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紅の檻、蒼の牢

 悪逆非道の復讐者を同じく復讐者の波に沈めた後、急ぎ母艦へ帰還したミサゴを待っていたのは同胞達の辛辣な出迎えだった。


 到着早々出迎えたゴリアテに「不潔だから洗浄して来なさい」とやんわりとあしらわれ、それを終えれば「こんな早く処置が終わるか」とドクターやテスラから辛辣に蹴り出される始末。


 かといっていつまでも研究棟の前でウジウジとウロウロされてはハイヴ側としても気が引けたのか、ミサゴは適当な宿を用意され、そこで休んでおくよう指示された。


 壊すことしか脳がないミサゴに唯一できることと言えば、ただ寝ることだけ。


「……クソッ」


 何をするもなく、打ちひしがれるようにベッドに横になったミサゴの脳裏に、カケスの品のない嘲りが克明に甦る。


(どうして自分の心に嘘をつく? 君の心はいつだって暴力を求めている。 自分の意に反する者全てを叩き殺し、無限に死体を積み上げたいと願ってるのが、俺には痛いほどよく分かる)


 死して尚、顔も知らぬ何者かに玩具にされる死体達を、もう二度と辛い目覚めを迎えることが無いように一人一人確実に潰していくミサゴ。


 その様を高いビル看板の上で楽しげに眺めていたカケスは、トレードマークであるシンデレラをこれ見よがしに組み、美麗に輝かせつつ、せせら笑う。


(何故なら君の本質は獣だからだ。 いくら平和に憧れ、安寧を望み、微睡みに身を横たえようと、暴力の衝動を裏切ることなどできない)

「黙れ……!」


 アイオーンの事も一瞬忘れるほどの怒りに打ち震え、ミシミシと音が鳴るほどに拳を握り締めながら、ミサゴは反射的に怨敵への憎悪の念を呟く。


 今回も殺すことは叶わず、手勢を全滅させるのと引き換えに逃がしてしまった。


 街の被害を抑える最低限の仕事は出来たことは事実。 だがそれで、アイオーンが滅茶苦茶に痛め付けられるのと釣り合うかと問われれば、絶対にNOとしか言えない。


(次は是非カッコいい姿を見せてくれよ。 俺の大事な英雄殿)

「畜生!」


 やり場のない怒りと屈辱にミサゴは悶え苦しむ。 制御しようのないフラストレーションのあまりかアンプの緊急冷却機能が作動し、ノーザンクロスを構成する各パーツがガチャガチャと大袈裟に稼働する。


 意味も無く勝手に光り、鳴り、動き出す姿は最早高価な玩具そのもの。


「結局俺は何もできなかった……」


 あの時と同じように。


 シューシューッと熱が排出される甲高い音色が部屋に響く中、ミサゴはだらしなく座り込み、目を閉じて項垂れる。 いつもなら無邪気に近寄ってきて心配げに顔を覗き込んでくる影があるが、今はそれもない。 自分が護れなかったから。


「アイオーン……」


 レリックにより串刺しにされたあまりにも痛々しい姿が瞼の下でリフレインし、ただ死なないでくれとミサゴは祈った。 普段、ミサゴは神に縋るようなことは無い。 この世の全てはあらゆる他人の行動が無意識に噛み合い、影響し合った結果に過ぎない。 誰が死のうが生き残ろうが、全ては乱数やサイコロの目よりも残酷で救いはない。


(この世界は無慈悲なのだ)


 脳裏に響くは、遙か過去に死に逝った思い出したくもない狂った男の戯れ言。 アイオーンがいくら求めても決して語ることが無かった虚無の記憶。 それが自然とミサゴの心の傷を抉り、祈りに意味は無いと囁いた。


「俺は死ぬまで誰のためにもなれないのか?」


 激しい戦闘を長らく続けていたせいか眠気に意識を蝕まれ、ミサゴは自然とベットに横になる。 まるで子どもがふて寝でもするかのように、何もかも投げ出して微睡みに逃げる姿はあまりにも情けない。


 しかしミサゴの意識を覆いつくさんとした睡魔は、たった一つの信号によって晴らされた。


「っ!?」


 瞼の裏を突如奔り抜けたのは、柔らかく暖かな紫紺の輝き。 アイオーンが操る凄まじき力の僅か一部。


「なんだこれは……」


 咄嗟に目を開いた後もアンプ化した左眼に残り続ける痺れるような感覚。 それが体内に張り巡らされたノーザンクロスの回路を通して全身に疾駆すると、ミサゴはアイオーンが己の身体を通して発現した異能の一つを思い出した。


 何の機器も介さずネットワークへアクセスする不可思議な力。 それを使って共にフラクタス内に遺された謎のネットワークにダイブした事も。


「アイオーン、君が呼んでるのか?」


 ノーザンクロスに搭載された高度無線通信機能が、地上に存在するあらゆる通信規格とも合致しない信号からのアクセスを求める中、ミサゴは己のアンプに刻まれたエネルギーラインの中に紫紺の光が混ざり流れていくのを見て、決断する。


「……何もない俺に、何か一つでも出来ることを」


 彼女が待っている保証は無い。 しかしそれでもあの子の為に足掻いてやりたいと、ミサゴは外部信号からのアクセスを許可し、自らその中へダイブしていった。


 視界の中を埋め尽くす無数の01の奔流が、ネットワーク上におけるアバターを容赦なく押し流し、未知の電子空間へと送り出していく。


 一般の専門職やハッカーなら楽々と飛び回れる世界でも、ハッカーとしての素養が薄い人間にとっては過酷な空間に変わりない。 何とか体勢を立て直そうにも上手く動けぬまま流れ流され辿り着いた先は、何もかもが毒々しい赤に染まった鮮血の空間。


 常に血の雨が降り注ぎ、ランダムに出現するモザイクが空間を無作為かつグロテスクに破壊する地獄。


 耳を澄ませば聞こえてくる悲鳴や泣きじゃくる声。 そして身も竦むような鈍い殴打音の嵐が、アイオーンがどれほどの目に遭わされたのかを、容赦なくミサゴの心へ刻み込む。耳だけでなく、視界すら侵蝕して。


「こんな……あの子はまだ生まれたばかりなんだぞ……」


 力の制御の為にがら空きになったボディをひたすら嬲る様に殴られる。 頭から投げ倒された挙句何度も急所にストンプを喰らう。 徹底的に痛罵され否定され尊厳を根こそぎ奪われた挙句、処刑でもするかの如き串刺し刑。「やめて!やめてよぉ!」と絶叫が木霊し続ける中、あまりの惨劇に呆然とするミサゴの心を掻き崩す。


「どこなんだ……一体どこにいるんだ……!」


 罪悪感と無力感のあまり表情すらまともに保てなくなりながらも、らしくなく大声で呼びかけながら電脳空間を飛翔するミサゴ。 そこに普段の冷静さは無く、焦燥感に支配され慌てふためく愚かで哀れな若者の姿しかなかった。


 呼吸も浅く、目を見開き、落ち着きもなく周囲を見渡すその姿は無様そのもの。 しかし無軌道な努力の甲斐もあったのか、遠目にぼんやりと無気力に揺れるシルエットが見え始める。


「アイオーン!」


 ようやく見つけたと内心安堵を覚えながら、ミサゴはアイオーンの後ろ姿をしたアバターへゆっくりと近づいていく。 一体どんな言葉をかければ慰められるかと落ち着きを取り戻していく心の中で自問しながら。


 だが、アイオーンのシルエットがはっきりと見える距離まで近づいた瞬間、心の臓が止まったと錯覚するほどの濃密な殺気がミサゴを襲い、その歩みを止めさせた。


「あ……が……」


 実際に危害を加えられた訳でも無いにも関わらず、呼吸が止まり、悪寒が背を駆けのぼり、瞬きすらもできなくなる。


 何が起きているか分からない。ミサゴが理解していたのはたった一つ。 目の前にいる存在が、アイオーンと似て非なる者であることだけ。


「誰だ……あんたは……」


 辛うじて言葉を振り絞り、眼前に佇む何者かへと問いかける。 するとアイオーンに限りなく近い姿を模したそれは、アイオーンが決して浮かべない凄艶でおぞましい笑みを見せつけつつ姿を変えていく。


 黒い白目の中に満月のような黄金の瞳を戴き、宵闇の如く深い蒼に染まった艶やかな肌を晒し、流れるような深い紺の髪を掻き分けて王冠の如き角を生やし、金属で無理やり編まれたような鋭角的な翼を広げる、艶めかしくもおぞましい淫魔のような姿をした“何か”


 それは恐怖に縛られ立ち尽くすミサゴの姿を満足気に眺めると、極めて酷薄な笑い声を洩らした。


今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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