彷徨う蛍火
(私……一体どうしちゃったの……?)
岩盤の中を泳ぐように往くミューテイトの手に囚われたアイオーンが、苦しみに身を捩りながらも必死に思案する。
普段なら間違いなく接近を察知できる相手。 それも、以前遭遇した相手ならば先の動きすら予測できた筈、なのに何故?
それだけではない。 何故自分の力が上手くコントロールを受け付けないのか、何故頭の中からモヤモヤが晴れないのか、敵は何故ここまで危険を冒してまで自分を攫おうとするのか。
分からないことだらけで苦悶する最中、外部から勝手に超自然的接続を確立され、人知れず抱いていた不安感すら筒抜けとされてしまう。
『安心なさい。 貴女は帰るべき場所へ往くだけなのだ。 未開の低脳種族共の常識にこれ以上染められてはいけない』
「未開……?」
意味こそよく分からないが、恐らく良い言葉ではないと察したアイオーンは思わず眉を顰め、ミューテイトを睨んだ。 もっともそれ以上何一つ抵抗することもできず、為すがままに運ばれ続け、その果てに新たな空洞へと辿り着く。
巨大な生物の白骨死体と岩盤が融合したかのような、岩石の要塞が聳え立つ長い縦穴へと。
「ここは……?」
『貴女は何も知らなくて良いことです。 野暮用を済ませ次第、すぐにまた出発しますので暫しお待ちを』
ようやく言葉を発したアイオーンへミューテイトは和やかに微笑みかけると、迷い無く要塞の外殻を潜り抜け、奇怪な偶像が無数に立ち並ぶ大広間へと落下した。
『お待たせして申し訳ないな客人。 約束通りご要望だった物品は確保した。 問題ないか自分達の目で改めてくれ』
アイオーンを自らの背後へ庇うよう立ち上がり、闇の中に向かって奪ったレリックをそっと差し出すミューテイト。 すると複数の緑色の光が闇を切り裂き、アイオーンに思わずアッと小さな声をあげさせた。
闇の帳の中に身を潜めていたのは、地上から拉致されたワケでも無い人間。
それも、兵卒向けとはいえ軍用グレードのパワードスーツに身を包んだ者達が、ニタニタと品のない表情を浮かべて待ち受けていた。
「へへっ見ろよ、例のマジック痴女もお連れだぜ」
「あのクソキモいネカマ野郎も、少しは良い仕事をやってくれるじゃないか」
「今すぐにでも組み敷きてぇなぁチクショウ」
猥雑な物言いと共に、いくつもの下卑た視線がアイオーンの艶やかな肢体を貫く。
「ぅぅ……」
彼らの言っていることや粘つくような眼差しの意味を、アイオーンは理解していない。 だが生き物としての本能が無意識に恐れを掻き立て、己の身体を抱くように腕を回した。 そのいじらしい仕草すら、賊共の下劣な嗜虐心を掻き立てるとも知らずに。
もっとも、その獣欲を満たそうと優先する馬鹿は流石にいない。 彼女の前に聳え立つミューテイトから醸し出される殺気は、大した統率も取れていない賊共を制するに十分だった。
『ところで君達の将は何処へ消えた? 出発前には顔を見せていた筈だが』
「あぁ“コロッサス”さんなら……」
「ここだ、ちょっくら上へ定時連絡を入れてたんでな。 席を外していたよ」
兵卒の一人が誰かの名を呼びつつ周囲を見渡した瞬間、当人と思しき重サイボーグが口数の多かった兵士のヘルメットを軽くひっぱたきながら姿を現す。
ここに立ち並ぶ兵隊の誰よりも逞しい肉体を誇り、ヤワなアンプでは決して制御できない火砲をこれ見よがしに担いだ巨漢。
“コロッサス”と呼ばれた豪傑はふてぶてしい笑顔を見せると、ミューテイトの態度に負けられぬと言わんばかりに胸を張った。
「ごくろうだったなぁミューテイトさんよ。 ちゃんと目的のレリックまで回収してくれて助かったぞ。 流石は我らがビジネスパートナー。 我らが“教授”殿もお喜びになってくれるだろう」
『何、君らが組織に潜り込ませた草のおかげでこちらも仕事が捗った。 協力感謝する』
「よせよ褒めたって何も出ねぇぜ」
半分社交辞令のようなものだが、人を快く思わないはずの怪物と何気なく馴れ合う姿は特異という他にない。 だがコロッサスが周囲に視線を走らせた瞬間、和気藹々としていた空気が一気に冷えた。
「あーところで、救助対象のレプラカーンの野郎は何処に行った? さっきから姿が見えないが」
『残念だが既に殺されていた。 コラテラルダメージというヤツだ仕方あるまい』
「……おかしいなぁ、俺はヤツの生きたままの回収も依頼していたよなぁ」
『言ってるだろ、君らが芋虫と呼ぶ連中に始末されたんだ』
「俺達はヤツが戦死せず生け捕りにされてたのを分かってるんだぞオメェ」
コロッサスの終始にこやかだった表情が一気に豹変し、空気が歪んだと錯覚するほどの澱んだ殺気が場を支配する。
「ふぅんそうかそうか、高度文明人様ってヤツは約束すら守らなくても恥一つ知らねぇのかうんうん……。 さっさとこの星から消え失せろ宇宙人」
『貴様らには棍棒の方がお似合いだ原始人』
「『死ねっ!』」
ちょっとした行き違いから同盟は瞬く間に決裂し、死闘が始まった。 雨霰と放たれた重金属弾が四方の天井や床を削り、うねるように動き始めたミューテイトが地面の中を我が物顔で泳ぎ出す。
「野郎、なめた手品使いやがる!」
「構わねぇ周りの物ごと吹っ飛ばせ! 奪われるぐらいならレリックごと粉砕しちまえ!」
『なめるな毛無し猿共! 私に楯突いたことを後悔させてくれるわっ!!!』
大型イミュニティの体勢すら揺らがせる炸裂弾が小銃感覚で連射され、たかが猿共に負けられぬとミューテイトも星外科学の産物らしき爆発的な力場で反撃に打って出る。 せっかく捕らえたアイオーンの確保すら忘れるほど戦いに夢中となって。
当然、ただの小娘同然の存在が、凄まじい火力のぶつかり合いに巻き込まれて無事であるはずも無かった。
「えっ?」
ほんの僅かミューテイトの庇護から引き離された瞬間、アイオーンは戦いの余波で発生した床の崩落に巻き込まれ、そのまま下層のフロアへ物一つ言えぬまま墜ちていった。
飛べず、超自然的な結界も張れない今、彼女を護るものなど何も無い。
「あっあううっ!」
激しく壁をずり落ち、何度も床に叩き付けられ、痛ましい悲鳴が闇の中に木魂する。
「うっ……うっ……ミサゴくん……」
砂と埃にまみれ、苦痛と恐怖に悶えながら、アイオーンは思わずもっとも近しかった者の名を呟き、倒れ込んだまま涙を零す。
だがこのまま何もしなければ、また何者かに捕まるだけ。 どうすればいいのだと自問する中、涙に揺れる彼女の目に偶然、淡く輝く何かが止まった。
「これは……」
涙を拭き、立ち上がったアイオーンが拾い上げたのは、賊共がミューテイトに奪取を依頼していた錫杖型のレリック。
何故こんなものがここにと考える間もなく、同じフロアの遠方から慌ただしい足音が複数迫ってくるのを、アイオーンは確かに聞いた。
そして思い出す。 コロッサスに率いられていた兵士達が、あまりにおぞましい目線を己へ向けていたことを。
「逃げなくちゃ……」
でもどこへ? レリックを文字通り杖代わりにし、覚束ない足取りで歩きながら彼女は思う。
当然、答えなど無い。 往くアテなど何処にも無い。
それでも、一秒でも長い生を掴むため、アイオーンは闇の中をたった一人で歩き出した。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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