テクノマンシー
イミュニティ共によって掘り抜かれた広大な坑道を、幾筋もの紫紺の光迅が疾駆する。 まともに目視すれば容易に目を潰す程の光量を秘めたそれは、加工された人肉を運び終え一息ついていた化け物共を容易く貫き、瞬く間に屍の山を築いた。
数だけ勘定すれば凄まじい大戦果だが、アイオーンの真下を駆けるミサゴとランパートが警戒する大型個体の姿は無い。
「殺せたのは数だけが取り柄の雑魚だけか。 他の大物連中は何処に消えた?」
「近くに潜んでいるのは確かでしょうな。 あれだけの大軍勢を率いた大将格が容易に引き下がれんでしょう」
対EMP装備に身を固め、ハリネズミ状にアンテナを生やしたランパートが注意深く索敵を行いながらランスを構える。 そして何を思ったか突然高々と跳躍すると、落下の勢いそのままに馬蹄を地面へと叩き付けた。
ドォンという重い音の波動が地に放射状のヒビを刻み、大気を激しく震わせる。 人間の聴覚程度なら驚いた程度で済むが、聴覚を主に用いて活動する化け物共はそうもいかない。
たちまち周囲の地面が沸騰したかのように波を打つと、巨大なワーム型イミュニティが頭からおびただしい血を垂れ流しながら、進行方向上に何匹も無防備に飛び出した。
大した考えも無く甘えで宙に身を晒し、落下してくる彼らを待ち受けるのは、重戦車の正面装甲すら容易く貫く馬上槍の穂先。
空中制動できない落下物など最早的に過ぎない。 その証明のようにランパートが突き出したランスはイミュニティ共の土手っ腹をまとめて貫き、滝のように血の雨を降らせた。
「ムハハハハハ! 本気で見落とすと思うたか? 未熟千万! 死を以て贖えい!」
首級を高々と掲げるようにイミュニティの死体を大きく持ち上げたランパートは、トドメとばかりに前方へ死体を投げ捨てると、強靱な馬蹄でそのまま踏み躙り蹴飛ばす。 ここまでほんの僅かな間。 ミサゴがサポートに回るまでも無い。
「俺達じゃ到底真似できない戦い方だ。 頼りになるよ」
「礼には及びませぬ。 今の某にはこれくらいしか出来ませぬ故。 この忌々しい身体でさえなければ」
「……無神経なことを言って悪かった」
「そなたに罪は御座らぬ。 どうか気に病まれぬよう」
ランパートが本来どういう経緯で異形の肉体へと変えられたのか、ミサゴは未だ詳細を聞かされていない。 それを重々承知しているのか、四つ足の好漢が見せる赦しの姿勢は実に寛大だった。
「それよりも、ヤツらが適当に放り出した部品の方が気掛かりですな。 それなりの知性を有しているならば敵の物品を無傷で放置などしますまい」
「……そうだな」
ランパートの頭部で蠢く複眼が眺める先に放置されていたのは、体組織がべっとりとこびり付いたサイバーアンプ。 食用として加工する途中に邪魔とみなされたのか、それなりに高価な電子部品が無造作にあちこちへ散乱している。
現状打開に繋がる有益なデータが含まれている保証は無いが、今は少しでも情報が欲しい。
「仕方ない。 俺が潜る他に無いか……」
「申し訳ない。 あいにく某にはそなたらの機械の仕組みを知らぬ」
「アンタのトコの機械がうちと全く同じ道理で動いてたら、うちのエンジニア共が卒倒しちまうよ」
お手上げとばかりに肩を竦めるランパートへ何気なく返しつつ、ミサゴはハッキング用に変形させたブレードの先端を端子へ突っ込み、アンプ内のシステムへ侵入を果たした。
「毎度のことだが慣れないな……」
たちまちのうちに視界を埋め尽くすサイケデリックな電子的光景は、本職のハッカーでもないミサゴの気力を大きく削る。 それでもミサゴの意識が電子空間内での直感的活動を可能とするのは、ノーザンクロスに秘められた多岐に渡る機能の一つに他ならない。
「兎に角、何があったのかだけは教えて貰おうか」
電子空間内を飛び回るデータへ片っ端から目を通し、何かめぼしいものが在れば拾い上げていく。 作業開始から襲撃発生までのタイムライン上、イミュニティの不審な行動や異常な現象の兆しは無かったか。 それを探るうち、ある一つの記録がミサゴの目に留まった。
「コズモファンズ認定者発生記録だと?」
救援を即時要請できない環境での狂人の出現は、現地作業員の全滅を容易く招く。 故に万一発生した場合、即座に該当職員を隔離しチーム全体で対処しなければならないはずだが、こんな重大な事を伝える者は誰一人としていなかった。
何かがおかしい。 そう察知したミサゴが咄嗟にシステムからの離脱を試みた瞬間、閲覧中のデータ内に潜んでいたデーモンがログアウトを妨害する。
「クソッ!」
嵌められたと歯噛みするも束の間、電子空間内に浮かぶミサゴの意識めがけて、不定形の何かが死角より悪意を剥き出しにして殺到した。 0と1のノイズを帯び、地球外の文字らしき紋様を体表に浮かべるそれは、ミサゴに存在を捕捉されたことを理解するも意味も無く徹底的に見下し余裕綽々に囀る。
『ありがとう原始人。 その身体僕にくれるんだよね?』
「んだとテメェ! 今すぐ俺の電脳から消えろ!」
『何っ!? アガァアアア!!!』
電子的世界であろうと、相手が明確な敵ならやることは変わらない。 現実空間と同じ感覚でミサゴがブレードを振るった瞬間、名も分からぬ存在はけたたましく叫びながら消滅し、意識も無事現実世界へとログアウトされる。
「ふざけやがってチクショウ!」
「落ち着き召されよ、そなたが潜ってまだ10秒も経ってない」
「ちんたらやってる暇はない! 俺達はもう罠にかかってる!」
「なんと!?」
殺気だった返答に戸惑うランパートを一人置いて、ミサゴは急ぎ飛翔した。 向かう先は一つ。 雑魚を焼き殺しつつ先行したアイオーンの反応を感じる場所。
そこではアイオーンが、過剰に怯える仕草をしながら蹲る作業員らしき人影に手を差し伸べていた。
「もう大丈夫。 敵はもうやっつけたから心配しないで」
恐怖に震える男へ微笑みながら手を差し伸べる姿は、人として間違いなく在るべき姿。 だが彼女は慈悲を示した相手が悪意に塗れていたことを知らない。
「アイオーン!そいつは違う!」
「え?」
血相を変えて叫ぶミサゴの言葉に困惑し、思わず無防備に振り返るアイオーン。 その隙を見逃さず、瞬く間に腕だけを半端に巨大化させた人型の化け物は、自慢の拳をアイオーンの腹部へ容赦なくめり込ませると、腕を振る勢いそのままに思い切り殴り飛ばした。
ただ大雑把に腕を薙ぐだけの単純な動作だが、成人女性程度の質量を吹っ飛ばすにはそれだけで十分。
「ンアアッ!?」
味方と思っていた者に突然襲撃されてはバリアを張ることもままならず、アイオーンの華奢な身体は深いくの字に折れ曲がり、ほぼ直線の軌道を描いて飛んだ。
「アイオーン!!!」
普通の人間ならば四散ほどの勢いで岩肌に叩き付けられる寸前、猛スピードで飛来したミサゴが、ぐったりとしたアイオーンを辛うじて身体ごと受け止める。
ゲホゲホッと激しく咳き込み激痛に身を捩らせるアイオーンの姿を見つめる赤い瞳は、普段の死んだ目が嘘のように感情の光に揺れていた。
「ごめんなさいミサゴくん……私……」
「気にするな、フォローが間に合わなかった俺が悪い」
目を伏せて詫びるアイオーンの言葉を優しく遮りながら、ミサゴは軽く首を横に振る。 ハイヴ直々に彼女を護るよう命じられたのは自分。 だがこの体たらくは何だと、回避運動を継続しながら己を責めた。
だが生憎、今は反省する時ではない。 周囲に渦巻く殺意を尽く斬り伏せ、アイオーンを守り抜くことが急務だとスラスターの出力を全開にする。
「ううっ……」
「少しだけ耐えてくれ、俺は君ほど丁寧には飛べない」
「貴方と一緒なら平気。 だから変に遠慮しないで」
「……そうか」
アイオーンの言葉に頷いて返すミサゴが見おろす先では、アンプを介し完全に制御を奪われた元鉱夫達が、通信妨害の根源を断たれることを一秒でも長く防ごうと蠢いている。
「惨い」
ミサゴは思わず呟き、哀れみの篭もった眼差しを投げ掛けるも、それが肉体の本来の持ち主に届くことは決して無い。 彼らの救いになることはただ一つ。 操り人形と化した骸を葬り、死後の尊厳を護ってやることだけ。
磁気化した介錯の刃が闇の中を音も無く閃き、単なるアンテナと化した元鉱夫達の頭部だけを正確に斬り飛ばす。 己の肉体を持たぬ敵の現実への干渉を防ぐ手段は、今のところこれ以外にはない。
「仇は必ず引き摺り出して殺してやる。 ……赦せ」
自分が既に殺されたと分からぬまま倒れ伏していく人々の姿を一人また一人と一瞥しながら、ミサゴは高々と宙を舞った。
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