黄泉への招待
「イーヤッハァアア!!!」
「どけよどけよ殺すぞクソ雑魚共!」
グリード・ストリートから溢れ出したギャングを満載した装甲車が、周囲の被害も顧みず区画間を繋ぐハイウェイのど真ん中を疾走する。
クロウラーから見ればただの餌だが、パンドラシティにて真面目に生計を立てている人々から見ればそれは災害と大差ない。 彼らが戯れに重機関銃のトリガーを引くだけで、何の非もない一般車両や追跡してきたPCPDのパトカーが弾け飛び、中から転げ落ちた人々が挽肉になって死んでいく。
「ギャアアアアア!!!」
「脆い脆い脆い脆い! 改造が足りない劣等は劣等らしく肉ばらまいて死んでろ!」
信用コストや金などを度外視して大量の闇アンプを移植し、文字通り殺人兵器となった彼らに人間らしい情操など既に無い。 法や常識などという惰弱な囀りは、力という絶対的道理の前には傅くほか無しというのが、彼らの中では真理だった。
彼ら以上の圧倒的暴力を持ちながら、人に紛れて慎ましやかに生きる者が大勢いるとは露にも思わず。
それらがすぐに致命的な結果を齎しに来る可能性すら考えられずに。
「よおしお前ら! 次は商業区で群れる豚共を殺しに行くぞ!!!」
「任せろ! ヤツらが山ほど右往左往してる所にダイナミックエントリーだ!!!」
波長が近い者同士、意思疎通も早ければ行動も早い。装甲車の兵員輸送スペースに詰め込まれたチンピラの一人が叫ぶとほぼ同時、ラリったアホが装甲車の真下に爆発物を投げ込んで爆破。
都市高速を支える柱すら容易く粉砕する爆発に吹っ飛ばされた装甲車は、原型を留めたまま商業区の大動脈に落下すると、乗員の宣言通りに買い物客で溢れた通りを疾走する。
ここまでの蛮行を働くこと関して特に理由はない。 刹那的な享楽に溺れて生き急ぐグリード・ストリートのギャングに、退屈な美辞麗句や大義名分などという文明人的なしがらみなど無用。
「トばせーっ! 殺せーっ!」
「ここで女子どもをたっぷり殺せればハイスコアだ!」
足をもつれさせながら大急ぎで逃げていく人の群れを追って、煤と焦げた肉片に塗れたモンスターマシンが容赦ない唸りを上げた。
――刹那、人の流れを遡り低い姿勢で躍り出た影が、漆黒の鉄拳を装甲車のボンネットへ叩き付けて強制停車させた。 衝突の瞬間、装甲車のシャーシから白い煙が立ち昇るが、対する影は轢殺されるどころか小揺るぎもしない。
「馬鹿な!ありえねぇ!」
「構わねぇ殺しちまえ! 相手はたった一人だ!」
想定外のトラブルに慌てたギャングが数人、サブマシンガン片手に車外へと飛び出すも、彼らは銃口を向ける猶予すら与えられず瞬く間に八つ裂きにされる。
「は?」
生身の人間には決して為し得ない所業を目撃し、ギャング共は自分達が置かれた状況をようやく理解すると、立ち塞がった影が装着した機械へ視線が釘付けになる。
色彩から形状まで何もかもがアシンメトリーな両腕のアンプ。 業界最上位の企業カタログにすら存在の痕跡が見られない完全ワンオフ品。
しかし、日夜イカしたアンプのデータ収集に余念が無い彼らがそれの存在を知らぬはずもなく、今まで怒声と嘲りで満ちていた車内の雰囲気が一瞬で凍り付いた。
「げええええ!? てめぇそのアンプはまさか!!?」
「知ってるなら、これからお前らがどうなるか分かるよな?」
装甲車の突進を片手で一切小揺るぎもせず受け止めたのは、比較的ラフな恰好で商業区へと繰り出していたミサゴ。 謹慎という名目の下、アイオーンと共に暫し穏やかな生活を送っていたが、易々と勘が鈍ることは有り得ない。
「ま……待っ……」
ギャング共は咄嗟に命乞いを行おうとするが、重ねた罪状を即座に看破できるミサゴ相手にそれは通じるどころか油を注ぐ結果となる。
「死ね」
アンプ化した左眼を流れる情報を軽く流し見たミサゴが感慨無く呟いた瞬間、白亜の右腕から伸びたブレードが嵐の如く荒れ狂い、内部でひしめき合っていたギャング諸共装甲車をグシャグシャに斬り刻んだ。
鉄と血と肉が程よく混じったミンチが周囲を汚し、生き残ったチンピラ共の情婦らしき女だけが血塗れのスクラップの中で健気に笑う。
「ひっ……ひひっ……殺すの? ただのかよわい女の私を?」
「犯罪者の分際でどの口でほざきやがるこのクソアマ」
唯一死刑相当の罪を犯してなかった故に生かしてやった女を、ミサゴはブレードから変異させた鎖を利用して容赦なく縛り上げると、ギャング共の示威行為に巻き込まれた住人達の足下に向けて蹴り出した。
「玩具にするか仕留めるか引き渡すか好きにしろ。 俺は何も知らないし聞いてない」
後は騎兵隊共にやらせろと言い捨て、高々と跳躍したミサゴは二つ三つ大通りを挟んだ路地裏へ着地し姿を隠す。
「ふぅ……」
「大丈夫? 大変だったわね」
「全くだよ。 交通整理しか真面目にやれないのか連中は」
アンプを隠す疑似スキンを再生成し、皮膜の仕上がりを確かめながらミサゴが空を見上げると、荷物を抱えて上空に避難していたアイオーンが彼の前にふよふよと降りてくる。
地下からの帰還後、軽い検査のみで済まされた彼女はミサゴの庇護下へと返され、再び人間らしい生活を満喫していた。
時折一人でぼんやりとお喋りしているのを目撃されるようになった以外には特に異常らしき異常もない。 それもイマジナリーフレンドによるものだろうと、テスラやその他の技師達も特に違和感を抱いていなかった。
「でも放っておいて大丈夫なの? 誰かに連絡した方が……」
「ここはPCPDの縄張りだ。 部外者が好き勝手現場を荒らしてはいい顔されない。 それに謹慎中のクロウラーが巻き込まれたとなれば、ハイヴにも無用な迷惑がかかる」
これ以上の足止め食らうような面倒ごとはご遠慮願いたいと、ミサゴは正直な気持ちを呟きながらアイオーンに任せていた荷物を受け取る。 包装の中身はアイオーンにねだられて買った生活雑貨諸々。
野郎一人の生活と違って共同生活だと色々と不便が生じる。 それが異性ともならば尚更であった。
「今日は買い出しに来たんだ。 アホ共の遊びに付き合ってやる義理なんてない。 君も初めてここに来るんだ。 余計なアクシデントは願い下げだろう?」
「それはそうだけど……」
何やら不服そうに呟くアイオーンの手を軽く引いて、人通りの多い場所へ再び一歩踏み出すミサゴ。 しかし陽の当たる場所へ再び現れた二人を出迎えたのは、何故か皆一様にして視線を上向かせる人々。
何が起きているのか分からず、二人は咄嗟に群衆の視線を追うが、即座に後悔して目線を落とした。
人々の視線の先にあったのは、全身をバラバラに引き裂かれた挙げ句、アーケード上から吊し上げられたギャングの死体。 それもミサゴが群衆に引き渡したばかりの女ギャングのものだった。
「酷いのね、悪人相手でもあんなことするなんて」
「……イヤ待て、殺ったのは本当に一般人か?」
怒りに燃えていたとはいえ一瞬で人を解体して高所に飾るなど素人には不可能だと、ミサゴは左眼を凝らして周囲の様子を探る。 無数の人の中からそれらしき姿を。
そうしてしばらく探るうちに見つけた。 立ち並ぶビルの空き部屋から、隠れて眼下の様子を窺う鮮血に濡れた兵士の姿を。 その身体には生身の人間には捕捉できない高速機動を可能とする高級パワードスーツが装備されている。 明らかに個人で容易く手に入る代物ではない。
「あんな重武装の兵隊がどうしてこんな所に?」
限りなくきな臭いものを感じ取ったミサゴは、反射的にネットワークに接続するとこの手のアンテナに鋭い同僚へ問いを投げ掛ける。
「アンダードッグ、今空いてるか?」
『いいや、ちょうど副業が済んで暇してたんでね。 ……で何のトラブルだ? さっさと教えろ』
「ハイヴの所属でもない重装サイボーグがアホなギャングを殺して行った。 何か面倒ごとがあったら買い物を切り上げて退散しようと思ってな。 付近で秘匿通信が慌ただしいところが無いか? 場所は商業区で一番デカいアーケード付近だ」
『商業区で荒事ねぇ……、ちょっと待ってろ』
このままここに残れば間違いなく面倒ごとに巻き込まれる。 途轍もなくイヤな気配が背を撫でていくのを感じ、思わず空を仰ぐミサゴ。
数十秒後、嬉々としたアンダードッグの声が再び聞こえた瞬間、その予感が的中したことを彼は悟ってしまった。
『ウマミ・ケミカル社の警備部門が何やら騒がしいようだ。 近くで一悶着あったかもしれねぇな』
「おいおい俺すら知ってる名門食品企業じゃないか。 悪い噂はあまり聞かないが……」
『おや、ピルグリム知らないのか? 最近ネットワーク上でもHOTな噂だってのに』
「悪いがネットサーフィンに一日中興じれるほど孤独でもない。 暇だとアイオーンが構ってくれと縋ってくる」
『困ったフリして惚気てんじゃねぇぞタコ』
モテる男の自覚のない自慢だとふて腐れながらも、負け犬を名乗るハッカーは律儀に掴んだ情報をつらつらと並べる。
『真偽は不明だが、主力製品にフラクタスから拉致って来た生物の成分を使ってると持ちきりになってる』
「なんだそりゃホントかよそれ……」
『俺も別に頭から信じちゃいないが、火の無い所に煙は立たないからな。 何でもかんでも陰謀論で切り捨てて微かな可能性すらぶん投げるのは馬鹿の証明だよ』
まぁ帰るなり彷徨くなり好きにするんだなと、アンダードッグは一方的に言い捨て通信を終わらせた。 一人ネットワーク内に残されたミサゴは何か不快にさせるようなことを言ったかと懊悩とする。
「ねぇミサゴくん大丈夫?」
「……あぁ大丈夫だ心配するな」
少なくともこれ以上ここに留まって良いことはない。 そう結論付けたミサゴは心配そうな顔をして顔を覗き込んでくるアイオーンにふと微笑みかけた。
「ともかく今日はもう帰ろうか。 ゆったり買い物気分を楽しめる感じでもないだろう」
「そうね……こんなにも血が流れてしまったら……」
命を落としてしまった人達に申し訳なくなる。 そうアイオーンが言葉を続けようとした瞬間、彼女の表情が突如驚愕と恐怖が入り混じったような壮絶な表情で固まった。
当然ミサゴも内心動揺し、感情を表に出さないよう努めながら彼女の肩に手を伸ばす。
「どうしたアイオーン?」
「ミサゴくん……駄目よ私達帰れない……」
「なんだって?」
アイオーンの言っていることの意味が分からず、思わず問い直すミサゴだったが足下の地面が不協和音を奏でつつ砕けた瞬間、彼女が語ったことの全てを理解する。
足下のアスファルトを粉砕して現れたのは、ビルを丸呑みにできるほどに巨大なミミズ状の怪物。
全身をタグや栄養補給管らしき物体によって飾られたそれは、ミサゴとアイオーンだけに留まらず周辺に散らばっていた人々や建物、乗り物等を纏めて一呑みにすると、そのまま自らが現れた地下へと消えていった。
まるで空爆にでも晒されたような惨たらしい風景と化した地上に、混乱だけを残して。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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