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スレイヤースレイヤー

「ハァーッ! ハァーッ!」


 無軌道な都市計画の果てに林立した廃ビルの中で、何者かの荒い呼吸音が木魂する。


 文字通り甲冑のような形状のパワードスーツに身を包み、陽炎のように揺らめく熱気を立ち上らせる人影。


 既に動かなくなった死体を尚も殴り、単なる筋肉と臓物のクズ山と化せしめた狂人は、何かに引っ張られたかのように猛然と屋上へ駆け上がると、手にした心臓をコンクリ床に叩き付け、赤い染みを咲かせた。


「まだだ……、まだ足りない!」


 骨片と肉塊が無数に散乱する鮮血の空中庭園にて、無限の怒りに突き動かされる彼は、砕け散った月を仰ぎ見ながら、全力で歯を噛み締める。


「奴等を揺るがすにはもっと骸がいる! 薄汚いサンシタどもの骸がもっと!」


 今日も煌びやかに輝くパンドラシティ市庁、グリードストリートに聳える不夜城、そして空を舞うクロウラーズリージョンへの憎悪を胸に、漆黒の影は音も無く宙高く飛び上がると、そのままネオン輝く摩天楼の中へと消えた。


 足場とした廃ビルに、強い鉄の臭気を残して。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ミサゴくん、ミサゴくん?」

「んぁ何だ……今日は予定が無い日なんだからゆっくり寝かせてくれ……」


 銃火もイミュニティの咆哮も程遠い、自宅のベッドでぼんやりと惰眠を貪っていたミサゴの耳に、聞き慣れた乙女の声が一切の遠慮も無く踏み入ってくる。


 何事かと眠い目擦りながら目を開けると、そこには人の布団の上で勝手にごろごろと寝そべるアイオーンの姿があった。


 何が面白いか分からないが、彼女はミサゴの目覚めを見届けると、口元を抑えて淑やかに笑う。


「さっきからパソコンがピコンピコン言ってるよ。 貴方に用があるんじゃない?」

「あー……、教えてくれてありがとうな」


 寝間着姿で人の毛布へ勝手に潜り込むアイオーンと入れ替わるように、ミサゴは大あくびしながらベッドからするりと抜け出てデスクへ向かう。 こんな朝っぱらから非番の人間に何の用だと、ただでさえ無愛想な顔を苛立ちでさらに歪めるが、メールボックスに突っ込まれていた文言を確認すると同時に、眠気が一気に霧散した。


「現在地上で待機しているクロウラーへ緊急通達だと?」


 人命を普段あれほど軽視する組織が今さら何だと、内心訝しみながらも渋々ジャックインを試みるミサゴ。 接続先のハイヴ内ネットワークには、既に連絡を受けていたクロウラーのアバターが殺到し、混乱の極みとなっていた。 空中には最寄りのデバイスからアクセスするロートルや、サイバーアンプを埋める金すらない駆け出しの顔が、ところ狭しと大量に並んでいる。


 これだけ大量のクロウラーが地上で暇を潰していたかと、ミサゴが余計なことを考えるも束の間、笑顔を振りまくエスタトゥアを伴ったテスラが、程なく電子会議場に姿を現す。


『おうおうおはようアホの諸君、今日も元気に生きてくれてて何よりだ』

『一体何事だ、人のビズ中に割り込んで来やがって』

『大した用でも無いならさっさと終わらせろ』

『無駄に勿体振りやがったらオメーらの頭をクレンザーで磨くからなハゲにネカマ』

『人様の話を聞くのにその態度はなんだお里が知れるぞ低IQども』

「前置きはいいからさっさと終わらせて下さい……、こっちはまだ寝足りないんだ……」


 登場早々、気が立っているクロウラー達に売られた喧嘩を喜んで買っていくネカマの遊びに付き合っていられず、さっさと話を進めろと遠回しに要求を送るミサゴ。


 それが受け入れられたかは定かではないが、司会進行を担うテスラが「それはそれとして」とジェスチャーを交えて話題転換すると、今まで半笑いだった彼の表情が険しく切り替わった。


 微かな殺気すら感じられる重い雰囲気は、今までやかましかった外野を一斉に黙らせ、状況の深刻さを暗に知らしめる。


『先日、ハイヴに所属するクロウラーが何者かの手によって殺害された。 死因は体内に埋め込まれていたアンプを無理矢理引き剥がされたことによる失血死。 加えて、念入りな死体損壊のおまけつきだ』

『別に珍しい話でもない。 アンプの力にかまけて群れなす傭兵どもに狩られるアホはごまんといる。 それにこの街は人死が日常の街じゃないか。 今さら騒ぐことでもないだろう』

『殺したヤツに問題があるのさ。 それなりの間ハイヴに所属している連中には“スレイヤー”と言えば通るだろう』


 しかめっ面のテスラが面倒臭げに紡いだ名は、相応の場数を踏んだベテランクロウラー達の表情を一気に強張らせ、採用されて日の浅い者達を大いに困惑させる。 当然それはフラクタスでの自由を許されて日が短いミサゴも同じ。


「何者です? 少なくとも賞金首では無いようですが」

『……数年前、たった一人でグリードストリートをシメるシンジケートの一角を潰した輩がいた。 抗争で家族を失ったらしいそいつは、元凶となったマフィアの一団を殺し尽くした後に行方不明になったんだが、何故か今さらになって戻ってきたと情報が垂れ込まれてる』

『待て、仮にスレイヤーとやらの犯行ならば、ハイヴが標的にされる理由が分からない。 ヤツは己の報復に無関係な者の殺戮を避けると聞いたが?』

『そんなもんは当時散々ばらまかれたゴシップに釣られた信者が嘯いたくだらん願望だよ馬鹿らしい』


 アバターの群れの中から飛んで来た疑問に心底軽蔑を露わにしながら、テスラは己のつるりとはげ上がった頭を一撫でして応じる。


『悲劇の復讐者? やり遂げた者? 仮面の貴公子? 馬鹿も休み休みに言え。 ヤツの無軌道な破壊活動に巻き込まれて死んだ連中がどれだけいると思ってやがる。 クリスマス連休中の観光地にナパームぶちこまれる以上の酷い被害が出たんだぞ当時』


 普段は決して表に出さないイライラを剥き出しに、状況を呑み込めないクロウラー達へ丁寧に噛み砕いて教えていくテスラの背後には、スレイヤーとやらの無節操な殺戮に巻き込まれた被害者の無惨な遺骸が無数に投影される。


 飛んできたビルの破片で頭を砕かれたサラリーマン、落下してきた鉄骨により上半身と下半身が泣き別れとなったキャリアウーマン、二人まとめて鉄筋に貫かれ壁に縫い留められた老夫婦、建材の下敷きとなった赤ん坊。


 その全てが、復讐という崇高なる錦の御旗の下でなかったことにされた悲劇だった。


「惨い……」

『だからこそ、ヤツが再び全力で暴れ出す前に対処する必要があるのだ』

『だがPCPDの要請が無ければアタシらも容易に動けないだろ? アタシらが無理にツラを突っ込んだら市議会も黙っちゃいないはず』

『そのPCPDからも応援を頼まれたと聞いたら、どうする?』

『何だと? まさかそいつは官憲すら手にかけたのか!?』


 画面に向かってグッと身を乗り出す狼女の問い掛けに、テスラはただ首を縦に振ることしかしない。


『残念だが既にこれはハイヴ内に留まらず、フラクタスの上で生きる全ての人間に降りかかる災厄となっている。 このまま放っておけば人的資源から不動産まで、あらゆるものがくだらん八つ当たりという名の破滅に巻き込まれるだろう』


 既にうちに協力してくれる企業や施設にも多大な損害が出ていると、深刻に語るハゲの背後には、住まう人間ごと無惨に破壊されたビル群や、今も懸命に行方不明者の捜索が続くメガストラクチャーの悲惨な光景が映し出される。


『これ以上街へ被害が出る前に、ヤツを確保もしくは殺害する。 それが今回お前らがやるべき仕事だ。 相手が一人だろうと油断するな。 ヤツは自分の身勝手の為ならクソみたいなお題目を撒き散らしながら赤ん坊だろうと平気で戦闘に巻き込む。 殺しに行くなら決して一人では近づかず、発見次第即座にアラートを発令し集団で殴れ。 詳しくは添付資料を参照しろ』


 諸君らの健闘を祈る。 〆の言葉にテスラらしくない言葉が紡がれた瞬間、電子会議場から切断され、ミサゴの意識は強制的に現実へ回帰した。 長々と説明を受けたはずだが、リアルタイムではまだ数秒しか経過していない。


「復讐か……」


 PCに繋いだコネクタを引き抜き、椅子の背もたれにぐっと身を預けながら、ぼんやりと天井を仰ぐ。 普段なら犯罪者の背後事情など一切興味が湧かないもの。 しかし今回に限ってミサゴは、この外道を狂わす衝動の強さをほんのりと理解していた。


「やるなら、身の丈に合う形で終わらせれば良かったのにな」


 ふと脳裏に甦るは、鮮血と泥濘が入り混じる外道の死体の山を踏みにじる己の姿。


 まだ完全な生身だった頃の記憶と形だけは似通う非道に、無愛想な男は思わず顔を顰め、ため息をついた。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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