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 ランチを終えたアラバスが、カーチスの首根っこを捕まえて文句を言った。


「父上や母上まで一緒だとは思わなかったぞ」


「僕だって知らなかったさ。マリアちゃんとランチしたいのはわかるけれど、どうやってスケジュール空けたんだろうね」


「嫁姑問題に悩むよりも数倍良いが、もう少し遠慮というものを覚えてほしいものだ。見たか? マリアは俺の嫁だぞ? 二人で挟んで座って交互に世話を焼くなど言語道断だ」


 カーチスが肩を竦める。


「まあまあ、兄上。夕食のときは兄上が独占しているだろ? あの二人も我慢してたんだ。たまには譲ってやるのも親孝行ってものじゃないの?」


 アレンが笑いながら言った。


「お前んとこの家族って、もっとクールでドライだっただろ? どうしちゃったんだ?」


 カーチスが真顔で答える。


「マリアマジックだ。マリアちゃんが可愛すぎるのが悪い」


 三歩先を歩いていたアラバスが、無言のままで何度も頷いていた。

 アレンは隣を歩くトーマスに、そっと呟く。


「良かったな、嫁ぎ先で可愛がられてさ」


「ああ、想定外だがありがたいことだ」


「何時に出るの?」


「この後すぐに出るよ。後は頼むぞ、アレン」


 アレンはニヤッと笑って頷いた。


「こちらは任せておけ。狸と狐の尻尾を捕まえて、蝶々結びにしておいてやる。お前こそ気をつけろよ。なんせあの国は戦争中なんだからな」


 四人が庭園を横切り、執務棟の近くに差し掛かった時、林の中から何かが飛び出した。


「お待ちしておりましたわ! カーチス様!」


「えっ……ああ、ラランジェ王女殿下。今日の授業は終わったのですか?」


「それどころではありませんわ。先ほど王宮の廊下で、彼女を見かけましたの。それで、慌ててお知らせに参ったのですわ」


「彼女? もしかしてクランプ公爵令嬢ですか? それは拙いな。お知らせくださってありがとうございます。では僕は逃げますね」


 嫌だ嫌だと言いながらも、言われた通りに動くカーチス。


「兄上、後は頼みましたからね」


 ニヤッと笑ったアラバスが、ラランジェ王女に声を掛けた。


「弟が世話になっているようですね。感謝の印にお茶でもいかがかな?」


 第一王子か第二王子かまだ決めかねているラランジェ王女は一瞬で舞い上がった。


「まあ! アラバス様にお誘いいただけるなんて夢のようですわ。喜んでご一緒致しますわ」


 アレンが、のぞき見をしているレイラを視界の隅で確認しアラバスに言う。


「二時の方向だ」


 アラバスが頷く。


「ではエスコートをさせていただきましょう」


 ラランジェは緊張のあまり、朱を通り越して緑色のような顔色になっている。

 それを見たレイラが、怒りで顔を真っ赤に染めた。


「赤い狐と緑の狸……どこかで聞いたような……」


 後ろに従っていた侍従に、お茶の準備をするよう伝えたアレンの独り言は、王宮の森に吸い込まれていった。

 レイラが潜んでいる木陰から見える位置のガーデンテーブルにラランジェ王女を誘導する。

 この位置ならレイラからは二人の背中しか見えないはずだ。


「カーチスとはよく話をされるのですか?」


「いえ……それほどでもございませんわ。先日、学園でランチをご一緒したときにお話ししたくらいですの」


「そうでしたか。ところで王女殿下は離宮ではどのように過ごされているのですか?」


 無表情のまま、わざとらしいほど小声で話すアラバス。

 聞き取ろうとするラランジェ王女の体制が、自然と前のめりになっていた。


「そ……そうですわね……学生ですから主に勉強を……余暇は刺しゅうをしております」


 見え透いた噓に、ラランジェ王女の侍女が表情を強張らせた。


「カーチスは好きな女性がいるようですが、その話はお聞きになりましたか?」


 ラランジェ王女が真っ赤な顔になる。


「え……ええ、伺いましたわ。とても驚いてしまいましたが」


「そうですか。奴もなかなか頑張っているようですね。兄としてはあいつの努力が無駄にならないことを心から祈っていますよ」


「殿下は弟君の恋を応援すると? それでよろしいのですか?」


「私としては、恋に限定せず弟のことは全面的に応援していますよ。ラランジェ王女殿下のお兄さまやお姉様もそうではないですか?」


 ラランジェが少しだけ俯いた。


「それはどうでしょうか。男は兄一人だけなので、立太子はしていますが、父との折り合いは芳しくありませんの。姉はバッディ王国の王子殿下と婚約していましたが、戦争状態になりましたでしょう? 当然婚約は破棄となりましたので、そのことで父を恨んでいるのですわ」


「なるほど」


「兄も姉も正妃様のお子でしょう? 私だけ側妃の子ですので、なんと申しますか兄や姉とは溝を感じることもございますわ。しかし、父は側妃である母をとても愛していますから、妬みとかそういう感情だと思って知らない顔をすることにしておりますの」


「留学していた時、兄上や姉上には何度かお会いしましたが……そうですか。妬みですか。まあ、人にはいろいろな感情がありますからね」


 そう言ってから、スッと姿勢を戻したアラバスの後ろでバキッと何かが折れる音がした。

 アレンが近寄ってきて、アラバスに何かを囁く。


「ああ、そうか。すみませんラランジェ王女殿下、来客の予定を忘れておりました。この菓子はとてもおいしいですよ。どうぞお召し上がりになってから離宮にお戻りください」


「お気遣いに感謝いたしますわ。では、お言葉に甘えますわね。あっ……あの……」


 ラランジェがアラバスを呼び止める。


「なにか?」


「以前申しましたでしょう? マリア妃の不貞のこと……お気になりませんの?」


 アラバスの顔が一瞬だけ怒気を含んだが、すぐに無表情に戻した。


「私はワンダリア王国の第一王子です。国益を優先するのは当たり前ですよ」


 足早に去るアラバスとアレンを見送りながら、ラランジェ王女が独り言を呟いた。


「素敵……ああ、私には決め切れないかもしれませんわ……なんて罪深いのかしら」


 妙な視線を背中に感じながら、アラバスがアレンに聞く。


「どうやら自分が黒幕だとはバレていないと思っているようだな」


「ああ、まあせいぜい足搔いてみせろってところだな」


 二人はほぼ同時に肩を竦めて執務室のある棟へと消えた。

 そんな会話がなされているなど思いもせず、優雅にお茶を飲みお菓子をつまむラランジェ。

 その王女に呪いの視線を投げつけながら、ハンカチを嚙むレイラが呟いた。


「どうにかしてアラバス様の視界に入れとお父様に言われて来てみれば! あのクソ王女! 留学に来てるのだから学園に行けってのよ! なんでこの時間からアラバス様とお茶を飲んでるの! 忌々しいわね!」


 どうやらレイラはラランジェが学園に行っている時間帯を狙ったようだ。


「それにしてもアラバス様もアラバス様よ! あんな女より私の方が絶対に美しいのに! ああもうっ! もっとドレスを用意しなくては! それより今はあの女よ。文句を言ってやる」


 ラランジェが二つ目のフィナンシェを皿にとった時、ドスドスと音を立てながらレイラが近づいた。

 その様子をアラバスの執務室からのぞき見をしていたカーチスが、実況中継を始める。


「さぁ始まった! 狸はまだ気づいていない。相変わらず周りの空気が全く読めていないぞ。おおっ! 狐の先制攻撃か? 狸が顔を向けたぞ! さあ睨み合いだ睨み合いだ! 見合って見合ってハッケヨイとはこのことだ! この状況に使用人達は対応できるのか?」


 アラバスもアレンも、文官たちも手を止めて聞き入っている。


「狐が大胆な攻撃に出た! 狸の正面に座ったぞ! 狸は驚いた顔で狐を見た! この様子だと無許可だ! 狐は狸の許可なくテーブルについたようだ。狸の侍女が慌ててお茶を入れ始めた! おおっと! 強い風が吹き抜けたぞ。これは嵐の前触れか?」


 堪えきれなくなったのか、全員が立ち上がり、窓の近くに移動してきた。


「狐が狸の侍女を手招きしたぞ! なんだぁ? お茶に難癖でもつけるのか? おおっ! 侍女が後退った! 狐が立ち上がって侍女の肩を突いたぁ! 狸も立ち上がったぞ! 場外乱闘だ! 場外乱闘が勃発したぁぁぁぁ! 誰か早くデザートナイフを隠せ! 血を見るぞ!」


「え? 狐が手を出したのか?」


 アラバスが窓に顔を近づけた。


「言い合いしているな。何を話してるんだ?」


 アレンの声に文官が声を出した。


「僕が聞いてきます。僕なら偶然通りかかったで済みますから」


「頼む」


 文官が二人、大急ぎで部屋を出た。

 

「こうしてみると、狐って狸より頭一つデカいんだね」


 カーチスがそういうと、アレンがすぐに返した。


「しかし、横幅は狸の方が広いだろ。だから容積は同じくらいじゃないか?」


「容積……なんかドロドロしたものが詰まっていそうで嫌だなぁ」


 カーチスの言葉に全員が納得して頷いた。


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