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「さあ、マリアちゃん。これならお口に入るでしょう?」


 侍女長が持ってきたのはほどよく冷えたレモンゼリーだった。


「少し酸っぱいけれど、マリアちゃんの好きな蜂蜜もたっぷり入れてもらいましたよ」


「わ~い! ありがとう~じょじょちょ」


 心得たもので、侍女長はスプーンとゼリーをアラバスに渡す。

 慣れた手つきでマリアの口にスプーンを運ぶアラバスを見て、カーチスがぼそっと言った。


「ねえ、あれって僕の兄上だよね?」


 アレンがドロンとした目をして答える。


「たぶんな……見た目はそうだが、中身は違うのかもしれん」


 トーマスが続ける。


「あいつこそ多重人格なんじゃないか?」


 そんな会話など耳にも入れず、アラバスが声を出した。


「どうだ? マリア」


「うん、おいしいよ。酸っぱくて甘くてツルツル~」


「そうか、良かったな」


 王宮医が後ろから言う。


「またもどしてしまうようでも、なるべく食べさせるようにして下さい。何なら食べやすいかがわかれば、それに偏っても今は構いませんから。じゃあマリアちゃん、おじちゃんは帰るね。また具合が悪くなったらすぐに来るからね」


「うん、ありがとー」


 マリアはレモンゼリーをペロッと一人前食べると、うとうととし始めた。

 侍女長がすかさずアラバスに言う。


「妊婦はとにかく眠気がくるものなのです」


「ベッドに寝かせるか? それなら俺が運ぼう」


 マリアを起こさないように、細心の注意を払いながらゆっくりと歩くアラバス。

 三人は生ぬるい目でそれを見ていた。


「さあ、執務室に戻るぞ。今日中に纏めよう」


 寝室から出てきたアラバスは、平常運転に戻っている。


「間違いないな、あれは多重人格だ」


 カーチスの独り言にメイド達が笑いを堪えている。


「何か言ったか?」


「ううん、よかったね、少しでも食べられて」


「ああ、これで安心して仕事に戻れる」


 四人は静かにドアを閉めてアラバスの執務室へと向かった。

 執務室のソファーに落ち着いた四人が、現状報告を始めてすぐ、執務室のドアが叩かれた。

 アレンが立ち上がりドアを開けると、ひとりの騎士が拘束された状態で床に転がった。


「何事だ」


 連行してきた騎士が口を開く。


「こいつはシラーズ王国から来た騎士ですが、林を抜けて逃亡を図ろうとしていました。丁度巡回していた騎士が見つけましたので、どうすべきかご指示をお願いいたします」


 苦虫を嚙みつぶしたような顔で、床に転がるシラーズ王国の制服を着た騎士の顔を見たアラバスが声を出した。


「お前はあの時現場にいた奴だな。名を名乗れ」


「……」


「声が出んか? 出るようにしてやろうか?」


 アラバスがそういうと、トーマスが迷わず剣を抜いた。


「心配するな、殺しはしない。喋りたくなるようにしてやるだけだ。安心しろ」


 そう言うが早いか、転がる騎士の耳の下に刃を当てる。


「動かん方がいいぞ。自慢じゃないが、僕はあまり細かい剣さばきが得意ではない。動かれると切ってしまうかもしれん。さあ、名前から言ってもらおうか」


「……」


 シュンと音がして、転がる騎士の耳が飛んだ。


「あっ、ごめん。切っちゃった」


 男は手を縛られているので、傷口を押さえることもできず、だらだらと血を流している。


「別にお前の好きな女の名前を聞いているわけじゃないんだ。サッサと言えよ」


 今度は騎士の鼻の下に剣を向けた。


「ヒッ……ドナルド……ドナルド・カード」


「カード? 珍しい家名だな。シラーズでは多いのかな? お前、爵位は?」


「……」


「喋らんか。しかし凄いな、お前。鼻も要らんとは」


「言います! 爵位は無いです。俺は貴族でも騎士でもありません」


 アレンが思い出したように声を出す。


「カードって西の国の家名だよね? シラーズにもバッディにも無いはずだ。お前は西の国の者か? なぜラランジェ王女の護衛をやっていた?」


「……」


「めんどくさい奴だなぁ」


 そう言うと、トーマスが泣きそうな顔で歯を食いしばる男の小鼻を少し切った。


「うっ……」


「早くしてくれ。お前の鼻を切ったって面白くも可笑しくもないんだ」


「殺せ……いっそ殺せよ!」


 アレンが立ち上がった。


「お前バカなんじゃないの? 殺すわけ無いだろ? 今はね。トーマスは優しいなぁ、生きていくのに支障がないところから切るんだもん。時間が惜しいからさ、俺が代わろう」


 トーマスが剣を収めた。


「また指を切るのか? お前も優しいよ、両手両足で十回のチャンスをやるのだから。なあ、お前さぁ、早く言った方が良いよ? この男は笑いながら結構なことをするんだ。第一関節から順番に切られるのは嫌だろ? 今なら耳だけだぜ? 髪を伸ばせば見えないさ」


「……」


 アレンが騎士に男の靴を脱がせるよう命じた。


「お前知ってる? 足の親指ってものすごく切りにくいんだ。ゴリゴリやることになるけど、仕方がないんだよね。さあ、どうする? 右から切るか? それとも左? 喋るなら今だ」


 観念した男がぽつぽつと話し始めた。

 黙って聞いている四人。


「そういうことか、ではあの侍女を殺したのはお前ってことだ」


「はい」


「それは西の国からの指示なんだな?」


「どちらにしても最後には消すよう指示を受けていました」


「最後って?」


「マリアを消し、ラランジェを消すことです。マリアはシラーズによって消されたようにワンダリアに思わせ、その報復でラランジェが殺されたとシラーズに思わせる作戦でした」


「要するに、マリアを階段から突き落としたのは?」


「西の国の指示を受けたレザード・タタンです」


 カーチスが間抜けな声を出す。


「狸じゃなかったの? でも……」


 諦めた男の口は滑らかだった。


「ラランジェがタタンに命じたのは、夜会の席でマリアが男と密会しているように誘導し、それを第一王子に目撃させることでした」


「ああ、それであの階段か。あそこならお前が通るもんな」


「狸の考えそうなことだ……バカバカしい」


「じゃあ狸は黒幕じゃない?」


「完全なる被害者となると、それはそれでいろいろ面倒だな」


 四人が口々に考えを口にした。

 トーマスが転がる男に聞く。


「ラランジェは他にも命じていただろう? 何をさせようとしていたんだ?」


「夜会でマリアに下剤を盛って、恥をかかせるようにと。しかし、用意した菓子を口にする前に、レイラ達がやってきて、それを取り上げましたので失敗しました」


 アレンが思い出したように言う。


「ああ、アラバスとトーマスが医務室に詰めていた時、僕は会場に戻っただろ? その時、異臭騒ぎがあったんだ。何人かの令嬢が侍従に連れられて出て行ったのだけれど……あれはアレでアレがでちゃったってこと?」


 カーチスが独り言のように言った。


「取り上げた菓子を食べちゃったんだね」


 四人は再び黙り込んだ。


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