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暗がりに浮かぶ瞳

 ガンロッカーやアンプ調整用具が整備された狭苦しい武器庫の中に、無機質な電子音声とモーターの稼働音が淡々と響く。


「う……くぅ……」

『メンテナンス対象者痛覚レベル低。 作業続行します』


 音の出所となっていたのは、エルゴノミックチェアと診察台を合体させた外観を有するアンプリペアベッド。 無数の工具や医療器具に高度な薬品と、アンプ装着者の健康を維持するに必要な物資を搭載したそれは、酷使された機械の憂さを代わりに発散するかの如く、俊敏且つ乱暴に稼働していた。


 リペアベッドに取り付けられたアームが処置を終える都度に、血やアンプ内を循環する液体が盛大に飛び散り、麻酔を打たれて眠っていたミサゴへ苦痛をもたらす。


 血に飢えたアームが向かう先にあるのは、最終装甲までを展開させてグロテスクな内部機構を露わとしたアンプ“ノーザンクロス”


 アンプとしては破格の再生機能が標準搭載されているにも関わらず、普段の酷使が余程響いているのか、中から引っ張り出される部品は機械生体問わずやたら多い。


 損傷の多い人工筋繊維が弄くり回される都度に、痛ましい呻き声が密室に木魂する。


 だがその苦痛も長くは続かず、新たに投与された薬剤が全身に回ると、眉間の皺や痛ましい呻き声も全て消え、ミサゴは安らかに目覚めた。


『ユーザー定義による左右ウェポンベイ新規武装生成パターンインストール完了。 ハード及びソフトウェアエラーチェック。 ……物理及び論理的エラーなし。 バイオ部位強化用栄養剤投与。 細部クリーニング終了。 これにて臨時メンテナンスを終わります。 お疲れ様でした』

「……あぁ」


 両肩を、両足を、そして両手の調子を軽く確かめながら、ミサゴはゆっくりと立ち上がると、音を立てないようリビングに足を踏み入れる。 居間と言うにはあまりに生活感がない、薄暗く飾り気のない殺風景な部屋の中へ。


 元々備え付けられていた家具以外には、ミサゴの私物らしい私物はほぼ見当たらない。 唯一外から持ち込まれた物といえば、アイオーンの為に引っ張り込んだそこそこ値の張るベッドだけ。


 まだまだ新品の気配が残るそれの上には、アイオーンが無防備に横になっている。 本質は人と異なるとはいえ、艶めかしい容姿を持つ無垢な存在を、独り身の野郎に面倒見させるなど未だに正気ではないと、彼女の寝顔を見る都度にミサゴは感じていた。


「まったく、お偉方はデリカシーもクソもない」


 万一間違いが起きないようにと、なるべくアイオーンのボディラインを意識しないようにしながら、大きな背もたれがついたソファーに寝転ぶ。 彼女を見ることも、向こうからも見られることもない、狭くも貴重なパーソナルスペース。


 そこでようやく気持ちが落ち着くのを感じながら、ミサゴはラジオから静かに流れる波の音に耳を傾けた。


 ミサゴとアイオーンが共に暮らすようになって以来、ラジオの局番を決めるのはもっぱらアイオーンの仕事。 彼女が特に好んだのは、ただランダムに自然音が奏でられ続けるだけのチャンネル。


 暇さえあればさざ波やそよ風の音色にうっとりと耳を傾け、鳥や虫の歌声を楽しげに受け止める姿を、ミサゴは既に何度も目撃していた。


「別に楽しいものでもないだろうに。 一体何が気に入ったのやら……」

「だってこれは私が知らない世界の音だから」

「……すまん起こしちまったか?」

「大丈夫、気にしてないわ」


 あわててミサゴがソファーの影から顔を出して詫びると、アイオーンはゆっくりと身を起こし、髪を掻き上げながら応える。 たったそれだけの何気ない動作もどこか淫靡に見え、ミサゴはさり気なく視線を逸らした。


 そんなミサゴの素っ気ない態度を別に気にも留めず、アイオーンは窓の外に広がる星空を見る。


「時々考えるの。 この空の向こうに、一体どんな世界が広がってるんだろうって」

「……そんなこと、俺は一度も考えたことがなかった」

「どうして?」

「生き抜くだけで精一杯だったからな。 落ちてきた月の欠片が世界をぶっ壊したおかげで、この星に安全だと言い切れる国は未だない。 もう100年以上昔の前の話だってのに」

「そう……なんだ……」


 不躾なことを聞いたと感じたのか、アイオーンは目を伏せて項垂れてしまう。


「そんな顔をしてくれるな。 君は何も悪くないだろう?」


 必要以上に気負ってしまった姿をあまりに不憫に感じたのか、すぐさまミサゴが助け船を出し、自らアイオーンの側まで歩み寄る。


 ミサゴのことは当然として、彼女はこの世界のことを何も知らない。 常識も、パンドラシティのことも、そしてこの星の事すらも。


「人に聞くってことをは何も悪いことじゃない。 知ろうともせず考えないことに比べればずっとな」


 ベッドの上で固まってしまったアイオーンのそばで腰を降ろし、ミサゴが優しく語りかける。


 すると、アイオーンは意を決したかのように目を見開き、ミサゴの身体へ躊躇いなく触れた。


「じゃあ教えて。 私が貴方を治す前から付いていた、この酷い傷はどうしたの?」

「……!」


 アイオーンに問われると同時、ミサゴは途端にバツの悪そうな顔をして黙り込む。


 検査の為に露出していた彼の上半身は傷だらけで、何も知らない他人が見れば、過去を邪推されかねないほどに傷ましいものであった。


「……別に気にする程のものじゃない」

「貴方が気にしなくても、私が気になるの」


 有無を言わせぬプレッシャーを醸し出しつつ、今度はアイオーンがミサゴへ詰め寄るようにして問いただす。 そこに普段彼女が見せる儚さは欠片もない。


「ねぇ、貴方のことをもっと教えて。 貴方は私のことを知っているのに、私は貴方のことを何も知らないのは不公平じゃない」

「それは……」


 なにげない過去の他人との共有。


 それすらも恐ろしく感じたのか、ミサゴの顔が強張っているのを、アイオーンは見逃さなかった。 赤い瞳に宿る、行き場のない怒りと悲しみの影も共に。


「ごめん、いつか必ず話すから。 だから少し時間をくれ」

「……ううん無理をしなくて大丈夫。 私こそ貴方の気持ちを考えず酷いことを聞いた」


 ミサゴの無愛想な仮面の下に隠された感情のうねりを感じ取り、必要以上に踏み込もうとしたことを後悔するアイオーン。


 互いの負い目がきっかけとなり、二人の間に気まずい沈黙が立ちこめる。 部屋の中に響くのは、ラジオから流れる雨風の音だけ。


 しかしそれも突如として散り散りに乱れ、代わりに耳障りなビープ音が流れ始めた。


「なんだコレは……」

「調子が悪いのかしら? 別の局に変えてみましょうか」


 場の仕切り直しにちょうどいいと、アイオーンはこの状況にすかさず飛びつき、ラジオの選局ダイアルに触れる。 だがそれでも、一向にまともな電波が捉えられない。


「どういうこと? こんなこと一度だって……」


 ラジオを軽く叩いたり傾けたりするアイオーンだが、まともな音声は一向にして流れない。


 そして遠方からけたたましい音が響いた瞬間、ラジオの電源が街の明かり諸共消えた。


「えっ?」

「……悪いなアイオーン、仕事の時間だ」


 戸惑うアイオーンを一人置いて、ミサゴはいそいそと装備を調えると、ベランダの扉を開いて暗黒に包まれた下界を望む。


 さらに遠方に望む行政区や工業区、さらにグリード・ストリートの灯は一切消えていない。 つまりこの周辺に住まう民間人を標的にしたテロがこれから行われると、ミサゴの勘がそう警鐘を鳴らしていた。


「君はここで待っていろ。 俺は……」

「待って! 私も行く! 足手まといにはならないから!」


 ミサゴの言葉を遮ったアイオーンが勢い良く立ち上がると、その肢体を紫紺の光が包み込み、いつもの艶やかな魔法使いの衣装が顕現する。


「貴方だけを危険に晒すなんて不公平よ。 私は貴方と対等になりたいの!」

「……そうか、なら行こう」


 アイオーンの必死な顔を見て、ミサゴはふと微笑むと、彼女を手招きしながら闇の中へ身を投じる。


 暗黒の中に落ちていく一筋の蒼い閃光。


 やがてそれは紫紺の輝きを伴うと、共に闇の中へ落ちていった。


今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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