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「何事か!」


 トーマスが鋭い声を出す。


「あっ! アスター小侯爵さま! 大変でございます。ご令嬢が……マリア様が……」


 サッと顔色を変えた二人は駆けてきた使用人の両脇を抱えて、引き摺るようにドアに向かった。


「詳しく話せ」


「先ほど厨房の向こうから悲鳴のようなものが聞こえたのです。不思議に思い駆け付けてみましたら、ご令嬢が階段の下に倒れておられました。それで慌ててお知らせに参ったのです」


 トーマスが叫ぶように言う。


「マリアは! マリアは無事なのか!」


「ただいま医務室の方に」


 トーマスは二人をその場に残したまま駆けだした。

 アレンはその使用人にアスター公爵夫妻を探すように申しつけ、自らも医務室に向かう。


「マリア!」


 医務室に駆け込んだトーマスは、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた妹の姿に愕然とした。

 祖父から贈られた美しいドレスは、マリアの血なのか黒いシミが散らばっている。


「マリアは……マリアは……」


 ベッドの横で処置をしている王宮医の胸倉を掴むほどの勢いで捲し立てるトーマス。


「落ち着いてください。命には別条はないですよ。しかし、かなり強く頭を打っておられますので、当分は動かさない方がよろしいでしょう」


「生きて……はあぁぁぁ……生きてはいるのだな?」


「生きてはおられます。しかし頭のことですからなぁ……今は薬で眠っておられますが」


「ありがとう。あ……いや……ありがとうございました、先生」


 王宮医は小さく頷いてから、トーマスの肩に手を置いた。


「正直に申し上げて、これほどまでに無防備な落ち方をされるのは不自然だ。事故か自殺か」


「事故か自殺? そんなこと!」


「言い換えましょう。故意か偶然かということです。お心当たりはありますか?」


「他者からの故意ということなら、この子の置かれた立場上、無いとは言い切れませんが、自殺など絶対にありえませんよ」


 医者が何かを言おうとした時、ものすごい勢いで扉が開いた。


「マリア!」


 駆け込んできたのはアラバスだった。

 その後ろにはアレンが続いている。


「殿下! 頭を打っておられます。体を揺らしてはなりません!」


 マリアの体に手を伸ばした第一王子を、王宮医が体を張って止めた。


「あ……ああ、そうか。すまん、悪かった」


 アラバスが素直に頭を下げた。

 ひとつ溜息を吐いた王宮医が言葉を続ける。


「私が駆け付けた時には、まだ意識を持っておられました。譫言のように何かを呟いておられたのですが、はっきりとは聞き取れませんでした。最初の文字は『レ』か『ラ』と聞こえたのですが……申し訳ございません。なにしろ出血がひどく、傷口を縫合するために麻酔を使いましたので今は眠っておられます。おそらく薬が切れると相当な痛みをお感じになるでしょう」


 アラバスの顔が歪む。


「なぜこんなことに?」


 後ろからアレンが声を出した。


「知らせてくれた者の話によると、どうやら西階段から落ちたらしい。悲鳴を聞いて駆け付けた時には、すでに倒れていたそうだ」


「西階段? なぜマリアはそんなところに?」


 アラバスの問いにアレンが答えた。


「僕とマリア嬢が話していた時、トーマスが呼んでいると言ってきた令嬢がいたんだ。何度か見たこともあるような顔だったが、どこの家門の娘かは思い出せない」


 トーマスが顔を上げた。


「お前が思い出せなくても、マリアは分かったんじゃないか? この子は王子妃教育としてすべての貴族の顔と名前を覚えている」


 アレンが困ったような顔をした。


「それを言うなら僕も君もそうだろう? しかし、そのマリア嬢さえも咄嗟には出てこなかったんだよ。思い出せないような困惑した表情を浮かべたからな」


「そんなバカな……」


 トーマスが呆然としてアレンの顔を見つめた。


「言い訳になるが、それほど不自然な印象では無かったんだ。あれ? 誰だっけかな? くらいだったね」


「そうか……顔は覚えているのか?」


「うん、覚えているよ。何か得体のしれない違和感を感じたから、その顔を覚える気でよく見たからね」


 アラバスが低い声を出す。


「アレン、すまんが会場に戻って探し出してきてくれ」


 頷いたアレンが部屋を出ると、入れ違うようにアスター侯爵夫妻が入ってきた。


「マリア!」


 駆け寄ろうとする両親を体で遮ったのはトーマスだ。


「娘は! 娘は無事ですか!」


 その声に振り向いたアラバスは、何のリアクションもせずマリアの顔に視線を戻した。


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