何気ない団欒
「まったく、どいつもこいつも重箱の隅を喜んでほじくりやがる」
人影がまばらなフードコートの片隅で、ふて腐れたように片肘を付きながら愚痴るのは、地下から帰還して数日を経たミサゴ。 久しぶりに大した負傷も無く帰還出来たにも関わらず、その表情は至って不満に溢れている。
というのも、原因はカケスをみすみす取り逃がしたことではなく、企業の不義理。
実質的に肉の芽が回収不能状態になったことを口実に、ウマミ・ケミカル社は当然のように依頼報酬の支払いを拒否。 メンツを潰されるのを恐れたハイヴの介入もあって金こそ回収できたものの、口約束していた最高級フルコースの話は当然フイにされ、結局いつもの飯を食う羽目になっていた。
無意識のうちに指で机を鳴らし、時折深く息を吐く姿はそれだけで強いイライラを感じさせる。 しかし盆の上にいくつか料理を載せたアイオーンが寄ってくると、ミサゴは反射的に背筋を正し、手招きする。
プロデューサー気取りのエスタトゥアにより新しく彼女へ着せられた服は、仕事の際の非常識な姿とは正反対に街に溶け込む無難なチョイス。
着せ替え人形にでもしてるのかと否定的な感情が無かったワケでは無い。 しかし服飾センスに乏しいミサゴにとって、美的センスに優れた変人のおせっかいは大きな助けとなっている。 変に芋っぽくならず、かといって華美でもなく、落ち着いた趣きの衣装は、アイオーンのスタイルの良さをより一層際立たせ、人混みという草原で揺れる一輪の花を巧みに表現していた。
「どうしたのミサゴくん? また怖い顔しちゃって」
「怖い顔なんて別にしてないさ」
「でも他の人達ずっと距離取ってるよ?」
「……気のせいってことにしといてくれ」
まるでヤクザやギャングの類いを忌避するように、不自然に形成された人の真空地帯。 そのど真ん中でミサゴはチラッと周囲に目を配ると、バツが悪そうに顔を顰めてフーッとため息を吐きながら、自分が注文していた寿司定食を受け取る。
どのネタもバイオ食品ではなく決して不味くは無いないはずだが、食うつもりになっていた最高級コース料理と比べると流石に見劣りする。
「どいつもこいつも人様を顔だけで判断しやがってよ」
マグロ、サーモン、タイと単純にただ旨いだけの寿司を、ミサゴは手当たり次第に胃袋に放り込んでいく。 一方、アイオーンは目の前で美味しそうに湯気を立てるハンバーグに一切手を付けず、黙ってミサゴの顔を見つめていた。
「うーん」
「どうした? 俺の顔に何か付いてるのか?」
「ううん。 ただ、もうちょっと優しい顔が出来ないのかなって」
「今さら気にするようなことでもないさ。 人の顔なんて簡単には変わらない」
「でもこの間はもっと凄い顔してたよ。 睨むだけで誰かを殺せそうなくらいに」
「っ……」
アイオーンの指摘に思わずバツが悪そうな顔をし、ミサゴは一旦箸を止める。 誰にも見られていないと思っていたのか、その表情には微かに恥の感情が滲む。
「ねぇ、この前はなんであんなに怒ってたの? ちょっと貴方らしくないって思っちゃった」
「それはな、……秘密だ」
「どうして?」
「飯時に話すような明るい話題じゃないからな。 余程急ぎじゃない限り、物事のメリハリってのは付けるべきなんだよ。 誰だってずっと肩肘張り続けてたら気が滅入っちゃうだろ?」
立ち上がりグッと顔を寄せて問い掛けてくるアイオーンの肩に触れ、やんわりと押し返しながら諭すミサゴの顔にふと笑みが浮かぶ。
彼からすれば十分笑顔を見せている範疇だったが、それでもアイオーンの不満は晴れなかった。
「だったら貴方も私以外に優しい顔を見せて。 もっとこう……何というかふわっと……」
「ああもう人前でやるとみっともないからやらなくていい。 家に帰ったら付き合ってやるから」
説明し難いが何かが違うと、乏しい語彙フル活用して解説を試みるアイオーンの奇怪なムーヴを目の当たりにし、激しい共感性羞恥がミサゴを襲う。 気持ちは伝えようとする努力はは買うが、美しく愛らしいアイオーンにピエロの役回りは似合わない。
「ほらっ出来たてのうちに食っちまえよ。 早くしないと冷めちゃうぞ」
「……………………」
熱い鉄板の上でじゅうじゅうと食欲をそそる音を立てる肉を示すも、アイオーンは手を動かさず、ただ上目遣いでジッとミサゴの顔を見つめ続ける。
その瞬間ミサゴは彼女が何を望んでるのか察し、微かに頬を染めた。 何だかいいように調子を崩されてるように感じながらも、丁寧にハンバーグを切り分けてやり、口を開けるよう促す。
「ほらっ」
「ありがとう。 ……うふふっ美味しい」
「まったく、こっちはいい物笑いの種だよ」
口の端を微かに汚しながらも屈託無く笑うアイオーンの仕草に、釣られるよう眦を緩めるも束の間、ミサゴは思わず天を仰ぐ。
ピースキーパーならともかく、もしアンダードッグやテスラに知られでもすれば、滅茶苦茶に茶化されるのは目に見えている。
「こんなとこまでハイヴのヤツは来ないはずだ」
「ふふっ、じゃあ誰かに告げ口されないよう気をつけないとね」
「……流石にいないだろ、そんな非常識なヤツ」
プライベートのくだらないことで素行の善し悪しを断じ、ハイヴに言いつける暇人がいないことを願いつつ、ミサゴは照れ隠しに残りの寿司を自身の口の中に放り込んだ。
ずっと昔まだ幼かった頃の、食卓での団欒を微かに思い起こしながら。
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