神聖なる輝き
分厚い岩盤を貫いて、4人を載せた鋼の棺桶が誰も知らない場所を目指す。
一口に未踏破区域といえども、その環境は実に様々。 たとえ同じ深度であろうと、少し到着座標がズレるだけで想定とは真逆の自然環境に晒されるのは日常茶飯事である。
しかし今回は先陣を切ってくれた者達のおかげで、遭難の危険からは逃れられた。 その先導者達がまともかと問われると、全く違う問題になってくるが。
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と、下品な勧誘チラシが大量に貼り付けられたポッドの中で、三人はうんざりするような表情で愚痴をこぼす。
「まったく、いつからうちの送迎用棺桶は連中のイニシエーションの道具になったんだよ」
「あとで清掃代要求していいくらいの狼藉だな……」
「黙ってたら賛成・承認・支持だと都合良く解釈する連中だ。 ガッチリ罰を下してくれないと皆が困る」
壁一面から普段使いする重要装備までを埋め尽くす勧誘のチラシを雑に破り捨て、フンと鼻息を吐くピーキーの機嫌は明らかに悪く、ミサゴとアンダードッグは変に彼女の怒りが爆発しないよう、軽く祈った。
そんな不機嫌な三人を放って、アイオーンはセンサーを介して変換された外部の音に聞き入っている。 岩盤を掘削する耳障りな音しか聞こえないはずだが、アイオーンの表情は妙に落ち着いていた。
「どうしたんだアイオーン? 」
「歌が聞こえるの、この乗り物が向かう先から」
「歌だと?」
そんなもんどこからと、思わず訝しむような表情をミサゴが浮かべた瞬間、探査ポッドは岩盤を掘り貫いて新たな空洞へと到達した。 降下先には既に前哨地が完成しており、それなりの灯りがポツポツと瞬いている。
しかし、そんなものよりも遙かに存在感を醸す痕跡が、外部を映すメインモニターの八割を埋め付くした。
「こりゃスゲぇや……」
思わずアンダードッグにそう呟かせたのは、城郭と見紛うほど巨大且つ完全な形を残した痕跡。 壁には地球上のどの文明にも属さない謎の文字の羅列が刻まれ、屋根には魔除けの類いなのか、地球上には存在しない生物の像が規則正しく配置されている。
軍事用なのかそれとも儀礼用なのか、故など誰にも分からない文明の骸。 その骨組みの間を、ささめくような三角波の賛美歌が木魂していた。
「アイツらまさか、あれを寺院に利用しているのか? フラクタスで発見された住居痕跡は共有財産だとあれほど」
「事後だから諦めろと強弁するんだろ、クソカルト共の常套手段だ。 あまり寝言をほざくようなら口の中に銃口突き付けてやればいい。 すぐに素直になる」
「……ピーキーさんあんた、昔はあまりよろしくない警官だったな?」
「さてどうだか」
やたら過激な物言いをするピーキーにミサゴがジト目で指摘すると、彼女ははぐらかすように目を背けながら大きい耳を畳んで見せる。 もっとも、ふわふわした長い尻尾をアイオーンに機嫌良く遊ばせているあたり、まったく真剣に否定しておらず、遠回しに図星だったと答えていた。
「おいお前ら、遊んでないで準備しとけ。 何考えてるか分からないカルト共がゾロゾロいるんだぞ」
「油断なんてしてないから安心しろ。 少なくとも身体のネジ一本連中に渡す気はない」
問答無用に分解しにかかってくるのなら躊躇はない。 敵意にはそれ相応の報いを与えてやるのが礼儀だと、いつでもブレードを抜き放てるように備えだけはしておくミサゴ。
数秒後、ドォンッという到着を伝える衝撃が探査ポッド内に響き、正面ハッチが音も無くゆっくりと展開した。
その先で待ち受けていたのは、恭しく頭を下げて4人を迎える信者達。 歯車とネジ、そしてナットが意匠化されたエンブレムを掲げ、レリックを聖遺物として崇め奉る集団。
正式名称は別に長々とあるようだが、テクノシャーマンという通り名でしか呼ばれない者達が、ハイヴからの援軍を待っていた。
「おお我らが地上の同士、諸君が来るのを待ち侘びていましたぞ。 なにせ貴方達がいないと話が進まないのですからな」
「俺達が? 悪いがおたくらの団体に入信なんて考えちゃいないぞ」
取り敢えず敵意が無いことに安堵するも、何か含みのある言い方をする代表者と思しき信者に軽い不信感を覚え、ミサゴは眉を顰める。
すると、応対する信者はすかさずオーバーリアクションで両手を振り、和やかな笑みで応えた。
「ええ勿論ですとも。“今回に限っては”我々の教義のお話では無いのです。 現状把握と情報共有、それが第一ではありませんか?」
「まぁ、別に反論は無いが……」
「分かっていただいて何より、ではこちらへ。 現時刻までの調査にて最も大きな成果の下へご案内します」
分かりやすい敵意も教団への過剰な勧誘も無く、ただ素直に仕事へ邁進する信者達の様子に軽い戸惑いを覚える3人。 しかしアイオーンが周囲の紋様を眺めながらふらふらと誘われていく様子を見るや、仕方無しとばかりに後を追いかけていった。
石なのかコンクリートなのか、微かな違和感を感じる踏み心地の床を踏み締め、城郭の中心らしきエリアへ導かれる4人。 だだっ広いホールの中へ足を踏み入れた瞬間、柔らかな蒼い輝きが4人の視界を淡く照らす。
「んだこりゃ……、まさかこれもレリックなのか?」
思わず呟き、光の根源をスキャンしたアンダードッグが認識したのは、先端に蒼い球体状に収まった液体を浮かべ、各所を蒼い装甲と金の装飾によって彩られた錫杖のような美麗な物体。
城郭の中心地に突き立てられたそれは、今にも消え入りそうなほどに淡く儚い光を、床に刻まれた溝に沿って施設内へ静かに注いでいた。
「どうです? 劣化も欠損も起こさず、起動し続けている聖遺物を発見するなど極めて珍しい。 ハイヴの研究者達も裸足で小躍りするでしょう」
「だろうな、それで俺達に何をして欲しいんだ? さっさと本題に入ってくれ」
仄かに輝くレリックを見つめるアイオーンを軽く制しつつミサゴが要求すると、驚くほど素直に今回の仕事に関する情報が、アンプを通じて3人の意識に流れてくる。
「貴方達にお任せしたいのは、当施設の調査と安全の確保ですな。 所詮我々は技術だけを期待されて送り込まれたしがないエンジニア。 荒事には向きませぬ」
「よく言うぜ、下手な武装勢力よりおっかない武器貯め込んでる癖に」
「いやはや誤解にも程がある。 我々が有しているのはあくまで浄化の為の祭器であって武器などでは……」
「そういうのを屁理屈って言うんだよクソ坊主」
アンダードッグとピーキーの辛辣な言葉にシャーマンは一瞬口籠もるも、それは置いといてとジェスチャーを混ぜて話を続ける。 無茶な説法を日々繰り返しているためか、そう簡単にメンタルは折れない。
「兎も角! 円滑に調査が進めばフラクタスにて文明を築いた種族の仔細な情報が掴めるかもしれないのです。 運が良ければ理性的な生命体とファーストコンタクトも夢ではない!」
「分かった分かった、露払いはしてやるからお前らも余計なことをするなよ? お祈りの真似事は構わないが無許可でのレリックの接収なんてもっての外だ。 ……えーっとアンタ名前は?」
「団体専属クロウラーとしての名はミッショナリーと申します。 本名はどうかご勘弁を」
「別に構わない。 クロウラーに好き好んで身を窶すヤツはそれが普通だ」
採掘業務に従事するのであれば、ハイヴは大抵の者は快く受け入れる。 そして過去の詮索もクロウラー間では無用。 明文化こそされていないが、それが暗黙のルールの一つだった。
「詳しい説明はその他添付ファイルを参照して下さい。 ではお気を付けて、良い狩りを」
「あぁ、留守中に何かトラブルがあれば早急に連絡を入れろ」
何処までも胡散臭く、白々しく感じる満面の笑みに見送られ、4人は城郭の未探査区域へと向かっていく。
闇の中でか細く輝く、蒼い灯火に導かれて。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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