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 その日のうちに国王と王妃に謁見したダイアナ王女は、バッディ王国王太子からの親書を手渡した。

 そこには現王の引退と、王太子が即位するとはっきり書かれており、戦争によって白紙となっていたシラーズ王国第一王女との再婚約を取り持ってもらいたいという要望も添えられている。

 王城に一室を貰ったダイアナ王女が退出すると、王の口調が一気に砕けた。


「それにしてもトーマス、いっきに片づけたな。しかも豪華なみやげ付きとは恐れ入ったぞ」


 国王がアラバスとトーマスの顔を見て言った。

 トーマスが苦笑いを浮かべる。


「そもそも王太子はこの戦争に反対だったのだそうです。渡りに船とばかりに話が纏まりましたよ。豪華な土産の話は後日改めまして」


「まあ良かろう。それで? シラーズの方はどうなのだ?」


「今朝の件で軌道修正をせねばなりません。おそらく第一王女の件は纏まるでしょう」


 国王の問いに答えたのはアラバスだ。


「軌道修正か。まあ狐娘は側妃ではなく罪人として引き渡すことになるだろうな。手土産にするはずの男も死んでしまったしなぁ。そう言えばカーチスの顔つきが変わっていたぞ」


「そうですか。やる気を出してくれたのなら何よりです」


「修正案は?」


「狸娘に弱い国王を使いましょう。この問題が片付いてから退位してもらっても問題はないですからね」


「なるほど、狸娘を使うか。それでカーチスが覚悟を決めたような顔をしてたのだな? それは楽しみだ、ははははは」


 国王との話し合いを終えたアラバスは、覚悟を決めてトーマスに声を掛けた。


「なあトーマス。少し話せるか?」


「ああ、もちろんだ。どうした? 改まって」


 二人は執務室には戻らず、マリアの私室に向かった。

 久しぶりに並んで歩きながらも、どことなく気まずそうな顔をしているアラバス。


「マリアとも久しぶりだろ? まっすぐこちらに来ると思ったのだが、先にゴミ処理をしたのだな」


「ああ……奴らの計画を知ってからは、怒りでどうにかなりそうだよ。ダイアナがずっと側に寄り添ってくれていたから、留まることができたようなものだ。彼女がいなかったら、バッディとの交渉など放り投げて、奴らを殺しに帰っていただろうからね」


「そうか、お前ってマリア命だもんな」


「命か……そうだな、マリアに辛い思いをさせるような奴らは絶対に許さない。たとえ差し違えるようなことになったとしても、必ず仕留めてみせるよ」


 アラバスが大きく息を吸った。


「お前の気持ちは痛いほど分かるよ……やはりマリアに会う前に話すべきだな」


「どうした?」


「実は……マリアが懐妊した。すでに八週を迎えて、胎児の心音も確認できる状態だ。もちろん母子ともに……って、おい! トーマス!」


 アラバスの言葉を最後まで聞くことなく、トーマスは駆け出してマリアの部屋のドアを開けた。


「あ~ お兄ちゃまだぁ~ お仕事終わったの? おかえりなさぁい」


「あ……ああ、マリア。良い子にしてたかい?」


「うん、マリアはいつも良い子だよ? ちゃんとお勉強もしてるもん」


「そうか。あとでおみやげをあげようね。それより体の具合はどうだ? 辛くないか?」


「う~ん……大丈夫だよ。なぜみんな毎日同じことを聞くの? マリアは元気だよ?」


 トーマスの後ろにアラバスが立った。


「トーマス、あの日の子だ。あれ以降は絶対に不埒なことなどしていないと誓える。だが母上が言うには、今から悪阻も始まるだろうし、出産の痛みはとても三歳児が耐えられるようなものではないと……本当にすまん」


「アラバス……あの日の子なのか。そうか、あの日の……」


「殴ってくれて構わない。あの日俺が欲に負けたせいだ。本当にすまん」


 トーマスがアラバスに向き合った。

 スッと手を伸ばし、アラバスの袖口を捲る。


「これほどの傷をつけてまで耐えようとしたんだ。ほら、この傷は絶対に残るぞ?」


「俺の傷なんて何の問題もない……実はな、この子が妊娠していることは、マリアが教えてくれたのだ。その時に『出産のときには戻れる』と言っていたらしい。それを信じるなら、この子に耐えてもらうのは悪阻の辛さだけで、出産自体はマリアがするということだろう。しかし、どちらもお前の大切な妹に変わりはない。その辛さの原因は俺だ」


 トーマスは何も言わずアラバスの肩を引き寄せた。


「そうだ、マリアは俺の大切な妹だ。何よりも守りたい妹なんだ。アラバス……おめでとう。これからもマリアを守ってやってくれ」


「トーマス?」


「俺をおじさんにしてくれてありがとう。男かな? それとも女? どちらにしても楽しみだよ」


「ああ、本当に楽しみだ。俺は今までの人生で一番嬉しかったよ」


「なあ、アラバス。もしも出産時にマリアが戻っていなかったとしても、それは仕方がないことだ。なにより王家の後継者を優先してくれ」


「ダメだ! 何があってもマリアの命を優先する。それは譲れん」


「お前はもっとクールでドライな奴だったじゃないか。どうしたんだ?」


 アラバスが自分の髪をクシャッと握った。


「俺も知りたいよ。いったい何なのだろうな」


 マリアが立ち上がってトーマスに抱きついた。


「わ~い! お兄ちゃまの匂いがする~ マリアの好きな匂いだ~」


 トーマスが半泣きの顔でマリアを抱きしめた。


「マリア……お兄様がずっと一緒にいるからな。何があっても頑張るんだぞ」


「うん、マリアは良い子で強い子だよ? それにね、アシュがいつも一緒に居てくれるの。アエンもカチスも遊んでくれるんだぁ。マリアは毎日楽しいよ」


「そうか、良かったな」


 アラバスがマリアの肩に手を掛けた。


「わ~い! アシュ~抱っこぉぉぉ」


「よしよし、抱っこしような」


 マリアを挟んで三人がソファーに座った。

 マリアはトーマスとアラバスの間に挟まれてご満悦のようだ。

 それを見た侍女長やメイド達が、そっとエプロンで目尻を拭いていた。


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