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そして翌日、スミレの砂糖菓子には手も触れてはいけないとマリアに言い聞かせ、何事も無かったように元の場所に瓶を戻したアラバス。
心配性のアレンは同じ菓子を入手して、万が一に備えて中身も入れ替えてから昨日のうちにシラーズへと旅立った。
しかし、予想に反してヒワリ語家庭教師とダイアナの接触はまだ確認できていない。
「どうやって連絡を取るのだろうか」
「部屋から出ないのになぁ」
アラバスとトーマスが頭をひねっていた時、侍女がやってきてゴミ箱を回収していこうとした。
トーマスが興味本位で聞く。
「それってどこで焼くの?」
「北の焼却炉でございます。特に指示が無い限り、二日に一度の焼却なのです」
ゴミ箱を抱えて退出したメイドを見ながらアラバスが呟いた。
「本人が出なくても、部屋から出ていくモノはあったということだ」
「部屋から出すものといえば、ゴミ、洗濯物、食べ終わった食器……そんなところか?」
「ああそうだな。洗濯と食器も疑う余地はあるが、メモか手紙だと考えるならゴミが一番可能性が高い。しかし、返事は?」
「そりゃ普通に手紙で良いんじゃないか? 客人宛の手紙は検閲しないもん」
トーマスが文官を呼び、書簡記録の確認に向かわせ、もう一人の文官に侍女長を呼ぶように指示を出した。
「お呼びでしょうか」
「ああ、忙しいのに申し訳ありません。内密で教えてほしいことがありましてね」
侍女長の顔に緊張が走る。
「何でございましょうか」
「客間のゴミってどういう処分をされているのでしょう」
「ゴミ? ゴミとは書き損じや糸くずなどを捨てるゴミ箱の中身のことでしょうか?」
頷くトーマス。
「二日に一度回収して回り、焼却処分をいたします。王族とお客様のものは西の焼却炉を使います。機密扱いのものは溶解処分に回しますが……いったい何事ですか?」
「ええ、ダイアナ殿下の出したゴミが少々気になりまして」
「お客様のゴミでございますか? ええ、確かにあの方はゴミの量が多いですわ。ほとんどが書き損じですが、手紙を出すように指示を受けたことはございません」
「他に気になったことは?」
「特にはございませんが……時々ですが、書き損じでもないただの紙屑が捨てられておりますわ。ところどころ果汁のシミのようなものが見えますので、ジュースでも溢されただけかもしれませんが。厚手の高級紙ですので、勿体ないと思いましたので覚えております」
そこまで黙っていたアラバスが侍女長を見た。
「直近の回収は?」
「一昨日ですわ。本日の夕刻も回収の予定となっております」
トーマスが続きを引き取る。
「回収は侍女長が直接行ってください。焼却炉に持ち込むのではなく、ここに持ってきてください。ゴミ箱ごとお願いします」
怪訝な顔をした侍女長だったが、質問できる雰囲気ではなかった。
「畏まりました」
アラバスが顔を上げる。
「書き損じではない高級紙を捨てる……気になるな」
「うん、もしかするとあれじゃないかな。ほら、小さい頃にやっただろ? スパイごっこ」
「スパイごっこ? おおっ! あれか」
「あれならいける」
二人は顔を見合わせて頷きあった。
丁度その頃、夜通し馬を駆けさせたアレンとカーチスが、シラーズ王国で王太子に謁見していた。
「ご無沙汰しております、王太子殿下。王太子妃殿下とは初めてですね。ワンダリア王国第二王子のカーチス・ワンダーがご挨拶申し上げます」
兄やその側近たちからは虐げられているが、身分としては訪問団のトップであるカーチスが挨拶の言葉を口にした。
「カーチス殿下もラングレー卿も久しぶりですね。我が末妹ラランジェが、ご迷惑をおかけしていないか気を揉んでいますよ」
「いえいえ、けっしてそのようなことはございません。学業も頑張っておられるご様子です」
二人とも腹の中では『迷惑しかかけられてねぇよ』と思ったが、顔にも出さず社交辞令を口にした。
「いや、あれにはほとほと手を焼いておりましてね。末の子供なので父王が甘やかしすぎたのでしょう。こまったものですよ。いい年をしてドレスと宝石が大好きなのです」
「知っています」
カーチスは箱罠にかかった姿を想像して笑いを堪えている。
暫し雑談を交わした後、アレンがスムーズに本題を切り出した。
「本日まかり越しましたのは、第一王女殿下のことでございます」
そう言って、スッと目線を使用人たちに向ける。
察した王太子が人払いをした。
「何事ですか?」
アレンはバッディ王太子からの書簡を見せ、再婚約話を切り出した。
「これは予想外なことだ。まあ、元々本人も望んでいたことですし、これを機に戦争を終結できれば言うこともないが、果たして父王が首を縦に振るかどうか」
「そこでご提案です」
今度はカーチスが懐から手紙を取り出した。
「兄であるアラバス・ワンダー第一王子からでございます」
丁寧に開いて読み始めるシラーズ王国王太子。
読み終わるとすぐに封筒に戻して、王太子妃に声を掛けた。
「すまんが、君が直接第一王女を呼びに行ってくれ。なるべく早く頼む」
頷いた王太子妃が退出すると、前屈みになって小声を発した。
「信じてよろしいか」
「我々は絶対に裏切りませんよ」
「時期はいつ頃を?」
「早ければ早い方が良いでしょう。今夜か明日でも対応できますが、できるだけスムーズに事を運ぶなら、ネゴシエーションも必要です。逆に最短で根回しするにはどれほどでしょう?」
「味方に引き入れるなら、大臣たちだが……緊急招集すれば父王の耳にも入ってしまう。どうすれば良いか……」
アレンがしたり顔で言う。
「我々をお使いください。ワンダリアから貿易品を提案されたというのはいかがです?」
そう言ってアレンが取り出したのは、あの日にアラバスが纏っていたマリアの祖父から贈られたマントだった。
「おお! これは初めて見る布地ですね。なんと美しい。それにこの軽さ……素晴らしい」
「これを言い訳に大臣たちの招集をなさいませ。このマントは国王陛下に献上します。きっとご納得なさいましょう」
王太子がアレンとカーチスの顔を交互に見た。
「やはりワンダリアだけは絶対に敵に回したくは無いですね。わかりました、私も覚悟を決めましょう。もともと大臣たちも軍部も、不満を燻らせていたのです。反対するのはおそらく一人だけです。その者以外は我が手にあるとお考え下さい」
アレンが頷きながら言う。
「その者とは?」
「宰相のアダム・カードですよ」
アレンとカーチスが顔を見合わせた。
「カード? 貴国には無い苗字ですね」
「ええ、元は西の国です。かの者は宰相家に婿入りし、先代亡きあと跡を継いだのですが、なかなかの切れ者で、あっという間に父王に取り入りました。亡命してきた者を宰相にするのは反対でしたが、なにせうちの父は暴君の典型ですからね」
「なるほど。まあ出身がどこであれ、仕事さえきっちりしてくれれば問題は無いでしょうし。宰相閣下の奥様はご健在ですか? お子様は?」
「妻女は昨年流行り病で亡くなりました。子供は男が二人と女が一人じゃなかったかな。女の子は西の国に嫁いでいきましたが、次男が平民の女と駆け落ちをしたとか言ってましたね。除籍して探しもしていないと聞いています」
「なるほど、納得致しました。それでは大至急準備を始めましょう。会議は明日の午後でいかがですか? 賛同を得られれば、そのまま一気にカタをつけましょう」
王太子が少し仰け反った。
「まさに電光石火ですね」
「鉄は熱いうちに打たねば、思い通りの形にはなりませんよ」
アレンがスッと手を差し出して握手を求めた。
「後はお任せあれ。殿下はとにかく大臣たちの掌握に全力をお尽くしください」
その時ドアがノックされ、王太子妃と第一王女が入ってきた。
その二人には王太子から説明がなされ、二人とも覚悟を決めたようだった。
「では、明日」
カーチスとアレンは応接室を後にした。




