岩盤下の牢獄
「そんな! すぐ帰れるんじゃないんですか!?」
「これ以上工事を進めるなんて無理だ!」
「せめて援軍を下さいよ! 腐るほどいるでしょう!?」
「怪我人がデカい声張り上げて騒がないの。 せっかく死なずに済んだのに治りが悪くなるわよ」
傷病者で一杯になったポッド内に、いきり立った若い鉱夫達のみっともない泣き言がわんわんと響く。 先ほどまで絶望のどん底に叩き込まれていたにしては妙に元気なその一団は、ゴリアテとミサゴに護られたリーブラの顔を生意気にも睨め付けると、足りない脳味噌をフル回転させて食ってかかっていた。
騒動のきっかけは周辺に屯していたイミュニティを掃討後、ポッドに搭載されたAIが帰還を拒んだこと。 その原因を把握しているリーブラは、顔色一つ変えず現状を淡々と説明するのみ。
騒いだところで状況が改善するワケでも無いと、極めて合理的な彼女の態度はかえって暴徒化寸前の単細胞共の神経を逆撫でし、怒りを煽る。 躾のなってない飼い犬を見るような冷たい視線は、ただでさえブルーカラーであることにコンプレックスを抱く彼らの安いプライドを過剰に刺激し、荒い語気として飛び出した。
「俺達はさっさと帰りたいだけなんだから邪魔すんなよ!」
「何度も言いますが、帰還ナビ機能が何らかの原因で阻害されている今、無理な撤退を行えば遭難の可能性があります。 普段からフラクタスに潜ってる貴方達なら説明不要だと思いますが?」
「ふざけんな! 上に帰るだけなんだからずっと上に掘ってれば帰れるに決まってるだろうが!」
若さ故の根拠の無い全能さと数の勢いに物を言わせ、半人前以下のアマチュア共はハイヴの代理人であるリーブラに食ってかかる。 その様を見せ付けられたベテラン鉱夫達の顔面が怒りと絶望の高速反復横跳びの果て、しおしおに萎びきっていたことも知らず。
「全くしょうがないわね」
馬鹿相手にいくら丁寧懇意に説明しようが埒があかない。 ならば立場を分からせるに尽きる。 さり気なくリーブラから向けられた視線から意を汲んだゴリアテは、彼女を護るようにさり気なく身を乗り出すと、和やかに微笑みながら口を挟んだ。
「いい加減にしなさいよアンタ達、さもないと……」
「あぁさもないと?何だ?」
「性自認を女の子にしてあげるわよ。 死ぬまで」
「う……っ」
彼(彼女?)の粘つくような眼差しからどんな目に遭わされるか察したのか、向こう見ずな馬鹿共は驚くほどあっさり引き下がると、他に収容された鉱夫達の中へ逃げるように紛れていく。
「ふんっ、つまんないわね最近の子は」
デカい口を叩くわりにはトンだ根性無しだと2mを超える巨漢のオカマが失望混じりに肩を竦めると、厳しい表情を浮かべていたリーブラの口端が僅かに緩む。
「悪いわねゴリアテ、面倒を押し付けてしまって」
「いいのよ困った時はお互い様でしょ? それにいたずらに血を流して遺恨を残すわけにもいかないじゃない」
フーッと長く息を吐き、忍ばせていた拳銃から手を離したリーブラが軽い手振りを交えて謝意を示すと、ゴリアテは小粋にウィンクして返す。 既に組んだ経験があるのか、彼らの間で交わされる言葉は意外にも柔らかい。
しかしリーブラはすぐさま現場指揮官としてあるべき表情を取り戻すと、今度はビクビクしっぱなしのベテラン鉱夫達へ冷たい視線を投げ掛けた。
翅付階位に列せられる=企業の末端社員など歯牙にもかけない戦闘能力を有するとよく知っている荒くれ者達は、ただみっともなく頭を下げることしか出来ない。
「部下の教育がなってないわね。 それとも私がナメられてるのかしら?」
「すいません全て我々の指導不足です。 騒動に巻き込まれるまでは真面目に仕事をこなしてきてくれたんですが、まさかこんな猫を被ってたとは」
「言い訳なんて必要ないわ。 私が貴方達に要求するのはあの素人達へちゃんと教育を叩き込んで貰うことだけ。 ……少なくとも今のところは」
貴方達の命を握っているのを努々忘れるなと、言外でそう伝えるリーブラの表情は何処までも冷ややかで恐ろしい。 一人また一人と向けられる視線に耐えられず引き下がっていく中、彼女の周囲にはクロウラーの同胞だけが残された。
「フラクタスの調査はアクシデントが常と言っても、こうまで嵌められると腹立たしいわ」
手元に残された情報と現状を鑑みたリーブラは暫し熟考した後、視線を今まで黙り込んでいたミサゴの方へと向ける。
「ピルグリム、貴方にはこれより地下出身の二人を連れて不審なエリアの探索に向かって貰います。 これはお願いではなく命令です」
「別に構いませんがよろしいんですか? 俺の仕事は貴女の護衛だったはず。 それにアイオーン達まで連れて行くとここの戦力がガタ落ちしてしまう」
「心配しないで、上から一緒に持ってきた武器を回収した人員に持たせれば十分戦えるし、万が一の時にはゴリアテは勿論、私も戦線に出る。 自分の身もロクに守れない役立たずの置物がハイヴで重用されるワケがないでしょう」
普段の無愛想な態度に反し、心配げな目付きで見つめてくるミサゴの顔がおかしくてたまらなかったのか、リーブラは思わずクスッと笑うと、収集したデータをミサゴのアンプへ送信する。 掘削ポイントを中心に不自然に広がる通信阻害領域の存在。 それはネットワークの知識が豊富で無いミサゴですらも、異常な状況下にあるということが改めて察せられた。
「恐らくここに引き籠もっていても問題は一向に改善しない。 私達にちょっかいを出してる陰険野郎を引っ張り出して叩き潰さなければ恐らくジリ貧になる。 それに貴方も、あの子だって足手まといにウロウロされるよりはずっと戦いやすいはず」
そうでしょ?と問うリーブラの冷徹な眼差しの先にあったのは、ワケも分からずきょとんと首を傾げるアイオーンの姿。
組織に属する一人の人間としてでなく、凄まじき兵器としての期待を向けられてるとは知る由も無く、無垢なる乙女は華やぐような笑みを返した。
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