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 王妃の応接室に集まった面々は、神妙な表情をして国王の到着を待っていた。

 学園から戻るとすぐに、搔っ攫われるようにして連れて来られたカーチスは、まだ制服を着たままだ。


「待たせたな」


 国王しか身につけられない高貴な色のマントを翻して国王が入室してきた。

 全員が立ち上がり出迎える。


「あまり時間がないのだ。挨拶は省略して、さっそく本題に入ろうか」


 全員が座ったのを確認したアラバスがゆっくりと立ち上がった。


「昨夜のことです。マリアが『いつも眠っているお姉ちゃんからの伝言だ』と言いだし、私に三つのことを伝えてきました」


 場に一瞬で緊張が走る。


「ひとつ目は『出産のときには戻る』こと、二つ目は『それまでに大掃除を済ませておくこと』、そして三つ目は『毎日楽しく過ごしている』です」


 王妃が口を開く。


「では眠っているマリアは、現状を理解しているということね? なのにわざと戻っていないのはなぜかしら」


 これに答えたのは王宮医だ。


「戻ろうと思えば戻れるというものでは無いのだと推察します。平たく言いますと、今の状態は、本人が望んでなったわけではないということです。過去の文献を何度も当たりましたが、一度生まれてしまった人格は、オリジナルとは全く別の性格を持つことがわかっています。現在顕在化しているマリアちゃんが納得して自ら下がるか、本体と融合することを選択する以外に方法は無いのでしょう。ある文献によると、本人さえもどの人格がオリジナルだったのか分からなくなったというケースさえありました」


 カーチスが不思議そうな顔で聞く。


「それならなぜ『出産時には戻る』なんて予言めいたことを言ったのかな」


 ラングレー公爵夫人が口を開いた。


「私は毎日マリアちゃんと接しておりますが、最近になって気づいたことがございます。勉強の内容が難しくなればなるほど、マリアちゃんは必死で考えて答えを出そうとするのですが、なんと申しましょうか、答えは知っているのに口に出ない……私達も時々ございますでしょう? ここまで出ているのに言えないというようなもどかしさが」


 王妃が大きく頷いた。


「確かにあるわね」


「そういう事があるたびに、マリアちゃんは部屋の中をきょろきょろとして、何かを探しているような行動をとるのですわ。もしかしたら眠っているマリア嬢に助けを求めているのではないでしょうか。そして最近、その頻度が増しているように感じますの。二つの人格が折り合いをつけ始めているのではないでしょうか」


「なるほどな。そういう時、夫人はどうしているのだね?」


 国王の問いにラングレー夫人が答える。


「何もしませんわ。黙ってただ待つだけです」


「流石ね、その忍耐力はとても大切なことだわ。ラングレー夫人、マリアちゃんをきちんと育ててくれてありがとう」


「恐れ入ります」


 アレンが微笑みながら頭を下げた母親の横で声を出した。


「代わろうと思っても代われないにもかかわらず、出産時は戻ると言い切った……これは何かの謎かけではないでしょうか? 例えば、出産のときに戻れるきっかけ作ってくれというような」


 アラバスが言う。


「過去の事例で考えると、そのトリガーは『落ちる』ことだ。臨月の妊婦をどこかから落とすなど有り得んことだぞ」


「そうだよね……じゃあなんだろう。なぜわざわざ時期を指定したのかな。しかも『戻ります』ではなく『戻れます』と言った……ここに何かのヒントがありそううだ」


 全員が暫し考え込んだ。

 国王がまず口を開いた。


「二つ目の言葉と合わせて考えてみればどうか? こちらは出産時までに戻る準備を進めるから、そちらは安心して戻れる環境を整えておけということは考えられないか?」


 アラバスが小さく何度も頷いた。


「国王陛下の仰る通り、その二つはひとつの文節をなしていました。正確に再現すると『出産の時には戻れますから、それまでには大掃除を済ませておいてくださいね』と言ったのです。三つめも正確にお伝えすると『お陰様で毎日楽しく過ごしております』です。ひとつ目は予定連絡、二つ目は要望伝達、そして三つめは現状報告ですよね」


「手探り状態の私たちを安心させてやろうというマリアの心遣いを感じるわね」


「ひとつ目と三つめはそういうことなのでしょう。問題は二つ目の要望です。出産までという期限が切られているのですから、早急に動く必要があります」


 王宮医が手帳を開いて計算を始めた。


「現在が六週目ですので、順調に育てば出産まであと三十四週です」


 室内にザワッとした空気が流れた。


「三十四週か……約八か月という辺りかな。八か月で国内の不穏分子を殲滅して、シラーズとバッディの戦争を終わらせて、西の国の脅威に備えるってこと? 眩暈がするな」


 アラバスが国王に顔を向けた。


「トーマス・アスターがバッディに滞在しております。これは現状の把握をするためですが、それと同時にかの国の大商会の会頭である彼の祖父に、動く意思があるかどうかを確認するためでもあります」


「何を企んでいるのだ?」


「バッディの国王には退位してもらい、王太子を新たな国王とします。その際、シラーズの第一王女との婚約を復活させ、両国の架け橋とするのです。その仲立ちをわが国がおこなえればと考えております」


「なるほどな。その下調べにトーマスを向かわせたということか」


「はい、シラーズの王太子はすでに妻帯しておりますので、何か他の算段が必要でしょうね」


「妃がダメなら側妃という手があるわ。手土産でも持たせれば受け入れるんじゃない? その王太子はすでに側妃が三人いると聞くし、それが一人増えたって痛くもかゆくもないでしょう?」


「心当たりがおありですか?」


「わが国の公爵家の大事な大事な一人娘を差し出すのよ。二重スパイを手土産にね」


 数秒の沈黙の後、全員が笑いだした。

 その笑い声のまま国王が聞く。


「子狐を狸村に差し出すのは良いが、親狐はどうするのだ?」


「叩けば埃しか出ないでしょう? 爵位を落として残るのか、国を捨てて娘を追うのか。そこは選ばせてあげましょうよ」


「まあどちらにせよ大した影響はないな。そうなると、残るは狸娘だが……」


 アラバスが口を開いた。


「あの狸娘はマリアの事故に関与しております。許すつもりはありません」


「そうだな、許されるものではない。ではどうする?」


「シラーズ国王が退位する時に連れて行かせましょう。前王と側妃とその娘をどう料理するかは、新王の裁量ですよ」


 侍女長が気を利かせて、お茶の準備を始めた。


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