名もなき審判
けたたましい音を立てて、一機のフローティングキャリアーが飛来する。
白と赤で塗装され、遠方からも緊急車両であることが一目で分かるそれは後方ドアから複数のレスキュー隊員と、ショッキングピンクのアーマーを身に纏った一人の巨漢を即座に排出した。
「ステイシスフィールド投射! 要救護者の生体状態を停滞させ、艦に搬送する! 急げ!」
「惨い、こんないたいけな娘になんて真似を……」
蒼白いフィールドに全身余さず包まれ、生きても死んでもいない状態にされたアイオーンを車内へ送り出し、ゴリアテは沈痛な面持ちをする。 しかし即座に仁王の如き憤怒の表情を作ると、磔にされたスレイヤーへ殺意の篭もった眼差しを向けた。
「アンタはここで殺すわゲス野郎」
彼(彼女?)の憤りを顕すように爆ぜる稲妻が、薄暗い廃ビルの中を蒼く染める。 しかしそれがスレイヤーの身体を焼き焦がすことはなかった。
怒りに熱く燃え上がっていたゴリアテの視界にさり気なく入り込んだのは、感情を表に出すことなく黙ってスレイヤーへと歩み寄っていくミサゴの背中。
何故邪魔をするのかと彼(彼女?)は訝しむが、一瞬だけ微かに振り向いたミサゴの表情から全てを察すると、己が抱いた怒りを黙って呑み込み、アイオーンの護衛に回ることを選んだ。
アイオーンを伴ってレスキュー隊員がフローティングキャリアーに乗り込むのを無事見届けると、ゴリアテはミサゴの背に慰めるような視線を向け、同じく車内へ姿を消す。
「姫を護るサムライかナイトにでもなったつもりか? どちらにせよ貴様は間に合うべき時に間に合わない役立たずのゴミに過ぎん」
痴れ者が反撃に移る前に即座に離脱をと、猛スピードで廃ビルから離れていくフローティングキャリアー。その背を悔しげに睨み付けていたスレイヤーは、減らず口を叩きながらもやっとのことで拘束から抜け出した。
彼の無軌道で場当たり的な復讐心の矛先は、手の届かない場所に消えたアイオーンからミサゴへと既に移っている。
「お前の来歴は知ってるぞピルグリム。 あの化け物を探る過程でお前の事も丁寧に調べ上げた」
何一つ喋らぬまま歩み寄って来るミサゴに向かい、スレイヤーは自身の絶対的な優位を何故か確信しながらペラを回す。
「本名:鳥飼鶚。 サイボーグ化が施された時の年齢は二十歳といくつ。 学歴は狂人の父親に飼われていたせいで小卒以下。 家族構成は気が狂った元戦犯の父と変哲も無い母と偉大な兄の4人。 地方で自称自警団として何年も徘徊を繰り返した末、地元の名士たる実業家を家族と従業員知人含め100人近くを殺害する大事件を起こし投獄。 死刑と実験刑を提示され後者を選択後、術中にパンドラシティに売り飛ばされて現在に至る。 同情するに値しない獣だよ貴様は」
「…………」
これ見よがしに来歴とやらが書かれたメモ用紙をひけらかし、破り捨てるスレイヤー。 兜の奧で下品にギラギラと赤い目を光らせる男は、沈黙を守り続けるミサゴを痛罵し続ける。
「どうした? 過去の罪の重さに腰が引けたか? それとも改造の末に聾唖にでも成り果てたか?」
「…………」
どれだけ罵倒して攻撃や油断を誘おうと一切の反応を示さないミサゴ。 その様子にスレイヤーは一見冷静を保ちながらも、精神的揺らぎが一切見られないことに動揺しながら罵倒を続ける。
「貴様の妄想に巻き込まれた人々の末路は哀れだったが、その無念もここで報われる。 私がここで貴様を殺すからだ」
「…………」
下品な殺意を明確にし、復讐鬼は必死に鍛え上げたらしき拳法の構えを取った。
――瞬間、無造作な張り手がスレイヤーの頬を兜の上から張り飛ばす。
「ぐっ!? 何故武器を使わない! 手加減でもしているつもりか!」
「…………」
頭を揺らされ正中線を揺すぶられたスレイヤーの臓腑を、狙い澄ました突きが抉る。
「おごっ……黙っているということは犯した悪逆全てを肯定しているということか! そうなのだな!?」
「…………」
今さら殴り合いを放棄し口喧嘩に移ろうとするみみっちい男の頭を固い正拳が捉え、カッコつけた兜を一撃で粉砕する。
「ばっ……不満があるなら何か言え! 何故何も言わない!」
「…………」
そのまま無防備となった顎を無慈悲なジョルトが貫き、一撃で砕いた。
「ガッゴヴォアアアア!?」
どれだけスレイヤーが騒ごうとミサゴのルーチンは一切変わらない。 口先だけは達者なアホへ黙って歩み寄りただ殴る。
たとえ相手の端正な顔面が砕け、頭皮が引きちぎれ、歯が飛び、鼻が折れ、腕がもげ、胸がえぐれ、足が踊り、肩がいかれ、股関節がねじれ、股ぐらから汚い液体を飛び散らせようと
拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が拳が
飛んで飛んで飛び続ける。
重い物が全てを引き寄せるように。 産まれた赤子がいつか老いて衰えるように。 投げられた賽がいずれかの目を示すように。
ミサゴの拳がスレイヤーへ必ず命中し破壊し尽くすのは、最早ただの必然だった。
そのうちスレイヤーの身体に異常が生じる。 1人での活動を重視する為の高度な自動再生機能の存在が今この場においては完全に仇となり、再生時の体型チェック機能が破綻した結果、筋骨隆々とした端正なる復讐鬼は、ブザマで滑稽な道化と造り替えられてしまっていた。
「ヒッヒギッ!ヒギッ!ヒギャッ!」
最早顔とすら認識されない何かが虚無に突き動かされるミサゴへ赦しを乞うような視線を投げ掛けるも、当然制裁が止まることはない。 ビチャビチャと絶え間なく飛び散る鮮血により、ミサゴの身体は頭のてっぺんから足先に至るまで真っ赤に濡れすぼるが、一切の感情を読み取れない瞳はただ一度の瞬きもせずスレイヤーの身体が崩れていくのを見届けていく。
「お前が!お前が私を裁くというのか!? 私以上の罪人であるお前が!?」
「……お前を裁くのは俺じゃない」
「な……に……?」
グチャグチャに再生した顎を健気にも精一杯に動かし、己がやったことも棚に上げてフガフガと物申すスレイヤーへ、ミサゴはようやく口を開くも視線は彼を一切見ていない。
彼が見ていたのは、破壊の余波で造り上げられていた即席バルコニーの外。 そこで気炎を上げていたのは街の破壊に巻き込まれ焼け出された大群衆だった。
何故これだけの人数が自然と集まって来たのかなど、今のミサゴにとってはどうでも良かった。 ちょうど良い機会だと、一掴み分しかなくなったスレイヤーの髪を無造作に掴み上げると、そのまま何の感慨もなく大群衆の全容が伺える即席バルコニーへ向かう。
乱暴に引っ張り上げた余韻でスレイヤーの身体は頭と脊椎、そして生命維持に最低限必要なバイオアンプしかなくなってしまったが、これもミサゴにとってはどうでもよかった。
「お前がやってきた事は正しかったのだから何も起きない。 きっと何も起きないだろう。 お前は全てが称賛され許容される清らかな復讐者なのだから」
一切の感情を表に出さぬまま、ミサゴはグイッとバルコニーの外へ掴み上げたスレイヤーの身体を突きだすと、文字通りそのまま放してやった。
「ひっ……」
たちまち重力という死神がスレイヤーの体を捕まえ大地に叩き付けると、焼け出された民衆の前へ晒し者にする。
同情するものは誰一人としていない。 他ならぬスレイヤー自身が育んだ数多の名もなきスレイヤー達が、己が報復を果たすべく押し寄せる。
「ひゃ……ひゃめ……」
どうしてこんなことになったのか。朦朧とするスレイヤーの脳裏を走馬灯が駆け巡る。
それなりに幸せだった家族との生活。 それを一夜にて奪われた憎悪。 全てを奪い去った者達への報復の数々。 復讐を終えたのち己が判断で邪悪と断じた者を虐殺し続ける虚無の日々。 その最中で見つけた無垢なる乙女の皮を被ったおぞましき怪物。 必ず仕留めて家族が眠る世界を少しでも綺麗にせんと誓った夜。
そして拳の雨。自分が降らせた血の雨よりも残虐で恐ろしい暴力の嵐。 今度はそれが人の形となって迫って来る。
「死ねえええええええええええええ!!!」
「いやだああああああああああああああ!!!」
スレイヤー自身が見て見ぬフリをしていた全てが因果となり、自分は可哀想な被害者なのだという心の聖域ごと、男は暴徒の波の中へ消えていった。
その末路を黙って見つめていたミサゴは、ようやく顔を伝い落ちる血を拭い上げると、ただ一言言葉を零す。
「アイオーン……」
たった今まで痛め付けられていた乙女の名を喉奧からやっとのことで絞り出すと、彼は今まで一切の感情が伺えなかった顔に極めて重い悔恨の表情を滲ませながら、飛んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
死に瀕しつつも未だ再生し続けるスレイヤーを踏み躙り続けていた暴徒達。 いつしかその熱狂は制御不能となり街自体を破壊する大波となってうねり始めた。
「コラーッ! 何をやっとるか! 貴様ら全員逮捕だ!」
「やかましいぞ何もかも手遅れの騎兵隊が!」
「ちょうどいいわやっちまえ!」
ミサゴが消えた後、今さらノコノコ集まったPCPDを相手に暴徒達は一斉に躍りかかり、最早誰が何をやっているのかも分からないケオスが際限なく広がっていく。
そんな折、街角に隠れた一体のサイボーグが裸に剥かれた複数の死体を踏み躙りつつ、ミサゴが宙に残した軌跡を眺めていた。
「お前はいい仕事をしてくれたよピルグリム」
今まで走らせていた情報操作プログラムを停止し、溜まった熱を吐き出しながら深呼吸する彼は改めて自らが踏み躙る死体を汚物を見るような目で睨みつける。
警官、役人、メディア関係者、クロウラーと身分もバラバラで一見共通点は伺えない。 しかし、入れ墨として刻まれた操り人形をさらに傀儡とする操り人形のエンブレムが、それらが同類であることを示していた。
『女帝アナスタシアへ。 そちらの依頼通りターゲットは仕留めた。 約束通り我が組織に潜むストラグルの潜入工作員の情報をいただく』
わぁわぁと喧騒が何もかもを塗り潰す中、秘匿回線を開いたサイボーグは通信相手から送られてくる賛辞や情報を礼もそこそこに受け取りながらほくそ笑む。
『えぇ勿論です。 これからも互いの組織の未来の為win-winといきましょう。 その為なら俺も努力を惜しまないつもりです。 勝ち馬にへばり付いて腰を振る“アンダードッグ”として』
端末から微かに漏れる淡い光を受けつつ、その皮肉屋な男は冷徹さを秘めた眼差しでカメラの向こう側に居る女帝を見つめていた。
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