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「やっぱりここか。あまりに遅いから様子を見に来たんだ」


 アレンとカーチスが入ってきた。


「アエン! カチスも! みんな一緒~」


「ああ、こうやって揃うのは本当に久しぶりだな」


 大喜びのマリアが全員にひとつずつ、秘蔵のスミレ菓子を配り歩いた。


「そんなに大盤振る舞いしていたら、すぐになくなってしまうぞ?」


「良いの。おいしいものはみんなで分けて食べた方が、ずっとおいしいって先生に習ったの。だから今日のは特別美味しいんだもん」


 はしゃぐマリアを眩しそうに見ながら、何があってもこの笑顔を守りたいと四人は思った。

 

「なあマリアちゃん、僕はちょっとの間遠くに行かなくちゃいけないんだ。無事に帰ってこれるように祈っていてくれよ」


 あまりの甘さに顔を歪めながらカーチスが言う。


「お祈りぃ? カチスが帰りますようにって? うん、良いよ。約束にこれあげるね」


 そういうとマリアは自分が髪に結んでいた濃紺のリボンを解いてカーチスに渡した。


「いいの?」


「うん、良いよ。だってカチスに早く帰ってほしいもん」


「あ……ありがとうな」


 泣きそうな顔のカーチスを見て、はしゃぎ過ぎたマリアの体がゆらっと揺れた。


「マリア!」


 アラバスとトーマスがほぼ同時に駆け寄り、アレンは医者を呼ぶよう叫んでいる。

 カーチスはリボンを握りしめておろおろしていた。


「大丈夫か? マリア」


 マリアの顔は真っ青で、手足が冷たくなっている。


「ゲポがでる……おえってなる……」


 侍女長がマリアを座らせて前かがみの姿勢をとらせる。


「殿下はお下がりください。そこのあなた、洗面器と濡れたタオルをすぐに準備して。あなたは白湯を持ってきなさい」


 テキパキと指示をしている間に王宮医が到着した。


「どうしました? 大丈夫ですか?」


 王宮医の呼びかけに、マリアは自分で返事をした。


「だいじょぶくない! 苦しいよぉ~ アシュ~ オエッってなるよぉ~」


 アラバスがマリアを抱き寄せた。


「我慢するな、吐きたければこのまま吐いてしまえ」


 すかさず侍女長が洗面器を差し出す。

 苦しそうなうめき声をあげながら、洗面器に顔を突っ込んでいるマリアを、何もできない男たちはハラハラしながら見守っていた。


「大丈夫か? 全部出たか?」


 ずっとマリアの側で背中を擦っていたアラバスが聞いた。


「うん、もう大丈夫」


 マリアの顔色は戻っていなかったが、ぽろぽろと涙を流しながらも頷いて見せた。


「可哀そうに……マリア……すまない」


「落ちたお菓子を拾って食べちゃったからかな……」


「なっ! マリア、お前はまたそんなことを! 落としたものは食べちゃダメだって」


 慌てるアラバスの横で、アレンが溜息をつきながらカーチスを見た。


「拾い食いだってさ」


 カーチスがそういうと、アレンが頷きながら続ける。


「まあ、ほんの三秒くらいなら良いかって思っちゃうよね。まあ絶対にダメだけど」


 トーマスが呆れた声を出す。


「マリア……まだやってたのか……」


「えっ?」


 アレンとカーチスがトーマスを見たが、それ以上は触れないことにしたようだ。

 落ち着いたマリアだったが、アラバスに抱きついたまま離れないので、四人はここで話すことにした。

 最初に声を発したのはアラバスだ。


「トーマスが嫁を連れて帰ってきたんだ。バッディの第一王女だよ」


「ええっ!」


 叫んだのはアレンだ。


「お前……仕事中に何やってんだよ」


 トーマスがニヤッと笑う。


「仕事しかしてないさ。勝手に惚れてついてきたんだよ」


 アレンがじとっとした目をする。


「お前……ものすごく感じ悪いぞ。俺に対する嫌味にしか聞こえない」


 その後、トーマスとマリアの親であるアスター侯爵、いや元侯爵が何を企んでいたのかや、バッディの王座交代のことなどが話題に上る。


「トーマスのじいちゃんってそんな凄い人なんだ……知らなかった」


 カーチスがそういうと、トーマスが肩を竦めた。


「心配するな、僕も知らなかったのだから」


 話題はシラーズ王国へと移る。


「再婚約の仲立ちってことは、予定通りだから良いとしても、そうなると狸娘の件がネックにならないか?」


 カーチスの心配はもっともだ。


「狐はいい、あいつは自分の犯した罪というものを認識したはずだ。良くて北の修道院、最悪死罪ということは考えているだろう。しかし、狸の方は例の件を立証できない限り、ただの被害者だからなぁ……」


 アレンが考え込むように言った。


「実行犯が死んでしまった今となっては、本人の自供しかないが……言うわけ無いか」


 カーチスの声にアラバスが続ける。


「そうだな。言うわけがないよ。そもそも最初から『どんな手を使っても王太子妃になる』と公言して憚らないような厚顔無知な奴だ。同じ強引でもバッディの第一王女は、まだ常識的だな。自らの立場を投げ捨てて来たんだろ? トーマス」


 トーマスが考えながら返事をする。


「どうだろ? 帰らないつもりで、私財は全て現金化して来たとは言っていたが、あのボロ屋敷に王女が住めるわけがない。まだ婚約をしているわけでも無いし、そのうちに飽きて帰るんじゃない?」


 他人事のように言うトーマスに、三人が肩を竦めた。


「お兄ちゃま? こんにゃく?」


 気分が悪いのか、ずっとアラバスに抱かれたまま静かにしていたマリアが声を出した。


「ああ、眠っているのかと思った。そうだよ、お兄さまは婚約をするかもしれないんだ」


「こんにゃく? それ楽しい?」


 マリアの舌足らずにその場の全員が肩を震わせている。


「マリアもしてたんだぞ? マリアは婚約者と結婚したんだ」


「ふうん…… こんにゃくにゃはだあれ?」


「バッディという国の第一王女殿下だよ。婚約はまだしていないけどね」


「バッディ? バッディ……バッディ……あっ! マリア知ってるよ~『平野が多く農業と商業が盛んである。雨季が短いため主な農作物は芋類と麦、主な輸出品は絹製品とダイアモンドである』の国ね?」


 全員が目を見開いた。


「マ……マリア……凄いな」


「うん、ご本に書いてあった。意味はわかんないけどね。へへへ」


 トーマスが呆れたような顔で言う。


「意味も解らず丸暗記してるのか?」


「そうだよ~ すごい? ねえマリアすごい?」


「ああ、凄いよ」


「褒めてぇ~」


 四人から順番に頭を撫でられて、マリアは大喜びだ。

 その時ぐぅっとマリアの腹の虫が騒いだ。

 アラバスが聞く。


「何か口にするか? 全部出してしまったから何か食べたほうが良い。何が食べたい?」


「う~ん……甘くて酸っぱいもの」


 男たちが困って顔を見合わせていると、侍女長がしたり顔で部屋を出て行った。


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