巨鯨の懐
小さな町に匹敵する程に巨大な艦が、無数の火線を眼下の街並みに向けて空を行く。
鉛弾にレーザー、さらには砲弾といった兵器が家を焼き、ビルを砕き、道路や線路を引き裂いていく様は、最早ただの虐殺でしかなかった。
「正気かよアイツら……!」
「どちらにせよ、我らのやるべきことは決まっているだろう」
「言われずとも!」
逃げ惑う民間人の盾となるべく磁力の結界を張り巡らせたガウスから距離を置き、戦艦を直接叩くべく宙を疾駆するミサゴ。
しかし対空砲火を上手くいなしこそすれ、切り込みを阻止するために展開された広域ENシールドは突破できず、暗黒の市街めがけて弾き飛ばされる。
「チッ!」
続けざまに襲い来るであろう機銃掃射に備え、ミサゴは咄嗟にシールドを構えるが、突如眼前に迸った紫紺の光の壁が、向かってきた鉛弾を一瞬で焼き払った。
「ミサゴ君! 大丈夫!?」
「……すまん助かった」
逃げ損なった民間人の避難誘導を終えたのも束の間、新たに訪れた危機を察知して自ら合流を選択したアイオーンは、地下でミサゴを援護した時よりも広大な紫紺色のバリアを展開し、豪雨のように降り注いでいた砲火から街を守る。
鉛弾は勿論のこと、ソフトターゲット用のエネルギー兵器も、結界の表層を荒れ狂うエネルギーの渦に呑まれて通らない。
「噂と違って良い娘じゃないか。 人様の見聞とやらもロクにアテにならん」
「……噂ではなんと?」
「聞かない方が良い」
オーロラのように美麗に揺らめく光の帯に防衛の役割を譲り、自らも攻撃を加えるべく飛翔したガウス。 彼の落ち着いた指摘が、戦闘に無用な事を聞き出そうとするミサゴをやんわりと制した。
「ともかく、さっさと根元を処しなければ被害は広がるばかりだ」
「しかし止めるにしたってどうするんです? ここで撃墜するんですか?」
『やめろそこで艦を墜とすなよアホ共。 万一爆発させたら人が住めなくなるだけでは済まん』
最低限の被害で何処まで事態を収拾できるか、考えを巡らせる二人の脳裏にようやく本部からの辛辣な言葉が響く。
「……重役出勤ご苦労だなコマンダー。 今まで何やってたんだ?」
『パンドラシティご来訪のゲストご協力の下、今回の蛮行が民自連全体の意志なのか確認していた。 互いにウィンウィンのデカい取引を何個も抱えてるのに、問答無用に撃ってくるなんて普通有り得ないからな』
「はぁそれで? 先方はどうシラを切ったんです?」
最早信用に足る相手ではないではないかとミサゴが遠回しに苦言を呈すると、本部は新たな映像データを付近に存在するクロウラーへ一斉に送り付け、立場を露わとする。
一度ナメた真似をしてきた組織は、自ら這いつくばって靴を舐めるまで嬲り倒すのがハイヴ流の礼儀だが、珍しく今回は態度が違った。
『シラどころじゃない。 アイツらは頭のてっぺんからつま先まで真っ白だった。 驚くべきことに今回の敵は一匹。 たった単騎でこれだけの被害を出しやがったのさ』
コマンダーの語りが進む裏で、各々のアンプに送り付けられた映像が同時進行する。
映りの悪い映像の中をのろのろと蠢いていたのは、地球上に存在するどの動物からもかけ離れた姿をした、体表全体がモザイク状の模様に覆い尽くされた化け物。
路地裏のカメラに映り込んでいるとも知らず、我が物顔に振る舞っていたそれは、手にした生首を丸ごと咀嚼すると、完全な人間へと姿を変え、何事も無く表通りの人混みへ消えて行った。
「こいつ、食った相手に成り代われるのか!?」
『それだけじゃない。 ヤツの行動を解析した結果、身長体重どころかあらゆる生体情報、並びに殺害された個人が有していた記憶を学習していることが分かった。 こんな真似、人間には無理だろう』
「つまりイミュニティの一種が、小賢しくも人間様の社会に挑戦を叩き付けてきたと?」
『その認識で間違えていない。 事実、エラいことになってるだろ?』
「他人事のように言わないで欲しいものだな」
アイオーンが張った結界から飛び出し、敵が張り巡らせたENシールドの死角を目指すミサゴとガウス。 激しい対空砲火が、パンドラシティの空を守る無数の小型無人ドローンを迎撃する間隙を突き、二人はシールドの僅かな隙間を潜り抜け、静かに艦内部へ潜入を果たす。
「コマンダー、こちらピルグリム。 無事に敵の懐に潜り込んだ。 標的はどこに潜んでる? 頭さえ仕留めてしまえば終わりなんだろ?」
『簡単に言ってくれるな。 ヤツが艦内の兵士を好き勝手食い荒らしたせいで、誰に化けたのか追跡に時間がかかってる』
「だがこの艦のシステムを掌握する必要が在る以上、最終的な背乗り先は決まっているはず。 挙動のおかしい士官を見つけ次第仕留めればそれで終わりだろう。 ……ありがたいことに標的は逃げ込み先を自分から消していってるようだ」
近場のカメラやセンサーを磁力で引き裂き、相手方の目鼻を潰しながらガウスが淡々と応える。
二人が乗り込んだ艦内は既に鮮血と肉片で汚れ、酸鼻極まった地獄が広がっていた。
「疑心暗鬼に陥った末の同士討ちか。 化け物にしては自分の能力の使い方をよく分かってる」
「感心している場合じゃ無いですよ。 こっちにはロクに手掛かりも無いんですから」
「だが最終的な目星は付いてるだろ? 少なくとも完全なノーヒントじゃない」
少しでも情報を収集しようと、遺体に放置されたアンプに片っ端からアクセスするミサゴだが、標的に繋がる情報は一切掴めず、微かな苛立ちを露わにする。
そんな短気な若人とは対照的に、磁界の紳士の心は落ち着いていた。
「これほど広大な艦内を纏まって捜索するのは手間だ。 一旦二手に分かれよう。 私はブリッジ、君は機関室と武器庫だ」
「了解です。 決して足下を掬われないように」
「それはお互い様だろう坊や」
組んだ時間やかける言葉こそ短くとも、組織に属するプロ同士信頼は重く、二人は軽く頷き合うと、互いの目標に向かって飛翔した。
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