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燃え上がる摩天楼

 闇の帳が下りた見慣れぬ部屋の中で一人、ミサゴはソファに腰掛けたまま身じろぎ一つせず硬直している。


 不気味な電子光を湛えた左眼がオートで周囲を索敵し、生身の人間では不可能な挙動を繰り返す中、眠っている本体は生成済みのブレードを床へ垂らし、まだ見ぬ敵への警戒を怠らない。


 外で何か物音が鳴る都度にブレードの先端がヒクヒクと首をもたげ、何事も無いことを察すると音の無く床に転がる。 その動きは獲物を求めて茂みに潜む大蛇そのもの。 しかしアラームが鳴って装着者が目覚めると、自ら意志があるように蠢いていたブレードは自然と装着者の右腕の内部に収まり、粒子へと還った。


「……今日も死なずに済んだか。 噂のスレイヤーとやらも案外足下が甘い」


 両腕、両足、そして全身と、固まった身体を軽くほぐしながら、ミサゴは左眼が記録していた警備レポートにサッと目を通す。 得られたのは、薬中のチンピラ共とPCPDがしょうもない小競り合いしている映像だけ。 他に収穫らしい収穫はない。


「こっちは万全を期して動いてるってのに。 前線に引っ張り出されない連中は気楽なモンだな」


 半ば呆れ混じりにフッとため息を吐くも束の間、寝室からドタドタと慌ただしい足音が響くと、程なく足音の主が扉の端から恐る恐る顔を出した。


「おはようアイオーン、今日も自分で起きられて偉いぞ」

「うん……」


 不器用ながらも穏やかに眦を緩めるミサゴに言葉少なく応対するのは、どこか陰った表情を浮かべる乙女。


 未知なる敵への不安からか、手にはダンスマカブルがしっかりと握られ、人どころか大型イミュニティすら軽く焼き殺せる膨大なエネルギーが、蒼い杖の先端で淡く輝いている。


「それよりミサゴくんこそ大丈夫? 怪我はない?」

「問題ない。 いくらイカれた危険人物とはいえ、厳戒態勢の街中で喧嘩を売るほど無謀ではなかったようだ」


 だからこそタチが悪い。 どこか落ち着かない様子のアイオーンを着替えさせたのち椅子に座らせ、己は簡単な朝食の準備をしながらミサゴは思う。 あらゆるものが無作為に標的となり得る以上、どれだけ備えを万全にしようと後手に回らずを得ない。


「復讐だか何だか知らんが、あれもこれも殺し始めたら折角の大義名分が台無しだろうに……」


 インスタントのスープにコーヒーに焼けたパンにウィンナーと、とにかくパッパと出来上がるものをさっさと胃袋に放り込んでいくミサゴ。 その慌ただしい様を横目で見ていたアイオーンは、パンを少しずつ囓りながら問う。


「今日も引っ越しするの?」

「ヤツが捕まらない以上しょうがないさ。 君だけでも艦の方へ避難させたかったが、お偉方が君の長期滞在を拒否するとは……」


 カネなら腐るほど貯まっている上に、よさげな住居の情報はハイヴが直々に融通してくれるため、生活に不自由することはない。 しかし何を考えているかも分からない狂人が好き勝手暴れる中、何故アイオーンに地上での滞在を強いるのか、ミサゴは理解し難かった。


「ミサゴくん……怒ってる……?」

「安全地帯に引き籠もって偉ぶってるヤツがムカつくだけさ」


 自分らは一切現場に立たない癖に何様のつもりだと、無意識のうちに殺気を醸してしまうほどに不満を溜め込んでいたミサゴだったが、当の組織から唐突に通信が来ると、何とか憤りを呑み込んで左眼に意識を集中させた。


「こちら殻入階位ピルグリム。 こんな朝っぱらに何用です?」

『お前だけじゃない。 地上にいるクロウラー全員に招待送ってるからさっさとチャンネルに入れ』

「……了解」


 コマンダーの普段以上に棘のある言い方から、何となく通信の内容を察しつつも大人しくハイヴの電脳へダイブする。


 現実世界より遙かに加速した情報の世界。 リアルではミリ秒にも満たない引き延ばされた時間の中で、軍人上がりである中間管理職の苛立った報告が、チャンネルの中に入り込んだ全てのクロウラーの脳に木魂した。


『クロウラーズハイヴより地上待機中のクロウラー全員へ通達。 またしても例のやり方で殺された死体が複数上がった。 所属はそれぞれ民自連、PCPD、有象無象の犯罪組織構成員と全く一貫しておらず、未だ下手人の目的は不明』

『ハイヴからの犠牲者は?』

『勧告を出して以降、クロウラーはもとより内勤の連中の被害も確認されていない。 その代わり、うちが管理してたり取引してる施設への攻撃は無視できないほど激化しているがね』


 如何にも兵士然としたクロウラーが問い掛けるのに呼応し、産油施設、発電所、工廠、そして都市外勢力の合同駐屯地等、軍事施設のみならず重要インフラの位置に攻撃を受けたことを示すデータが電脳空間に浮かぶ。


『民間公営問わず、襲撃を受けた施設はこれで50件オーバー。 こちらは例の狂人が襲ったのか否かも分からない。 パンドラシティに進出した企業は、何処かしらから恨みを買ってる連中ばかりだからな』

『本当に全てスレイヤーとやらの仕業か? テロ屋やギャング共が便乗してんだろ? 一晩でこれは流石に多すぎる』

『無いとは言い切れないが、そちらの捜査はPCPDの管轄だ。 我々は手出しを一切許されていない』


 我々が望まれているのは単純な暴力だけだと、コマンダーが明確に不満を露わとすると同時、一際目立つ姿をした人影が豪快に笑った。


『ハッ! 人様をアゴで使っておいて番犬扱いか。 何処に行っても警察の縄張り争いってのはみっともない』

『お前の古巣だろうピースキーパー』

『今のアタシは飼い犬じゃなく流れの狼だ。 首輪付きのブタのことなんざ知ったこっちゃないよ』


 パリッとしたスーツで全身を固めた狼女が自らの前歴を棚に上げてお巡りをコケにすると、話の脱線を恐れたコマンダーが強引に話を〆へ持っていく。


『ともかく警戒を続けろ。 この騒ぎを建前に、民自連や企業もこれ幸いと少なくない戦力を街に放出している。 いつどこで派手な抗争が起こるかも分からん』

『カスはカス同士で永遠に殺し合ってくれたら平和なんだがな……』


 電脳空間に浮かぶ人影のうち一つがボソリと呟き、0と1で満たされた天を仰いだ。


 ――瞬間、物理空間から完全に隔離されているはずの世界に轟音が響き、目が潰れるようなノイズとグリッチが電脳空間で漂っていた全員を襲った。


「ッ!?」


 一体何事だと状況を把握する間もなく強制ログアウトさせられ、ミサゴは咄嗟に窓際へ駆け寄ると、眼下に広がっていた光景を拝まされ唖然とする。


「馬鹿な……こんな真似までやりやがるのか……!?」


 街中を至る所に、爆炎が広がっている。


 農業区、工業区、商業区、軍管区、行政区、そして居住区とありとあらゆる場所が攻撃に晒され、焼け出された人々が着の身着のまま、泣き叫びながら逃げ惑っていた。 爆発の余波で飛び散った瓦礫の下には、多くの潰れた死体やそれに縋り付く人々の姿も窺える。


「クソッ!」

「どうするの?」

「助けるんだよ。 このまま放って逃げるワケにもいかない!」


 事態を察して立ち上がったアイオーンをミサゴは有無を言わさず伴い、ベランダから躊躇無く飛ぶ。 遠方からは今この瞬間も爆音や銃声が響き、くだらない考えで惑っている余裕など無かった。


「熱いよ! 誰か! 誰か助けて!」

「うちの子が閉じ込められてるの! お願いだから誰でもいいから手を貸して!」

「……言われずとも」


 大火が大通りにまで迫り、救助すら絶望的だと瓦礫の下に見捨てられた人々を、一人また一人と確実に助け出していく。 化け物を殺す為だけの機械も、この場に限っては大いに役立った。 人間どころか乗用車すら軽く踏み潰すコンクリート塊をまるで雪玉のように圧壊し、瓦礫の下に多くの人を捕らえた鉄筋の檻を溶けた蝋のように切断する。


「シェルターの場所は分かるな? 近くまで行けばPCPDの連中が助けてくれるはず」

「あぁ……、ありがとうございます!」


 煤塵と灰にまみれ、息も絶え絶えに這い出てきた人々をミサゴは一人ずつ助け起こし、崩落現場の奧へ奧へと突き進む。 それに追いすがるアイオーンは揺れる背中を黙って見つめ、自分が今出来ることとして地上へのショートカットを己が判断で開通させた。


 長いU字のトンネルを穿つ柔らかな紫紺の輝きが濛々と立ち籠める煤煙を晴らし、風に乗って流れていった紫の粒子がミサゴの目に留まる。


「……何故そうしようと思った?」

「だって皆は私達みたいに飛べないから……」

「そうか、誰も死なない分には何事も挑戦してみて悪いことはない」


 掘りあげられたショートカットを頼りに逃げていく人々の背に視線を向け、軽く頷くミサゴの表情は柔らかく、アイオーンの咄嗟の判断を彼なりに褒めていた。


 だが瓦礫の奧からくぐもった男の呻き声が洩れると、その表情は即座に強張る。 まだ助けられる命があると漆黒の拳がコンクリートの壁を砕いた先には、瓦礫に挟まれ足掻く男の姿があった。 体格こそ平均より逞しいとはいえ、普通の人間が何トンものコンクリートに身を阻まれてはどうしようもない。


「大丈夫か? しっかりしろ」

「ははっ……ありがたい……まさか本当に来てくれるなんて……」


 瓦礫の奥深くに一人放置され生存を諦めていたのか、助け出された男の声色は微かに暗い。 しかし幸運にもその恵まれた身体はほぼ無傷で、ミサゴが軽く障害物をずらしただけで男は自ら瓦礫の間から這い出てきた。


「本当にありがとう御座います。 何か一つお礼でもしなくては」

「そんなことはいいから、早くここから逃げろ」

「いや今すぐにでもお礼を受け取ってくれ。 ……この薄汚い芋虫ども」

「ッ!?」


 表情を隠しつつ立ち上がった男が呟いた瞬間、崩落現場を衝撃と共に凄まじい爆炎が呑み込んだ。 爆発の威力は下手な空爆にも劣らない。


「自爆だと!?」


 回避しようにもこの閉所では逃げ場は無く、咄嗟にシールドを展開して自らだけでなくアイオーンをも守り切らんとするミサゴ。 だが、爆風を切り裂くように飛来したガラスの輝きが、その試みを容易く破綻させた。


 ダダンッという床を踏みならすような遠慮の無い二度蹴りがミサゴの身を大きく弾き飛ばし、無秩序な破壊活動によって新たに造られた広場のど真ん中へ叩き付ける。


「くっ! こいつはまさか……」

「よぉ色男、随分面白いことやってたじゃないか」

「カケス……!」


 哄笑と共に頭上から降る忌むべき敵の馴れ馴れしい挑発に、ミサゴは激しい殺意を醸しながらブレードを振り翳して応えた。 大きく弧を描く斬撃は悲鳴のような風切り音を残して林立するビル群に真一文字の傷を刻むも、本命の身体にはあと一歩届かない。


 それどころか、身を翻したカケスは伸びたブレードの上を滑るようにしてミサゴへ躍り掛かると、目も眩むような瞬きと共に踵の刃を振り下ろした。


 身体の捻りと共に放たれた透き通る刃は、刀身に標的の姿を煌めかせるも、即座に突き出された漆黒の掌底が致命の一撃を拒み、弾き返す。


「惜っしい! やっぱこんな小手先のやり方じゃままならんよな」

「ふざけやがって……、わざわざ俺と遊ぶためだけにこんなテロをおっぱじめやがったのか!?」

「はぁ? 何でも俺のせいにしてくれるなよ。 今回のイベントの主催者は俺じゃない。 あくまで俺は前座添え物バーターに過ぎないのさ」


 一合、また一合と刃と刃、拳と蹴りが火花を散らし、その合間を縫って嘲りと唸りが殺意を伴って飛び交う。


「そんなことよりよぉ、お喋りしてていいのか? 何か大事なこと忘れてないか?」

「……っ!」


 光を伴う槍のような蹴りを強引に払い、カウンターにブレードを叩き込もうとした矢先に囁かれた戯れ言。 それは怒りに燃えていたミサゴの思考を一気に冷まし、焦りの沼に呑み込まんとした。


 アイオーンが見当たらない。 否、それどこか彼女が常々発している特徴的なエネルギーの波形すら捉えることができない。


「嵌めやがったな……!」

「そうだよその顔だよミサゴ君よぉ、俺ぁ君のその痺れるような眼差しが堪んなく隙なんだ」

「黙れ!」


 積極的に攻めるわけでもなく、かといって逃がすでもない、緩慢なる監禁とも呼ぶべき攻勢の中、ミサゴの遙か頭上で逆さの形に飛び上がったカケスはケタケタと笑いながら両手を広げた。


 悪趣味極まりない笑い声が木魂する中、新たな敵がミサゴの周囲に湧き出てくる。 死体と廃棄バイオアンプを無造作に組み合わせ、生み出された蘇生コズモファンズの群れ。 それらは少しでもミサゴをこの場に釘付けにせんと、幾百もの肉の波となって迫る。


「さぁ思う存分に遊ぼうぜ、あの媚びた小娘が肉の塊に変わるまで。あの時のようになぁ……」


 天や地に至るまで完全に包囲されたミサゴを見下し、カケスは喜びに浸りながら微笑む。


 怒りを通り越して憎悪に身を窶したその姿に、決して忘れ得ぬ血まみれの影を思い起こしながら


今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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