さらなる昏き地へ
「おめでとう!」
「ありがとう!」
「素晴らしい!」
「君は英雄だ!」
「大変な功績だ!」
「……そりゃどうも」
過去に優れた功績を挙げたクロウラー達の銅像が立ち並ぶメモリアルホールにて、医務室から引っ張り出されたミサゴは極めて早い昇進のお達しを受けると共に、パンドラシティのお偉方からの過大な程の称賛に晒されていた。
空中戦艦を海辺に不時着させて早二日。 実質片腕で戦艦を担がされるという無理難題をこなした彼の身体は、アンプは勿論、生身部分も酷い損傷を受け、礼服の下はギプスと包帯だらけの痛ましい出で立ちとなってしまっているが、いたわりの姿勢を見せる権力者は誰もいない。
ハイヴ内での式典にかこつけて集まった彼らの真の目的は、パンドラシティにおける己の立場のさらなる盤石化にある。
将来を見込んで投資したい、恩を売ってラジコンにしたい、自分の派閥に引き入れて有利に立ち回りたいという、ミサゴとは違う世界で生きる人々の欲望は、水面下で政治的な駆け引きという争奪戦を加速させていた。
当の本人の迷惑や思いなど、一切考慮することもないまま。
「今回の奇跡は私一人で起こしたワケではありません。 襲撃で犠牲となったクロウラーや民自連の船員にも、同じく讃えられる権利があるはず」
「その尊い犠牲となった者は今ここにいるのかね? ハイヴでどのような常識がまかり通ってるかは知らないが、死んだらそこで終わりだ」
「……っ」
「遺族には3代遊んで暮らせるだけの額が振り込まれる。 そこから先は君が案ずるような事ではない。 分かったら我々の労いを黙って受け入れたまえ。 決して悪いようにはしない」
頑ななミサゴの雰囲気から簡単に飼い慣らせないと悟った権力者達は、少しでも恩を売って超長期的に自分の駒に仕立てる方向性へと計画を変更する。
当然、察しの良いミサゴも相手方の思惑を瞬時に悟るが、撥ね付けて悪印象を持たれてしまうような迂闊は働かない。
「多大なご厚意痛み入るばかりです。 では、フラクタス調査の為の費用を工面していただければありがたい。 今後も一番槍として未調査区域に突っ込む以上、常に万全を期しておきたいので」
「そんなことで良いのか? もっと派手に遊んでも……」
「いえ結構です、少しでも街の発展に貢献して期待に応えなければ」
「……まぁ良い心がけではあるな。 是非、我々の投資に見合った成果を挙げてくれたまえ」
「勿論です。 では、ドクターから戻るよう指示が出ておりますので、これにて失礼させていただきます」
相手を立てておだてて顔を潰さず、自分の仕事の邪魔はさせない。 足りない自分の頭で必死にひねり出した美辞麗句を並べ立て、権謀術数渦巻く泥沼のような空間からやっとのことで脱出を果たすミサゴ。
普段使わない頭を働かせたことで相当疲れたのか、イミュニティ狩りの後にも見せないような草臥れた顔をしながら、己に宛がわれた個室の扉を開く。
その途端、明るい声がミサゴを迎え入れ、陰鬱な表情を浮かべていた無愛想な男の眦が微かに緩んだ。
「ミサゴくん、お疲れ様」
「あぁ、置き去りにして悪かったな」
「気にしないで。 畏まった場での礼儀作法なんて私には分からないから」
暇潰しに雑誌を読んでいたらしきアイオーンは、腰掛けていたソファの上にそれを放ると、よろめくミサゴの身体をしっかりと支えてベッドまで運ぶ。 ただ歩くことにも随分慣れたのか、謎の力場に頼らずとも足取りがフラつくこと無い。
「大丈夫? 平気?」
「多少痛みがあるだけだ。 大したモンじゃない」
「どうして痩せ我慢するの? 本当のこと言って」
「……スマン、実は滅茶苦茶堪えてる」
ぎこちない動きでベッドに座り、礼服を脱ぐのに四苦八苦するミサゴが本音を漏らすと、アイオーンは甲斐甲斐しく入院着への着替えを手伝ってやる。
普段の教え支える側の立場が逆転し、何か思うところがあるのかアイオーンの眼差しはとても穏やかで優しい。
「こんな面倒なこと、看護ドロイドに任せたって良かったんだぞ?」
「私がやりたいと思ってやってるんだから気にしないで。 言ったでしょ? 私は貴方と対等でいたいんだって」
「……君が望んでいるなら別に構わない」
着替え終わり、リクライニング付きのベッドへ背を預けたミサゴは、ベッドのすぐそばの椅子に腰掛けたアイオーンと視線を交わせた。 着替えを手伝ってくれた礼を言うべきだと、暫しの間言葉を探すが、先にアイオーンが何故か申し訳なさそうに口を開く。
「本当なら前みたいに治してあげたいけど、偉い人に止められちゃったから……」
「偉い人と言うとテスラさんか?」
「うん、何でか知らないけどお客様が来ている間はそれを使うなって」
「……まぁ、あの人が言うことだから考えがあるんだろうさ」
少なくとも、部外者の陰険連中に比べればずっと信用に値する人間からの忠告だと、瞬間的に身体を走り抜ける痛みに顔を顰めながら大人しく受け入れるミサゴ。 ただ、それでアイオーンが納得いくかは話は別で、彼女はミサゴの腕をそっと抱き、頬を寄せた。
「ごめんね、私がもっと上手に力を扱えればきっとこんなことにはならなかったのに」
「それは贅沢ってヤツだよ、誰だって出来ること出来ないことがある。 別に怠慢じゃなくて当たり前のことなんだ」
「でも……」
「そもそも君がいなければ、パンドラシティの何分の一かは確実に吹っ飛んでいた。 君がいてくれたからこそ、俺も街も救われたんだ。 だからもっと自分を誇っていいんだよ、アイオーン」
彼女の拍動と温もりを確かに感じ取りながらミサゴが労うと、アイオーンはより一層嬉しげに相好を崩し、ミサゴの手に指を絡める。
それは他の誰にも見せない信頼の証。 しかしここまで距離が縮まると流石に照れるようで、互いの顔が自然と紅く染まった。
「うぉっほん」
「「!!!」」
その瞬間、この部屋にいないはずの人物の咳払いが響き、うら若き二人は互いに身体を跳ね上げ、慌てて身を離す。
二人の視線の先にあったのはTV兼艦内通信用モニター。 その画面の中に今日もハゲ頭が眩しいテスラが偉そうに収まっていた。
「真っ昼間から何をやってるんだお前ら。 ちょっと顔が良いからと見せ付けてるのか?」
「勝手に覗いてきたのはそっちでしょう!? 呼び鈴くらい鳴らして下さいよ!」
「そりゃあ悪いことをした。 だがな、病室をモーテルか何かと勘違いしているお前にも責任がある」
己に絶対の非はないと言わんばかりに白々しく返しつつ、テスラはそれはそれとしてと身振りで示すと、何の感慨もない拍手をゆっくりと二三回打ち鳴らした。
「改めて昇進おめでとう、殻入り階位ピルグリム。 それなりに長いハイヴの歴史の中でも、ここまで早く成り上がりを決めるヤツはそういない」
「お褒めいただき光栄で御座います。 それで今後の俺の探索計画は……」
「あぁ、昇進に伴い未探査区域への先行調査許可が出た。 自己責任だが、これからはもっと深い所まで潜れるぞ。 レリックだろうと新素材だろうと、早い者勝ちで拾い放題だ」
「わざわざ配慮の程、ありがとう御座います」
テスラの報告に対し深々と頭を下げ、謝辞を述べるミサゴ。 一見その表情は窺えないが、唯一その様を横から眺めていたアイオーンは、言い知れない不安を覚えた。
彼女をよろしくない感情へ追い立てたのは、何気ない笑顔。
更なる危険な地へ向かうにも関わらず、ミサゴは恐怖どころか薄く笑っていた。
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