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鵥と鶚

 消毒液の匂いがほんのりと漂い、『鳥飼ひばり』と記名がされた生命維持装置が低い唸りを漏らす部屋の中。 ベッドで横になった女性が、壊れた月を黙って眺めている。


 顔色こそ健康体の人間となんら変わらないが、全身の各所に突き刺さる太いケーブルを介し、外付けの大型バイオアンプと接続された姿は非常に痛ましい。


 全ての希望に捨て置かれたような虚ろな表情のまま、彼女は闇の中でずっと呆けていたが、何者かが部屋に入ってきてライトを灯すと、即座に人間らしい表情を取り戻して微笑んだ。


「おかえりミー君、今日の仕事はどうだった?」

「別に大したことは無いよ母さん。 数と勢い任せの賊なんぞに殺されてやる程、俺はヤワな鍛え方をされてない。 クソ親父のシゴキの方がずっと辛かったさ」


 ひばりの労いの言葉へ何気なく返しつつ、パワードスーツのメット部分を脱ぎ捨てたのは、まだアンプを一つも埋めていなかった頃のミサゴ。 その顔には痛々しい傷跡もなく、語調も穏やかで明るい。


「ごめんね、私の身体がちゃんと動いてくれれば……」

「悔やんだってしょうがないだろ。 嘆いて病気が治ってくれるなら話は別だけど」


 申し訳なさげに俯くひばりの様子を横目で確認しつつ、ミサゴは日課である母に接続されたバイオアンプのチェックを行う。 大したことないという宣言通り、その横顔には一切の疲労の気配は無い。


 しかしその態度に何故か違和感を覚えたのか、ひばりはゆっくりと上体を起こすと、心配げに言葉を紡いだ。


「どうしたの? 何かあった?」

「……今日、仕事前に変な金持ちからスカウトされたんだ。 君のような優秀で若い人材は地方の自警団で燻るより上を目指した方が良いと。 当然断ったけどね」

「もしあなたが望むなら新天地に旅立っても良いのよミサゴ。 お金は隼人から受け取ってるし母さんは一人でも大丈夫だから」

「痩せ我慢しないでくれよ。 俺が迂闊にここを離れるワケにはいかないだろ」


 自分など見捨てて独り立ちしても良いのだと、ひばりはミサゴの将来を案じるが、当の本人は少し寂しげな顔をしながらも聞き入れない。


「クソ親父はもうこの世にはいないし兄さんはずっと遠い場所にいる。 俺がここに残らなければ、誰がこの家を護るんだ?」

「でも……」

「俺はこれでいいんだよ母さん。 両手が届く範囲の幸せだけでも十分なんだ」


 終始申し訳なさそうに俯く母に対し、孝行息子はただ穏やかに微笑むばかりだった。


 この他愛も無いやり取りから数日も経ずして全てを奪われるとは、当時のミサゴは知る由も無いまま。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「うおおおおお!」

「相変わらず凄まじい気迫だな! 素晴らしい!」


 ギィンッ、ギィンッと鋼が擦れ合う甲高い音が、墨に溺れたような昏い戦場に何度も何度も響き渡る。


 その都度に生まれ弾ける焔の花は、向かい合う二人の鬼気迫る様をストロボのように照らし、戦いを激しく彩った。


 大気を引き裂く白亜のブレードが身を震わせて狂い泣き、透き通るように輝く足刀が躍るように大地と空間を蹴る。


「鬱陶しいからさっさと死ね!」

「そう邪険に扱ってくれるなよ。 俺とお前の仲だろ?」

「俺はすぐにでもテメェの頚を引っこ抜いてやりたいんだよ!」


 カポエイラを彷彿させる軽い身のこなしと鋭利な足技でカウンターを狙うカケスの頭上を、ミサゴが斬撃の合間に繰り出した鉄拳の乱打が通り過ぎていく。 互いに有効なダメージどころか軽い掠り傷すら負わされることもなく、戦いは拮抗していた。


「随分いい玩具を宛がって貰ったじゃないか。 それもまた人様から掠め取ったのか?」

「発想が貧困だよミサゴくん。 俺はただ君と同じく選ばれたのさ。 エグザルテッドクラスアンプ“シンデレラ”の被験者にね」

「焼けた鉄の靴でも履かされて踊ってるのがお似合いだよ。 テメェには!」

「イヤだなぁダンスは一人じゃ踊れないだろ? ……それにこれは2on2だ」

「ッ!」


 ゾッとするような囁きの後、闇の中から幾筋もの肉鞭が飛来しミサゴを絡め取らんと身を悶える。


 強靱な筋繊維によって構成されたそれはただ単純に振り回されるだけでも脅威だが、所詮は牽制に過ぎない。 人など容易く両断する蹴りの雨が、暴れ狂う肉鞭の隙間を縫って飛び、ミサゴの頬を掠めた。


 パッと宙に咲いた血の華が、美麗に透き通る装甲を鮮やかな紅に彩る。


「おっと惜しかった」

「惜しかったぁ!? ノーコンが! 素直に外したと地団駄を踏みやがれ!」


 クリーンヒットすれば当然命は無いが、ミサゴが返す手で取った行動は回避ではなく当然のように突撃。 咄嗟に展開したシールドで刃物よりも鋭い爪先を受け止め、へし折るつもりでそれを全力で殴り返した。


 装甲車両の轢殺突撃に匹敵する拳が“シンデレラ”へと直撃し、ミシミシと耳障りな悲鳴を上げる。 しかし破壊するには至らず、大きく間合いを取って着地したカケスは踵を鳴らすように小躍りし、拍手する。


 眠くなるほどゆっくりした拍手を。


「いいねぇやはり君は強い! 流石は俺の懐刀の一本になるべき存在だ!」

「腐れ脳味噌が! テメェは俺に殺されるしかないんだよ!!!」


 終始上から目線で語るペテン師をジッと睨み上げ、スラスターを全開にしながらミサゴは叫んだ。 刀身が真っ赤に染まるほどのエネルギーをブレードに注ぎ込み、確実に仕留めんと一直線に飛ぶ。


「……そんなに許せないかね? 君を捕らえていた鳥籠を壊してあげたことが?」

「自覚してるなら今すぐ死ね! 腹を割って臓物を掻き出せ!! 俺の前に頚を差し出して見ろ!!!」

「あぁ流石にそれはイヤだね。 俺が死んじゃうだろ」


 機械ですらコマ送りでしか視認できない速度で吶喊するミサゴの魔の手から、気持ち悪い程の機動性で逃れてみせるカケス。 ひとつしくじれば即死するような愚行だが、悪趣味な男は煽りを忘れない。


「それにいいのかい? 熱くなりすぎて自分のパートナーがどうなったか忘れてないかい? ……それともまた目の前で失いたいか?」

「ッ!!!」


 燃えるような怒りに身を窶したミサゴが、思わず悪寒を覚える程の邪悪な囁き。


 それを認識するのとほぼ同時、横合いから突撃してきた肉塊の化け物がミサゴの突撃の軌道を逸らし、易々と突き飛ばした。 たとえミサゴであっても単純な質量の差は覆せない。


「くっ……、コイツはさっきの!」

「せっかくだから教えて上げよう。 彼の名はヨモツヘグイ君。 君が企業の走狗となって必死に探し回ってた肉の芽そのものさ。 今となっては自由意志を持った立派な生き物だが」

「何だと!? そんな馬鹿なことが……」

「ありえるだろう。 君が一番それをよく知っているはずだ」


 追撃を避けるため後逸したミサゴへワザワザ見せ付けるべく、カケスは攻撃の手を敢えて休めて意志を持つ肉塊のそばに立つと、芝居がかった動きで耳をそばだてる。


「さてヨモツくん。 君は例の淫売と戦ってきたワケだが、何がどうなったか友達の私に教えてくれないかな?」


 どんな惨い方法でアイオーンを嬲り殺したのか、疲弊したミサゴへ聞かせてやろうとカケスは肉塊に擦り寄って答えを急かす。 だが、肉塊が身を二三度大きく震わせた直後、カケスの声色が一気に冷たく、険しく変わった。


「……適当に痛め付けた後、面倒だから丸呑みにした?」


 今までの余裕から一転、カケスは何一つユーモアらしいユーモアを示さず、突き放すように肉色の化け物のそばから逃げ出し、ミサゴも咄嗟に大きく飛び退いて距離を取る。 何も分からなかったのは、災厄を自ら懐に取り込んだ当人だけ。


 直後、ヨモツヘグイの全身の穴という穴から目映い紫紺の光が溢れ出したかと思えば、瞬く間に巨大な火柱へと成長し、周囲一帯をまとめて焼き払った。


 当然、呑み込んでいた当人は塵へと還り、たった今ここにいたという痕跡を遺すことすら許されない。


「馬鹿ね、だから私は美味しくないって言ったんじゃない」


 凄まじい光量の焔が消え去った後、残されたのは魔杖を掲げるアイオーンただひとり。


 天井の岩盤が溶融しマグマの雨が激しく降りしきる中、何事も無く平然と佇むアイオーンの姿に、ミサゴは何も言えぬまま息を呑む。


 だが当然、相対する身であるカケスからすれば何一つ面白くない。


「あーあーつまんねぇな、何の工夫も無く雑に焼き殺しやがって」


 興が冷めたと、心の底から萎えたような素振りをして陰険男は頭を振る。


「今日のところはこれでお開きだ。 また逢おう、決して別たれない俺のコインの裏」

「寝ぼけてんじゃねぇ! テメェに退き口なんぞ……」

「あるんだよ、この俺に限ってはな」


 逃げられる場所など物理的にあるはずも無かった。 にも関わらずカケスはミサゴの目の前ですり抜けるように岩盤へ半身を埋めると、見せ付けるように中指を立ててそのまま沈んで見せる。


「何だとっ!?」

「これが偉大なる星に愛された者が授けられる力さ。 君らには未来永劫到達出来ないがね」

「待ちやがれ!」


 完全に逃げられる前に仕留めんと、ミサゴが生成したキャノンから幾筋もの火線が迸るが、引力に惹かれるがまま星の中に消えていったカケスには届かない。


「逃げられた! クソッ!」


 砲身を地面に叩き付け、造り物の拳をミシミシと破砕音が聞こえるほど強く握り込ながら、激情のままに荒れるミサゴ。 そこに普段の冷静さは窺えない。


 行き場のない怒りのまま、ハイヴや企業への報告も忘れて悶える“らしくない”姿。


 ある意味情けないとも言えるその姿を、アイオーンは何も言わずただ黙って見つめていた。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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