0と1の狭間に生きる者
ぎゃあうぎゃあという奇声を上げて迫る肉人形達の間を、うねるような剣閃が奔り抜ける都度に無惨な分割死体がボトボトと地面を転がる。
さらさらと一刻一刻形を変える砂上を彩るのは、イミュニティ共が撒き散らす汚らしい緑ではなく地球上の高等生物が流す赤。 この星で地道に生きてきた命だけが流すことを許される艶やかな色彩。
「背乗りのクズどもが……」
もし平時であれば後続の為に余さず処分していくつもりだが、生憎今は雑魚相手に遊んでいる暇は無い。 ポッドに残した民間人や同僚の無事、そして何より激しい攻撃を受けグッタリとしたアイオーンの様子が気掛かりで、ミサゴは普段より強く気勢を上げながら強引に敵陣を突破していった。
当然、無視されたメンツはナメられたと言わんばかりに激昂し追いすがらんとするが、殺戮の臭いに惹かれて新たに集ってきた破壊的なイミュニティの群れに呑み込まれると、何一つ抵抗できずあっさり全滅していく。
当然、食い付いた餌が無くなったとなれば、次に狙われるのは最も近くにいる生命体に他ならない。
「入れ替わり立ち替わりに雑魚が鬱陶しいな!」
「はっ! 誰が相手であろうと某らの為すべきことは大して変わらぬ!」
飛翔するミサゴのすぐ真下を、雷鳴の如き大音声をあげながら駆けるランパート。 その背後には魚の姿を模した中型イミュニティがおびただしい群れを成し、追撃してくる様子が窺える。
ただの軍隊相手であれば、兵が潜む塹壕ごと陣地を軽く平らげるおぞましき存在。 しかし単純なタフネスも機動性も人間とは比較にならないランパート相手では話が違った。
「身の程も知らぬ痴れ者共が! 死ねいっ!」
対面に立つ者を張り倒すような怒号が轟くと同時、軽く食い尽くせるだろうと迂闊に飛び出したイミュニティ共は片っ端から槍の餌食となり、無数の骸を転がす羽目となった。 さらに砂に潜って並走してきた連中も尽く馬蹄で踏み潰された挙げ句蹴り飛ばされ、先に死んだ同胞の後を追う結果に終わる。
自らのタッパと数だけに物を言わせ、考えも無く突っ込んでくる化け物など敵にすらなり得ない。
「ぐわあははははは! ヌルいヌルい!」
「あまり気を抜くなよ。 そろそろ通信妨害エリアの中心に到達する。 一体何が出るやら……」
大きく槍を振り翳し見栄を切ってみせるランパートを尻目に、ミサゴは左眼の電子光を目標座標へ定めながらスキャンを起動した。 物陰に隠れた肉人形や砂の中に潜む化け物共の姿、そして大人しく腕に抱かれたアイオーンのバイタルデータ等、全く新しい事柄がアンプを通して続々と伝えられる中、場違いな既知の情報が一つだけ紛れ込む。
その瞬間、ミサゴは思わず目を見開いた。
「馬鹿な、ここはまだ人類未到の地の筈だぞ!?」
未開の地に決してあるはずのないものが、肉人形の群れに守られ聳え立っている。 不気味な稼働音を放ちつつドーム状のパーツを動かすそれは、敵の接近を感知するとけたたましく警報を鳴らし、付近に潜むイミュニティの群れを小賢しくも招き寄せた。
ワーム、トカゲ、そして蜘蛛型と多彩な姿をした化け物共が、絶えずうわごとを呟く肉人形共々、フラクタスにいるべきではない生命体を食らうべく迫る。
「アレについてなにかご存じですかな? 少なくとも某の文明には無かったものだ」
「地上でも運用されてる広域EMP発生装置。 それもテロ屋やゲリラ程度ではまず手が届かない最高位モデルだ。 一体誰がこんな大袈裟な物を……」
「考えている暇はありますまい。 考えるより先にあれの対処を。 敵が意図して設置したのであれば恐らく本隊も……」
「言われずとも!」
ぐったりと動かないアイオーンをしっかりと抱え直し、ミサゴは殺意を剥き出しに叫ぶ。
腕の中で微かに己の名を呼ぶ乙女を何としてでも生かして還すべく、アシンメトリーの影が膨大な紅炎を吐き出し、身を跳ね上げた。
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「やめろ! 何をやっているガキ共!?」
「やかましいぞ偉そうにしやがって死ね」
「なっ……ギャッ……!?」
「やっちまえ! 俺達をアゴで使った豚共を殺せ!」
無軌道な暴力の波が、脅威を完全に排除しセーフゾーンとなったはずの探査ポッド周辺へと広がっていく。 突然一斉に狂乱を起こした若い鉱夫達は、自分達の狂気に同調しない者を片っ端から襲い、惨たらしい撲殺死体へ変えることを躊躇しなかった。
「情けねぇ、こんなへなっちょろい雑魚の老害にビビってたのか俺達は……」
「これからは俺達の好きにさせて貰うぜジジィ共! 俺らのイライラを思い知れ!」
力と威圧による支配は一度覆ったが最後、引き摺り下ろされた者に待ち受けるのは死あるのみ。 次に死すべき者は誰か? 気に食わない上司だった男を叩き殺したばかり狂人がニタニタと笑いながら血塗れの頬を拭った。
――瞬間、にこやかな表情を浮かべた顔面にピンポン球より大きな風穴が開き、狂人は己が死した事実も分からぬまま大の字になって倒れ伏す。
「……ああ?」
下卑た笑い声に満ちていた空間がしんと静まりかえり、狂人達は反射的に銃声が鳴った方へと顔を向けるも、先に死んだ狂人と同じ末路を歩む羽目となった。
彼らが最期に見たのは、天秤のシンボルが刻まれた白銀の拳銃を小さなスタンスで油断なく構えるリーブラの姿。 射撃戦に秀でるセンサーへ置換されている彼女の目は、後々狂人達を雇用していた企業に提出するための映像を、克明に撮影している。
「敵か?」
「敵だ!」
「殺せ!」
そうとも知らず、生き残りのベテラン鉱夫を執拗に追い回していた者達は標的をリーブラへ変更すると、工具を振り翳し一斉に躍り掛かった。 たとえ上位のクロウラー相手だろうが数で押せばどうしようもないはず。
素人らしい小賢しい考えだったが、それも背後から音も無く現れた巨漢に頭を握り潰されたことで途切れた。
「……コズモファンズの局所的大量発生なんて初めて見たわ。 こんなことで一生分の幸運を使い切りたくなかったのだけど」
「泣き言吐いたってしょうがないでしょ。 アタシ達に出来ることなんてたかが知れてるじゃない」
握り潰した死体をゆっくりと寝かせ、拝むように両手を合わせながらゴリアテが腰を据えると、装着していたアーマーが肉体の隆起と呼応してパンプし、シルエットをさらに巨大で厳つく変える。
隔離空間において医療機器の電源が絶えた事態を考慮し、基礎身体機能を向上させると共に装着者自身を大容量の生体発電機として利用可能とするバイオアンプ。
それが最前線に立つ衛生兵として彼に埋め込まれた力だった。
「少しでも人に近い間に殺してあげる。 これがアタシらが唯一してやれる慈悲だと思いなさい」
肉体の変容を完了させたゴリアテが哀れむような表情をしながら呟くも、物理的現象として出力された結果は極めて苛烈かつ無慈悲。 恵まれた巨躯を生かした容赦ない電撃を伴うぶちかましは、まともに受けた敵は当然として、余波で轢殺された者の身体すらも易々と飛び散らせ即死させた。
スラッシャー系ホラームービーが陳腐に感じるほどの惨々たる光景がポッド内で繰り広げられるが、狂人と化してしまった鉱夫達が恐怖におののくことは無い。
「殺せ! 俺達をナメたカス共を殺せ!」
「分からせてやる! 分からせてやるぞ!分ガァアッ!?」
「頭も顔も性根も歪んだカスが五月蠅いわね」
頭部を吹き飛ばされ、その場に崩れ落ちたコズモファンズの体へさらに銃弾を撃ち込みながらリーブラは舌打ちをする。
少なくとも情を露わとするゴリアテと異なり、リーブラの立ち回りは何処までも効率的且つ冷徹。
タレットから放たれていると誤認するほど正確なバースト射撃が、向かい来るコズモファンズらの眉間と心臓へ容赦なく叩き込まれ絶命させていく。 床を跳ねる薬莢が刻むリズムに狂いは無く、チャリンチャリンッと小気味良い音が鳴る都度に、命だったものがどうっと倒れ込んだ。
CPUと動力部を破壊されてはどんな優秀なマシンも沈黙する他無いように、どんな狂人も脳と心臓を破壊されたら死ぬ他ない。
「今まで何の予兆も無かったのにこの始末。 きっとあの子らが何か見つけたに違いないわね」
「それは貴方の希望的観測でしょう?」
「情熱的な乙女の感はよく当たるのよ」
「……そう」
今さらツッコむのも野暮だと感じたのか、ゴリアテの戯れ言にリーブラは極めて曖昧な返事だけをしつつ手にした拳銃をリロードしていく。 弾丸は腐るほど積んでるため弾切れの心配こそしばらく無いが、蓄積する精神的疲弊に誤魔化しは効かない。
「最近デスクワークばかりやってたツケね、これは」
額を流れ落ちる汗を拭い、疲労に霞む目を擦りつつ壁に背中を預けるリーブラ。 しかし彼女は自身が何気なく取った行動が一つおかしいことに気付く。
「……私の視界が疲れで霞むはずが無い。 私の今の目は人工物なのに」
何かがおかしい。 彼女は咄嗟に己のアンプに搭載された診断プログラムを走らせ、自身の状態を把握しようと足掻くが、全ては遅すぎた。
ゴリアテに自身を襲った異変を伝える暇も無く、リーブラの意志は自身に埋め込まれたサイバーアンプの中へ呑み込まれていく。
「何……これ……」
『やっとお眼鏡に叶う個体が見つかった。 基礎性能、インストールされた知識、社会的地位に至るまで全て我々が使うに申し分ない。 だが、このプリインストールされた自我だけは邪魔だな』
「……っ!!!」
無数の数字が無限に飛び交う空間の中、我が物顔でそこに君臨していたのは、少なくともリーブラが認識したことがない言語によって肉体?を構成された無形の存在。 あらゆる情報を取り込み己がものとする“生き物のようなもの”は、リーブラの自我を取り込むべく触手を伸ばすと、サディスティックな本性を露わに笑う。
「アンタがあの子達を……、アンプを利用して憑き殺したのね……」
『殺したと? 勝手に同胞殺しをしたのは貴様だ原始人。 我々はただ“借りただけ”だというのに』
「みっともない屁理屈……、高度文明人様とやらのお里が知れるわ……」
『何とでも言え。 どのみち貴様の身体は我々の新しい器となる。 この未開の惑星に築かれる新たな高度文明の礎となれることを、光栄に思うがいい』
どこまでも傲慢不遜自分勝手な“道理らしきもの”を説きながら、リーブラの自我を論理的に呑み込まんとする邪悪なる電子生命体。 既にその視線は地上へ進出した後に向けられ、無知蒙昧たる未開種族に一方的な電子的虐殺を行う様を夢想し、笑っていた。
突如電子空間に現れた白銀のブレードによって、形無き論理的肉体を貫かれるまでは。
『は?』
今まで余裕に満ちていた邪悪なる者の思考が、一転して焦燥と恐怖に塗り替えられる。
『馬鹿なありえない!? 何故原始人如きが我々へのアンチプログラムを!?』
「……ッ!」
自我を削除されかけ朦朧とする意識の中、リーブラが目撃したのはアンプ同士を直接接続することで電脳空間へ侵入を果たしたミサゴ。 0と1で構成された論理的肉体は現実の物とは異なり朧気ながらも、殺意に満ちた瞳は赤々と燃えていた。
『おのれ原始人の分際で! チクショウ死にたくねぇ!』
「テメェの意味分からない道理なんて知らねぇよさっさと死ね」
『ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
どこまでも冷徹な宣告に、不定形の化け物は身を悶えさせながら抵抗を試みるも徒労に終わる。
かくして、何の確証も無く自分が相手より高貴だと思い込んでいたゲスは、原始人と見下していた生き物により論理的肉体を真っ二つに引き裂かれ、その存在を永遠に抹消された。
「貴方どうして……どうやってヤツを……」
「分からないとしか言いようがありません。 またあのハゲに詰問されることが一つ増えた」
戻った後に起こるであろう一騒動を思うと面倒でたまらないのか、ミサゴはフーッと苛立ちを誤魔化すように息を吐きつつ天を仰ぐ。
しかし、リーブラが辛うじて命を落とさずに済んだことにホッとしたのか、彼女を見る目は優しく穏やかだった。
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