機械なる信仰
フラクタスにて新たに設けられた武装リニアが、垂直に坑道内を駆け下りていく。
調査の進展から新しいシノギを嗅ぎ付けたブルジョア達の動きは、たとえ危険地帯であっても極めて早く、大規模インフラの高速整備という形でハイヴに媚びを売った。
全てはパンドラシティ内でのイニシアチブを握り、多大な利益と権力を得るため。 そして有益なレリックを我が物とし、グリード・ストリートでの闘争の主導権を握るため。
多くの欲望を注がれた地下空洞は、既に下手な新興国家の規模を優に超えた発展を遂げていた。
『間もなく探査拠点空洞“ワイルドイーグル”に到着します。 お降りの方はお忘れ物のないようにご注意願います』
未だ新品の匂いが残るリニアの中に、管理AIの上品な音声が流れる。 すると、武装リニアの全面を覆い尽くしていた装甲が展開し、固く保護されていた窓の向こうの風景を乗客に向けて開放される。
未だロクに調査されてもいない巨大な光源に照らされ、成長し続ける青々とした空間を。
「すごい! 少し前まで一面森だったのにもうあんな大きな街が!」
「金の匂いってのは偉大なモンだな、全く」
窓の向こうに見える風景に歓声を挙げるアイオーンのすぐ横で、ミサゴはボソッと皮肉を呟くと、荷物をまとめて降車の準備を始める。 ハイヴ関係者だけの為に宛がわれた車両は至って清潔で、傷どころか埃一つ無い。
だが、企業が一切媚びを売る必要の無い別の客車だとそうはいかない。 二人が降りた客車から後ろに連なるエコノミー車両には、大勢の非戦闘員が持てるだけの荷物を持ったまますし詰めとなっている。
極めて劣悪な扱いであり、辿り着いた先も決して安全な場所とは言い難い。 しかし、企業によって彼らに提示された給金は平均的なパンドラシティ在住者の年収を軽く上回り、多くの命知らずを地下深くに送り込む原動力となっていた。
【最新横流し軍用グレードアンプ大放出】
【一家に一台馬鹿でも使える殺獣グレラン】
【死んでも気持ちいい!合法電子ドラッグ!】
【新鮮野菜押してます】と
ギラギラと輝く下品なネオンの下を、ミサゴとアイオーンを含んだ多くの人々が歩いて行く。
PCPDの目が届かないためか、立ち並ぶ店舗の中には、危険でいかがわしい雰囲気を醸すものがちらほら混じる。 しかし、ハイヴのお膝元でやんちゃをするほど向こう見ずで度胸のある者はいない。
治安維持機関の必要性をアピールするために敢えて見逃されているチンピラには、ミサゴへ嫌悪に満ちた視線を向け、アイオーンを獣欲に満ちた目で見つめるのが精々である。
「……手を抜きやがって」
「ん?」
「何でもない」
本来なら見逃してやる義理など欠片も無いが、別の重大な仕事がある以上寄り道は不要であると、ミサゴは不穏な気配に戸惑うアイオーンの手を引き、先を急いだ。
彼らが向かった先は、未探査区域調査の橋頭堡として設営されたハイヴの支所。そこでは特注サイズのスーツを纏った狼女ピースキーパーが、二人の到着を待っていた。
「久しぶりだなお嬢さんにお坊ちゃん。 交際は無事に捗ってるかい?」
「うるせぇよ、化け物になったらデリカシーの欠片もなくなるのか」
「おや、こりゃ失礼だったね。 少なくとも良好のようで何よりだよ」
「……言ってろ」
長くふさふさな尻尾を優美にたなびかせる狼女にからかわれ、ミサゴはムスッとした表情のまま、招集場所であるブリーフィングルームへ足を向ける。
「噂で聞いたぞ? 地上も随分騒ぎになってたじゃないか。 おかげでこっちを扇動しようとしてた同族の化け物共も遠慮無く狩り尽くせたぞ。 奴等を化けられなくした化学の勝利だ」
「ふんっ、そんなことがやれるならパンドラシティでもやって欲しかったがね」
「そう言うなよ、初めて仕留めて死体を確保したのはお前なんだから」
「仕留めたのは俺じゃない、ガウスさんだよ」
今は亡きベテランクロウラーを偲ぶよう、微かに俯きながらミサゴが首を振ると、ピースキーパーの表情が自然と引き締まる。 失言だったと後悔したようだが、対するミサゴは気にせず口を動かし続けた。
「それで、アンダードッグはもう復帰できたのか?」
「元気になったというか何というか……。 まぁツラを見れば分かるよ」
「なんだそりゃ……」
ピースキーパーの思わせぶりな態度を訝しむも、呼び出し先に足を踏み入れた瞬間に、ミサゴはその言葉を理解した。
部屋で待っていたのは、全身余すところなくアンプの端子やコンポーネントが埋め込まれたアンダードッグの姿。
以前と比較すれば遙かに人らしい姿形をしているが、手が入っていないところを探す方が困難なほど、その身体には徹底した改造が加えられている。 インシデントで生物的な変異を遂げたピースキーパーとは、まさに対照的な姿であった。
「これはまた大胆に高いアンプを突っ込んだな。 ちゃんと動作確認やってるのか?」
「せっかく臨時に戴いた金を叩いて、一流のエンジニアとツラを付き合わせながら丁寧に構築したんだ心配するな。 少なくとも生身の人間と比べたらずっと死ににくくなってるのは保証する。 ……正直な話、ここまでやらないと凡人はお前ら化け物に付いていけねぇのよ」
狼女、人型の何か、そして特注アンプを搭載した死亡経験者と、一人ずつ丁寧に視線を送りながら語る。
一歩劣ると自分では謙遜して言いながらも、圧倒的暴を誇るメンツ相手に一切臆せず言ってのける胆力は、クロウラーとして申し分ない物ではある。
「それで、今回潜るパーティは俺達だけなのか?」
「いや、探査ポッドの利用情報が正しければ、テクノシャーマンの一団が調査予定地へ先に降りたようだ。 また面倒なことになりそうでがっかりだよ俺は」
「あぁ全く勘弁して欲しいね、薄汚い拝金カルト共に絡まれるのは」
ミサゴの問いに、アンダードッグが既に受け取った情報を解析しながら答えると、ピースキーパーは露骨にイヤそうな顔をして天を仰ぐ。
当然、何も分からないアイオーンにとってはさっぱりで、彼女は三人の様子を窺いながらおずおずと口を挟んだ。
「ねぇその……、テクノシャーマンって人達は何者なの?」
「フラクタスから掘り出されるレリックは神のお召し物であるから、利用せず奉るべしと主張する新興宗教の狂信者さ。 巻き上げたレリックは、教団幹部にこっそり移植されるって噂だぜ。 いつの時代も小賢しい連中だよ宗教家ってのは」
やれることは今のうちにと、テクノシャーマン達のIPを各々に転送しながら、アンダードックは親切にも問いに答えてやる。 だが、不安げなアイオーンの顔を見て何かイタズラ心が湧いたのか、脅かすように声のトーンを潜めた。
「しかし俺はともかくお前らは狙われるかもな。 特にお嬢さんはよ」
「……私? どうして?」
「貴重なレリックが製造した生きたレリック同然の存在なんて、どんな組織だろうが欲しがるに決まってるだろ。 それに自分の恰好を冷静に鑑みて見な? 小賢しい理性なんて吹っ飛ぶようなグンバツの……オゴォッ!?」
「遠路はるばるセクハラしに来たのかこのチンピラ」
顔面の人工皮膚をイヤらしく歪め嬉々と語っていたアンダードッグの頭部に、極太のドライバーが一本深々とねじ立てられる。 同性へのナメた態度が心底気に食わなかったのか、ピースキーパーの手は極めて早く、容赦が無い。
「ともかく! カルト共の方から接触があっても迂闊に一人で応対しないこと。 分かった?」
「えっ? あっはい」
「……おいピルグリム、もしもの時はアンタがこの子を護ってやるんだよ」
「言われずとも」
覚束ない返答をするアイオーンを見かねて、ピースキーパーは思わずジロッと保護者を睨め付けるが、ミサゴの返答は決まっている。
今さらアイオーンの下から芋を引くことなど出来ない。 ならば自分の目的と彼女の望み、共に果たしてやるのも悪くないと、アイオーンの無垢な瞳をジッと見つめながら思った。
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