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置き換えられる存在

 不要となったレリックの残骸があちこちに転がるラボの中で、特殊な整備機械の唸り声が木魂する。 波の赴くがまま揺れる刺胞生物の如く無数の触手状アームをくねらせるそれは、ラボ中央のリペアベッドに寝かされた患者への処置を終えると、自らの意志で別室の患者の下へ向かっていった。


「へぇつまりアンタ、女の子一人追いかけてこんな無茶をやったの? ちょっとヤダ凄いじゃない。 アタシまでキュンキュンしちゃう」

「やかましいぞゴリアテ! ただの向こう見ずなクソガキを甘やかすな! この間調整したばっかのアンプをボロボロにしやがったんだぞコイツは!」


 処置の合間、患者の話し相手になっていたオカマ衛生兵“ゴリアテ”がクロウラーとしての名が示す通り、縦にも横にも奥行きも無駄にデカい筋肉質の身体をくねらせながら驚きを露わとすると、ラボの主たるテスラが反射的に激昂し、岩のように固いオカマのケツを容赦なく蹴り上げる。


 一見コントのような間抜けな光景だが、休みを潰されて急遽呼び付けられたテスラとしてはたまったものではない。 しょうもない恨み辛みがミチミチに込められた視線は、アンプリペアベッドに寝かされた馬鹿のツラへと容赦なく注がれた。


 ハイヴからの撤退命令を無視し、勝手に新たな坑道を開通させた馬鹿その人。 治療のために身体をガッチリと固定されていたミサゴは、思わず眉間に皺を寄せると既に再生を終えた左眼で睨み返す。


「そう怒らないで下さいよ。 過酷な環境に置かれればどんな道具も壊れるものでしょう?」

「もっと大事に扱えって言ってるんだよ馬鹿。 ハイヴの資産も無限じゃないんだぞ」

「……っ」


 アイオーンを無事救出し地上へ帰還したミサゴを待っていたのは、労いではなく私情で無茶をやったことに対する強い叱責。 個人としては誇るべきだが組織人として恥ずべき事であると断じられた彼は報酬を減額された挙げ句、臨時休暇とは名ばかりの謹慎を押し付けられ、そのままテスラのラボへと叩き込まれていた。


「だが、例のお嬢様を生きたまま連れ帰ったことには感謝する。 こっちに第一報が入ったときは心配のあまり仕事が滞ったよ」

「俺の命の心配はしてくれないんですか?」

「心配されたいならそれに値する身の振り方をしろ……っと、取り敢えず今日の処置はここまでだ。 せっかくの空いた時間だからな。 治療と並行してそのふざけたアンプのサンプルを回収させて貰うぞ」

「全く大袈裟な……」


 他のクロウラーとは勝手の異なるアンプを付けている自覚はあるが、そこまで言われる覚えはないと席を立ちながら顔を顰めるミサゴ。 だが、その軽い愚痴をハゲ頭が眩しい男は聞き逃さなかった。


「何? 何だと? お前今何つった? たかがアンプ如きで大袈裟だと!? このクソアマチュアが!」

「ああいやそこまで言ったワケじゃ……」


 茹で蛸よろしく顔を真っ赤にしながら怒り狂うテスラをミサゴはなあなあと諫めるが、一旦回り始めたハゲの口は止まらない。


「シビリアンクラスやノービスクラスの安物なら丸々買い換えればいい。 エクスプローラークラスやミリタリークラスの高級品でも提携企業から部品を融通して貰えば安く仕上がる。 しかしエグザルテッドクラスのアンプに限っては違う。 機密に専用仕様にどれもこれも扱いが厄介なじゃじゃ馬揃い。 どれだけ金と心労が嵩むかは人様に押し付けるだけの貴様には分からんだろう! あぁ分からんだろうなお前には! ペッ!」

「でも俺のノーザンクロスは遠慮なく触ってるじゃないですか」

「お前のアンプだけは特別なんだよピルグリム。 良い機会だから見ろ、お前の異常な身体を」


 怒髪天を衝く勢いで捲し立てる中、ふと投げ掛けられた疑問を聞いた途端、急激に落ち着いて資料を一冊雑に放り投げるテスラ。 社外秘と表紙にデカデカと書かれたそれはミサゴに強い威圧感を与えるも、読まないという選択肢は残念ながら与えられていない。


「……はぁ」


 仕方なしに淡々とページをめくっていくミサゴだが、自分の物と思しきスキャンデータを見た途端、ムスッとしていた顔が引き締まった。


「アンプと生身の接合部が融合している?」

「お前が甦ってこのアンプを再装着した時からだ。 バイオアンプを間に挟めば通常のソリッドアンプでも感覚のフィードバック程度は可能だが、単なる肉体が機械と融合した挙げ句、装着者の生理機能と呼応して機械部分を再生し始めるのは明らかに異常なんだよ」


 骨や筋肉の維持とは話が違うんだぞと半ば呆れたようにテスラは零すが、技術者としての好奇心が疼くのか表情が多少和らいでいる。


「この現象を応用できれば、アンプ製造において歴史的な飛躍に繋がるだろう。 特許化すればそれこそとんでもない額の金がハイヴに転がるだろうな」

「そう上手くいくモンですかね」

「いかねぇさ。 技術に限らず先駆者ってのはいつだって損ばかりだよ。 上手くいかないときには頭のイカれた陰謀論者の馬鹿呼ばわりして笑いものにして、いざ軌道に乗り始めれば今度は権利を掻っ攫おうとするダニと既存権益を守ろうとするブタが、命含めて全てを奪いに来やがる。 つまり人間はクソなんだよクソクソクソクソ」


 まるで実際に自分がそうされてきたかのように、激烈な憤りを剥き出しにして長々と語るテスラだが、私情を漏らしすぎたと言わんばかりに苦笑いしながら誤魔化す。


「ともかくこれからお前はしばらく自由時間だ。 トラブルを起こす以外はなんだって好きにやればいい」

「あぁはい。 ……ところでアイオーンは今どこに?」

「あ? すぐそこにいるだろう。 お前が試験の時に採掘してきたレリックの中だ」


 ゴリアテと共に後片付けを始めたテスラが指差す先にあったのは、中身が靄かかって見えないカプセル状のレリック。 一見何か入っているようには見えず、おずおずと近づいて様子を窺うミサゴだが、カプセルに触れられる程近づいた瞬間に靄が晴れ、中身が一気に鮮明となった。


 一糸纏わず艶めかしい肢体を晒し、謎の液体の中で揺蕩うアイオーンの姿が。


「あっ……まぁなんだその……」

「バガッ!ゴボガボゴボッ!」(馬鹿!エッチ!変態!)

「グオアッ!?」


 弁明する暇すら与えられず、超自然的繋がりを通して即座に猛烈な爆音と閃光がミサゴを襲う。 ただの人間なら即座に失神させられる程の衝撃にノーダメージでいられるはずもなく、たまらずミサゴは悶絶し膝を付いた。


「何転がってんのアンタ、可愛い女の子相手に失礼じゃない?」

「ほっとけほっとけ、どうせくだらん痴話喧嘩だろう」

「ふっざけんなよこのハゲ! 嵌めやがったな!」

「そうムキになって怒るなよ役得だろう」


 プイッとそっぽを向いてしまったアイオーンを再び靄の中に隠しつつ、テスラがニヤニヤしながら冷やかすと、ふらふらしながら立ち上がったミサゴは力強くサムズダウンしつつラボの外へと足を向ける。


「それで、お前これから何処へ行く?」

「何処って墓参りですよ。 ……一応拝んどくべき人がいるので」


 表情を伺わせぬよう後ろ手に扉を閉め、歩き始めるミサゴ。 通路を黙って往く彼の脳裏には、微かな後悔と共に一人のクロウラーの背中が過っていた。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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