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狩る者と狩られる者と

 ぎゃあうぎゃあと、ヒトか化け物かどちらのものとも知れない悲鳴が暗黒空間に木魂し、赤と緑の血飛沫が、運び込まれた重機や地面を汚す。


 大勢は既に決したと言って過言ではない。 いつしか鳴り響いていた警備タレットによる銃撃も止み、岩壁に開けられた複数の大穴から湧き出したイミュニティ共により、倒れ伏した死体の多くが肉団子へと加工され、いずこかへと運ばれていく。


 腐ったような臭気が立ちこめ、人だった物が食肉として消費されるのをただ待つ地獄が、陽の光が決して届かぬ地の底で繰り広げられる。


 だが、全ての鉱夫達が怪物の胃袋に収まることになったワケでは無い。 僅かに生き残った鉱夫達は物資搬入用大型ポッドを拠点として立て籠もり、結集したハイテク工具やユンボを駆使して未だ抵抗を続けていた。


 大柄の鉱夫らが振り翳す削岩機や鉱物カッターが、侵入経路を制限され袋の鼠となったイミュニティ共を粉微塵に破壊し、無数のバラバラ死骸を積み上げていく。


「はっはぁ! 岩より柔こいのなら我らに殺せん道理は無い! このまま押し返せ!」

「押し返せって、どれだけ殺したら終わるんだよお!?」

「黙れ、既にSOSは発信してる。 助けがくるまで持ちこたえろ。 出来なければ死ぬだけだ」

「なぁに確立はいずれ収束するんだ。 いつか来る! きっと来る! 必ず来る! ……多分来る! だから口からクソを垂れる前に手と足を動かせガキ共!」


 あまりの戦力差に絶望する若い鉱夫達の醜態を余所に、ベテラン鉱夫達は自らを鼓舞するよう軽口を叩き合いながら工具を構える。 長年過酷な現場を生き抜いてきただけあってその精神は極めて強靱であり数十秒、数十分、数時間と戦い続けても決して疲労に屈することはなかった。


 何も考えず無心となって、血に塗れた装甲タイル床を踏み締め、正面から向かい来る敵へ工具を突き立てる。 岩から肉へと標的が変わっただけで、仕事内容に大した違いなど無かった故に。


 もっとも、対するイミュニティ共もただ黙って殺られ続けているワケでは無い。 正面突破が難しいと判断するや、小賢しくも標的を戦闘員から地形そのものへと変えた。


「おい待て、一体何の音だ!?」

「ああああ! こいつらポッドを壊そうとしてる!!!」


 今まで感じなかった異音を訝しんだ鉱夫が声を張り上げて情報を求めると、監視カメラを注視していた若い鉱夫が絶望的な悲鳴をあげて泣き叫ぶ。 彼が見てしまったのは、高度に組織化された破壊行為。


 地の利を相手に取られたのなら厄介な地形ごとまとめて更地にしてしまえばいい。 盤上どころか卓自体を破壊するような強硬手段に、タフな態度を貫いていたベテラン達すら流石に危機感を覚えた。


 イミュニティ共が一斉に吐き付ける未知の劇毒に加え、群れ全体の質量と勢いが作り出す爆発的な破壊力には、戦闘用でもない調査ポッドの耐圧殻では耐えられない。


「ひいいい! もう駄目だ!!!」


 外部の詳しい状況が分からずがむしゃらに戦うしかないベテラン鉱夫達と異なり、監視役にとって破滅が見えていることが逆に不幸だった。 迫り来る巨大イミュニティが爛々と剥き出しにする牙と、光の届かない真っ暗な喉奧が若い鉱夫達に絶望をもたらす。 どれだけ抗おうと結局は徒労だったと。


 ――その時だった。


 突然、淡い紫紺の光が豪雨のように降り注ぎ、群がる小型イミュニティ共を余さず焼き尽くしていった。 ジュウジュウと音を立てる死体の山の中で立ち尽くすのは、思わぬ攻撃に動揺した中~大型のイミュニティ共だけ。


「何だ? 一体何が起こっている!?」

「こんな滅茶苦茶な兵器見たことねぇぞ……」

「お……おい! これを見ろ!」


 あまりに現実離れした光景に思わず工具を取り落とし、戦うことも忘れて膝をつく者すら現れる中、誰かがモニターを指し示すと、こぞって齧り付くように覗き込む。


 そこに映し出されていたのは紫紺に輝く光の翼を雄々しく広げ、高々と魔杖を掲げる魔女の姿。


 曼荼羅めいた極彩色の後光を背に、全身に刻まれた茨状の紋様から光線を迸らせる姿は、窮地に立たされた鉱夫達から見ればまさに女神そのものだった。


「人間なのか? あれは?」

「違う……神だ……こんなところに神が……」

「まだ終わっとらんぞ馬鹿共! しっかりせんか!」


 完全に危機が去ったと早合点する若い衆を叱り飛ばし、ベテラン鉱夫達が工具を担いでポッドの外へと飛び出していく。 彼らが殺意の矛先を向けたのは、未だ生き残っていたガタイの良いイミュニティ共。 突然の横槍で勢いこそ削がれたものの、軽く人間を殺せる脅威は未だ健在。 身の振り方次第では全滅すら視野に入る。


「神だと? そんな都合の良いものがあるものか」

「そうとも、見苦しく足掻き続ける者だけがこの地獄で救われるのだ」


 ツキに見放された。 たったそれだけで死んでいった仲間の断末魔を思い起こし、ベテラン鉱夫達は悪鬼の如き凄まじい表情をして駆けた。 希望という名の欺瞞に囚われず、己が手で未来を掴むために。


 しかしその向こう見ずな決意も、巨大な物体が天井を貫いて落下するが拠点近くに落下してきたことにより完全にフイとなった。


「どわっ!?」


 落下の衝撃で弾き飛ばされ敢え無く転がる鉱夫達の頭上を、けたたましい銃声と嘶きが木魂し、緑色の血肉の塊が宙を舞う。


「くそ……、肝心な時に間に合わない騎兵隊共が何をいまさら……」

「返す言葉もないわね。 でも皆殺しにされるよりずっとマシだった。 そうでしょ?」


 濛々と沸き立つ砂塵の中に凜と響く、知性と落ち着きが同居した冷ややかな声。 その声の主は桃色鎧の巨漢と四足歩行の戦闘兵器を従えて鉱夫達の前に現れると、なるべく無表情を保ちながら軽く頭を下げた。


「私はクロウラーズハイヴ所属、翅付階位のリーブラ。 ハイヴからの命により貴方達を助けに来ました」

「ほら、後はアタシ達に任せてアンタらはこっちのポッドで休みなさい! せっかく拾える命なんだから乗らなきゃ損よ!」


 リーブラが挨拶を終わらせると同時、診療の準備をテキパキと済ませたゴリアテが割り込むようにして手招きする。 助けられる命は一つでも多く拾い上げるという彼(彼女?)のモットーは誰もがいつ死んでもおかしくない地獄でも変わらない。


「だが我々にはここを死守するよう、殉職した現場監督殿より命令が……」

「ならば私が貴方達の避難を許可します。 貴方達の上司より私の持つ権限が遙かに上です。 これなら文句ないでしょう?」

「むぅ……、ならば命令を聞かんワケにもいかんか……」


 腹や体力を尽かせながらも意固地になって職務を遂行しようとする頑固者達を説き伏せ、リーブラは表情に出さないながらもふと安堵する。 しかし半壊したポッドの中から半人前共の泣き言混じりの通信が飛んでくると、端正な顔へ途端に皺が寄った。


「無理です! まだあんなデカいのが残ってる! 逃げられない! 俺達はもう終わりだ!!!」

「……いえ、もう問題ないわ」

「え?」

「だってあれは“もうすぐ死ぬもの”」


 リーブラが抑えきれない呆れを語気に漏らしつつ答えた直後、天高くより舞い降りた人影らしきものが全身に配されたスラスターから膨大な焔を噴き出し、文字通り音よりも速く飛んでいく。


「殻入階位ピルグリムへ、現場指揮官の権限を以て命じる。 傷病者の安全確保の為、速やかに周辺の大型イミュニティを殲滅せよ」

「了解、あの程度の雑魚ならすぐ終わる」


 命令が下された直後、半壊したポッドに食らいつこうとしていた芋虫型巨大イミュニティが一瞬にして血の霧となり即死する。 全身を支える太い骨や半端な攻撃を弾き返す甲殻も、猛スピードで飛び回る殺意の塊からしてみれば腐肉の塊となんら変わりない。


「えっ」

「いちいち口動かしてる暇があるなら逃げろ。 俺はお前らのお守りじゃない」


 困惑する若い鉱夫達へ一切の愛想もない言葉を投げ掛けつつ、空中で大きく旋回するミサゴ。 振り翳したブレードの切っ先には、既に次の犠牲者たる敵の姿が映っている。


「往生しろ」


 別に恨みも無いが同情も無い。 ただ障壁になるなら死ねというどこまでも冷たい無関心が、デカいだけの的を殺し続けた。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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