コラテラルダメージ
世界有数の高速電脳都市を、制御不能のカオスが席巻する。
誰が始めたのかも分からない破壊活動に乗じた破壊活動が野火のように広がり、巻き込まれた市井の人々を恐怖のどん底へと追い込んでいく。 次は何が爆発し誰の財産がいたずらに奪われるのかと。
そんな彼らは、都市の上空を紫紺の流星がビルの上層を破壊しつつ飛んでいったのを知らない。 黒々とした殺意に追い立てられ、ミサゴからまんまと引き剥がされたそれは、孤立無援の状況で一方的に甚振られ、転がされていた。
「くっ……!」
「自らの五体を頼らぬくだらん手品か。 所詮は人を愚弄する畜獣に相応しいお遊戯事よ」
誰もいなくなったフロアに叩き付けられるも、バリアを張っていたおかげで無傷を保っていたアイオーンは、手にした魔杖を床に突き立て身体を支えつつ、冷たい言の葉を響かせる招かれざる者を見やる。
明らかに非規格品である甲冑状の黒いパワードスーツに身を包んだ、品もなくギラギラと赤い片目を瞬かせる男。 彼はアイオーンが未だ無傷であることを認めると、追撃を加えるべく埃にまみれた床を蹴り、身を翻した。
「貴方は誰……? どうしてこんなことをするの!?」
「今から死に逝く貴様にはどうでもいい話だ」
再び容赦ない拳と蹴りの乱打がアイオーンめがけて降り注ぐが、分厚い紫紺の輝きが華奢な彼女の身体に傷を落とすことを許さない。 どれだけ物理的に弾き飛ばされ、高層階から地上へ叩き落とされようと、光に包まれたアイオーンには一切の危害が加えられない。
だが、周囲に広がる被害ともなれば話は別。 攻撃の余波に巻き込まれたいくつもの高層マンションが倒壊寸前に陥り、散らばった破片をモロに浴びてミンチ肉になった死骸が道路のあちこちに転がっている。 さらに戦闘に巻き込まれた無辜の民が、バリア越しにアイオーンを蹴りつける身勝手な男を見つけた。
「嘘だろスレイヤー……なんでアンタがこんな真似を……」
「…………チッ!」
メディアやインフルエンサーが無責任に広めた“一切非の無いクリーンな悲劇の貴公子”という構図を破壊する醜態。 何か話が違うとざわめき始める人々の訝しむ視線は流石に痛かったのか、大衆に名を呼ばれたスレイヤーは人々に追究されるより早くアイオーンの身体を全力で蹴り上げると、安心して相手を甚振れる場所を探した。
だがみっともない苛立ちだけは隠し通せず、アイオーンを蹴り飛ばす態度はさらに乱雑となり、周囲が受ける被害は飛躍的に増大していく。 当然巻き込まれた人々の悲鳴や嘆きはさらに強く大きくなったが、スレイヤーは別に気にも留めない。
「やめなさい! 貴方の標的は私! あの人達は何の関係もないでしょう!?」
「これも全てコラテラルダメージというものに過ぎない。私のエゴを成就するに仕方のない犠牲だ」
「何よそれ……、そんなの全部貴方のわがままじゃない!」
「それがどうした? 私という個人の勝手なわがままを防げないのが悪い。 そもそも街を護るのはPCPDの役目であって私ではない。 私のやることにカス共がどれだけ便乗しようと、それを防げない無力な警察機構が悪いのだ」
他者からの非難に対してもスレイヤーは常に何処吹く風。 身勝手屁理屈傍若無人の限りを尽くし、アイオーンを嬲ることに夢中でどれだけ人をコラテラルで殺そうと一切反省もしないし躊躇もしない。
「うう……!」
バリアを一切貫通しない生ぬるい打撃をどれだけ叩き付けられようと、アイオーン個人としては一切痛くも痒くも無い。 だが、自分を狙った暴虐に伴う間接的殺戮は、彼女の心を酷く傷付け膿ませていた。
「もうやめて! こんな酷いことやる必要ないじゃない!」
「貴様のくだらんセンチメントに私が付き合う必要など無い。 そもそも貴様がいるからこのような悲劇が起こるのだ」
これ以上誰も巻き込むまいと、アイオーンは必死になって逃げ出そうと試みるが、街自体を隠れ蓑兼ヒューマンシールドとして使うスレイヤーが逃す道理はない。 街を襲う脅威の駆除に手一杯となっているクロウラー相手に小賢しく立ち回る為にも、居住区から出ないことはスレイヤーの保身の大前提でもあった。
「クロウラーズハイヴ、民族自決連盟、パンドラシティ市議会、そして秘密結社ストラグル。 主要勢力から注目を集める貴様を調べ上げるのは、島の外からでも実に容易かった。 採掘されたレリックから製造された生命体が、人に媚びて組織の乗っ取りを画策していると」
「違う……私はそんなこと……」
「私が決めたことに反論するな。 貴様はただ私に殺されていればよい!」
一切の話が通じず愕然とするアイオーンの肢体に、性懲りもなく拳が叩き込まれまたしても大きく吹き飛ぶ。 当然今回に至っても無傷だが、アイオーンは吹き飛ばされている最中に見てしまった。 スレイヤーの暴虐に今まで耐え続けていた高層マンション群がついに自重を支えきれず倒壊し始めたのを。
このまま放置すれば、逃げられなかった人々が大勢亡くなってしまう。 そう判断したアイオーンの決断は早かった。 彼女は自らの身を守っていたバリアを躊躇いなく解除すると、そのまま居住区全体の高層マンション群を対象に張り巡らし、大規模な連鎖ドミノを身を以て阻止した。
当然そんなことをすれば彼女自身がどうなるかなど明白で、今まで易々と防がれていたスレイヤーの拳はアイオーンの柔肌へ容赦なく突き刺さり、廃ビルの壁面に向かって彼女を思い切り叩き付けた。
「……っ!!!」
悲鳴を上げる間もなく、アイオーンは苦しげに腹を抱えて蹲ることしかできない。
「ぐ……うううう……」
「私をどうやっても欺けないからと、精神的勝利を優先したか」
自分の命よりも崩落しつつある街の保護を優先したアイオーンを見て、スレイヤーは心底不機嫌になりながら拳を鳴らす。
「私は貴様が取り入った惰弱な連中とは違う。 籠絡できると思うならやってみろ。 ひと思いに股ぐらから引き裂いて応えてやろう!」
「んぁあああ!」
そして凄惨な拷問が始まった。
護るもののなくなったアイオーンの肢体を、拳と蹴りの乱打が猛然と襲う。上位のクロウラーを相手取るには軽いパンチだが、ただの小娘一人を痛め付けるには十分。 顔面、顎、腕、肩、横腹、腹部、鳩尾、腿、足と、文字通り頭のてっぺんから足先までをサンドバッグ代わりに殴って殴って殴って殴って殴り続け、壁に何度もバウンドさせては再び叩き付けるを繰り返す。
「げ……げほ……」
「誰が終わったと言った」
ビチャビチャと吐血し、最早自らの足で立ち続けることすら叶わなくなったアイオーンの肢体へ、今度は執拗なストンプの雨を降らせるスレイヤー。 彼女が身に纏っていた扇情的な服は既に散り散りに破れ、無惨に青痣だらけとなった肌が露出させられる。
邪悪な第三世界の棄民に攫われた令嬢が辿る運命よりも悲惨な姿だが、それでもスレイヤーは気が済まないようで、ついに彼女の足下に転がったレリックへと視線が向く。
慈悲などなかった。
「この玩具がなければ力のコントロールもロクに出来ないのだったな? ならば貴様の身を以てして銜え込め! このまま介錯してやろう!!!」
「…………っ!!!???」
血塗れになった顔面を踏みにじられ完全に身動き取れなくなったアイオーンの胸郭を、ノミを突き立てる要領で叩き付けられたダンスマカブルの石突きが文字通りの意味で貫いた。
貫通した身体の部位を伝い溢れ出てきた赤い雫は、彼女の肢体に僅かばかり残った蒼い襤褸切れを真っ赤に染め、くすんだコンクリートの床に生暖かい湿り気を落とす。
「げぼっ……苦しい……助けて……誰か……お願い……」
ゴホゴホと痛ましく血の混じった咳をし、虚空へと必死に力無く両手を伸ばすアイオーンの姿はあまりに痛ましいが、スレイヤーに取っては化け物が媚びた人間ごっこに興ずるようにしか見えない。
「助けなど誰も来ない。 このまま乾き切って事切れるが良い」
目的は果たした。 ビクビクと痙攣するアイオーンの姿を見てそう確信したスレイヤーは、ハイヴからの追撃より逃れるべくビルの外に向かって思い切り一歩踏み込んだ。
――刹那、微かに気が緩んだスレイヤーの背筋を凄まじい寒気が襲い、宙に身を躍動させるたった一歩を竦ませる。
「な……なんだ……!?」
あまりにも尋常ではない気配に呑まれ、スレイヤーは姿の見えない狂気に引っ張られるがまま、その視線を持って行かれた。
そこにあったのはまるで死んだように横たわったアイオーンの肢体。 だが、その時スレイヤーは今気付くべきではない事実に気が付いてしまった。
今まで淡い緑色に輝いていたアイオーンの瞳が、全く違う色彩によって塗り潰されていたことに。
100年以上昔の夜空をそのまま再現したような漆黒の白目と黄金の瞳。 少なくとも人間の生体とは大きくかけ離れた目が、甲冑の奧に隠れたスレイヤーのまごう事なき素顔を暴き出していた。
「これは……なんだ……確かに殺したはず……どうして……」
誰も答えることのない疑問を逃げることすら忘れてぼんやりと呟き、スレイヤーは立ち尽くす。
逃げるべき時に逃げられない愚か者は、災厄に追いつかれて首を狩られるという事実も忘れて。
「ヌガアァァ!!?」
そして明確なる憎悪を伴った災厄が、真っ赤に熱された鉄筋という鏑矢となり、スレイヤーの身体をそのまま壁へ磔にした。
「ぐわあああ馬鹿な! どうしてここが分かった!?」
じゅうじゅうと肉を焦がす痛みをただ喚くことで堪えながら、スレイヤーは新たに廃ビルの中に現れた人影に怒鳴り散らす。
だがその人影は、スレイヤーの問いに対し何一つ返すことはなかった。 緑色の目を見開いたまま意識を失ったアイオーンを護るように寄り添ったのは、第一装甲が脱落し内部機械を一部露出するほどの被害を被っていたミサゴ。
「…………」
彼はアイオーンが辛うじて息をしていることを確認すると、ただ深く息を吐いてスレイヤーの前に立ち塞がる。
単純な怒りでも憎しみでも、はたまた失望でも諦観でもない。 あらゆる負の感情の坩堝と化した漆黒の意志が、しょうもない本性を露わとしたスレイヤーを何も言わずただジッと見つめていた。
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