎ』と『小猫』と『子犬』だったら、どれが一番愛らしいと思う?」


「唐突だな……僕は『子犬』かな。でも自分で選んで良いなら『仔馬』にするかも? どうしたんだ?」


「いや、何でもない。もしも将来、絶対に選ばなくてはいけなくなったとしても『小猫』と『うさぎ』は完売だ。それ以外なら、犬でも馬でも栗鼠でも好きにしてくれ」


 トーマスは訳が分からないという顔で、曖昧に頷いた。


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