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愛社精神の御旗の下に

 陽の光が一筋すら入らない深い洞穴の底。 綺麗に張り巡らされた人工物らしきトンネルの一つで、醜く巨大なミミズ状の怪物が食後の微睡みに就いている。


 身体中に家畜のそれのようなタグを貼り付けられ、どこかの所有物であることを明確にされたそれは、背中や横腹、頭部に刺された採血用具らしきものから薄く濁った体液を奪われていた。


 もっとも、奪われている当人からすればどうでも良いようで、時折寝返りを打つように身体をくねらせる程度の反応しか示さない。 腹一杯食い荒らして眠るを繰り返すだけの、知性が乏しいだけの生命体にとっては極楽のような生活。


 しかしそれも、怪物の体内からドゴォン、ドゴォンという爆音が響き始めると共に終わりを告げた。


 一撃、また一撃と衝撃が迸る都度に、怪物の身体はバグを起こしたゲームの物理演算よろしくハチャメチャに跳ね回る。 ビタンビタンとのたうち回りながらベコベコに身体の形状を変えられていくのは一見愉快だが、サンドバッグにされた当人からすればたまったものではない。


 地面に身体を降ろすことも許されず、身体の内側から蹂躙され続けた哀れな怪物はやがて花火が如く高々と打ち上げられると、体内から溢れ出た炎によって焼き焦がされた挙げ句爆裂し、死に至った。


 轟々と燃え上がる焔の中、ばらまかれた臓物や血潮を踏み躙り、一つの影がゆらりと姿を現す。


「流石に死ぬかと思ったぜ。 まさか地上までこんな大物が這い上がってくるとは……」


 溶解液で溶けた服を素材に装備を生成し、いつもの仕事時の恰好に身を窶すミサゴ。 トラブルから逃げようとしたところで、結局こうなるのかと心底がっかりしたようにため息をつく。


 だが嘆いてばかりもいられない。 地下に足を踏み入れた以上、間違いなくイミュニティ共の襲撃に晒されると、ミサゴはブレードを抜き放ちつつ怪物の残骸に視線を寄越した。


「怪我は無いかアイオーン」

「うん大丈夫。 巻き込まれた人達もちゃんと無事よ」

「君が護ってやったんだろう? 力の使い方もだいぶ慣れたじゃないか」


 煤煙の中にぼんやりと浮かび上がる紫紺のヴェールと、その中で混乱のあまり固まってしまった無傷の民間人達の姿は、間違いなくアイオーンが己に宿る超自然的な力を有効活用した証。


 自分が何も言わずとも日々やれることが増えていることにしみじみ感じ入り、血煙の向こうから現れたアイオーンを褒めようとするミサゴ。


 だが彼女の姿が完全に露わとなると同時に慌ててそっぽを向き、無愛想なツラを珍しく赤らめ俯いた。


「どうしたのミサゴくん?」

「……悪い、早く恰好を整えてくれないか?」

「え?」


 ミサゴの指摘を受け、ようやく己の状態を鑑みるアイオーン。 その瞬間、彼女は声にならない悲鳴を上げて物陰にしゃがみ込む。


 ほんの一瞬の間ミサゴが運良く視界に刻めたのは、暴れ狂う焔が放つ光を帯び、元々艶やかな輪郭をより一層際立たせた美麗な裸体。


 咄嗟に目を逸らしたつもりでもハッキリと瞼の裏に焦げ付く凄艶さは、元来堅物であるミサゴを大いに悩ますほどだった。


「もうサイテー! お気に入りの服だったのに!」

「……まぁ皆が無事だったならいいじゃないか」

「それとこれとは話が違うの!」


 ミサゴが投げ掛けた慰めにもならない励ましを切り捨て、アイオーンはジトッとした目付きを返しながら立ち上がる。


 虚無から新たに生成されたいつもの魔女衣装に袖を通し、踵を鳴らして超自然的な力を制御する姿は、ミューテイトに拉致される以前と比べればずっと逞しく勇ましい。


「ともかく、早く皆を地上に連れて帰りましょう。 私達は大丈夫だけどあの人達にとってここは危ないと思うの」

「あぁ君の言う通りだ。 ……だが、その前に一つ野暮用が増えた」


 紫紺のヴェール内に保護した人々の様子を窺いながら進言するアイオーンの言葉へ、ミサゴは軽く頷いて返すが視線は彼女には向かない。 彼の視線は燃え上がる焔の向かい側、爆発の余波で肉片や汚い血潮がこびり付いた高く分厚い門の方にあった。


「どこの馬鹿だ、不意打ちのチャンスを潰してまでCMを優先する馬鹿は」


 呆れ半分に呟くミサゴの鋭敏化した聴覚が捉えたのは、この場に相応しくない間の抜けた音楽。 こんなモン流すくらいならちゃんと仕事をしろと言いたげなミサゴを放置し、蠢く気配の源は歌まで唄い始めた。


 ――うま味うま味食の幸せ

 ――うま味うま味人生の幸せ

 ――野菜のうま味、魚のうま味

 ――肉のうま味、科学のうま味

 ――嗚呼、命の性と喜びを

 ――豊かに満たせ、ウマミ・ケミカル


 ふざけた社歌を高らかに歌い上げて迫り来るは、企業の警護部門に属する兵隊達。 狂信的な愛社精神を胸に日々を戦う企業戦士が、巨大な門の端っこに付けられた通用口からひょっこりと顔を覗かせた後、ワラワラと門の外へ這い出てきた。


「飲食メーカーがフラクタスで何をやってるかと思えば……。 結局お前らも他の胡散臭い企業と同列だったと見なしていいんだな?」


 心底イヤそう且つ面倒臭そうな顔をしてミサゴが問い掛けると、目がイヤに輝いている企業戦士達は口々に反論を開始する。


「そんなまさか、我々はただ味の追究を行っているに過ぎません。 これもまた世界中の皆様の食を豊かにする大事な研究の一貫なのです」

「そう!うま味こそ世界平和の礎!思想政治宗教を乗り越え人類を団結させる力!」

「「「あああ~うま味うま味我が世の至宝~♪」」」

「馬ッ鹿野郎! だったら自分らの商売道具の管理くらい真面目にやれ! 仮にも社会人だろうがお前ら!」


 研修で頭がイカれたのか、話の途中で勝手に歌い出すアホ社員に流石のミサゴも辟易したのか、イライラと眉間に皺を寄せて怒鳴り出す始末。


 だが企業戦士達はへこたれなかった。 戦車の正面装甲より分厚く感じるツラの顔をグッとミサゴへ近づけ、もみ手をする。


「ええ勿論ですとも。 故に事態収拾の為に貴方達の力も借りたい。 協力していただけば臨時の報酬をガツンと弾みます」

「おい待てまだ逃げ回ってるヤツがいるのか? お前ら今まで何やってたんだよ」

「クレームは後で好きなだけ受けます故、今はご返答を!」

「あいにく金には困ってない」

「ならば、うちの金融商品だってドカンと差し上げます」

「悪いが怪しい投機にも興味ない」

「解決の暁にはうちの最高級フルコースをご馳走しますよ!」

「……俺だけじゃなく巻き込まれた全員に振る舞うなら考えてやってもいい」

「えっ」


 今まで頑なだったミサゴの突然の態度の軟化に、そばにいたアイオーンは思わず真顔になって彼の横顔を見る。


 アイオーンは知らない。


 たばこも吸わず、酒も僅かにたしなむ程度で、賭け事の類いを信用せず、色恋の類いとは全くの無縁。 そんなミサゴが生きる喜びの一つとしていたのが、美味しい物をたっぷりと貪ることであることを。


「当然、巻き込まれた被害者全員生かして返すのも条件だ。 いいな?」

「ええ勿論! 勿論ですとも! では早速こちらへ」

「……大丈夫なのかな」


 いつもと立場が逆転し、今度は心配をする側になるアイオーン。


 そんな彼女の気配りを余所に、ミサゴは企業戦士達に誘われるがまま、未だ敵か味方かも分からぬ者の領域へ足を踏み出していった。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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