人混みに紛れて
市長とゲストをそれぞれ安全地帯に送り届け、ハイヴ有する地上拠点に帰還したミサゴを待っていたのは、予告されていた通り思わず頬が緩む程の報酬だった。
金だけではなく特別支給された信用コストも、新品のミリタリーアンプを全身一式購入できるほど高額で、寄り道をさせられた甲斐も多少はあったと、通帳を確認したミサゴは心の中でガッツポーズを決める。
大金が転がり込んで困ることはない。 それが汚い金でないのなら尚更である。
「これなら久々に贅沢しても良いな……」
手始めに何を食べようか考えながら踵を返すミサゴ。 しかしハイヴの事務方から改めて着信があると、道を急ぐ同僚らへ器用に道を譲りながら、いやいや回線を開いた。
「ミッションお疲れ様でしたピルグリム様。 ハイヴの名を汚さぬ良い戦ぶりでした」
「そりゃどうも。 それで何のようだ? わざわざお世辞を言うために連絡寄越したワケじゃないだろ」
ミサゴと入れ替わりに呼び出されたクロウラー達や、大量の資料を積み上げたカートを運ぶ業者の動き等、まだまだ問題が山積していることを察しながらミサゴが問うと、達成した仕事に関する情報がアンプを介して注ぎ込まれてくる。
「現在、テロリストの死骸より回収されたログの解析が行われています。 内容次第では追加依頼をお願いする場合があるため、周知させていただきました」
「おいおいまだ扱き使う気かよ」
「まさか、我々は優れたクロウラーが活躍するに相応しいステージを提供しているにすぎません。 その分報酬は弾みますので御一考をお願いします」
「善処するさ」
どうせ拒否しても都合を付けて割り振ってくるんだろうと、ミサゴは半ば諦めながら適当な返事をして一方的に通信を切った。
早ければ明日にでも解析が終わる。 それまでに何とか気分転換を済ませようと考えるが、既に日は傾き始め、何を始めるにも半端な時間である。
「……寝るか」
このまま帰ってダラダラする他ないと家路につこうとした矢先、左眼のアンプが特徴的なエネルギー波形を捉え、見知った者の接近を告げる。
低いビルの合間をふわふわと縫って音も無く飛んできたのは、先に自宅へ帰っていたはずのアイオーン。 性癖不明の不特定多数が彷徨く街中を、いつもの恰好で飛ばすのは流石にまずいとエスタトゥアが判断したのか、今のコーディネートは露出を抑えた常識的かつセンスを感じるシックなものである。
しかしそれでも彼女本来のスタイルの良さまでは隠し切れず、かえってその艶やかさを強調しているようにもミサゴには見えた。
「家で待ってても良かったんだぞ?」
「一人で家に引き籠もっててもつまらないから迎えに来たの。 こうされると人は喜ぶものだってエスタトゥアさんが教えてくれた」
「そうか、だったら今日は寄り道して帰ろう。 君もたまには街中を見て回りたいだろ?」
暇潰しにはちょうど良い機会だとミサゴが眦を緩めて提案すると、アイオーンははにかんだ笑みを返して答えとした。
「あまり気の効いたエスコートは期待しないでくれ。 俺に浮ついた話なんて無縁だからな」
アイオーンとやり取りを続けるうち、多少は人付き合いに慣れたのか、ミサゴの表情と語調は以前と比べればだいぶ柔らかい。 彼女のイヤミや裏の無い言葉は、パンドラシティに訪れる以前から荒んでいたミサゴの心へ、幾ばくかの余裕をもたらしていた。
二人で並んで歩く街中を、企業が無秩序に張り巡らせたネオンの光が満たし、早くも陰り始めたパンドラシティ下層部を太陽代わりに照らし出す。 綺麗なものから汚いものまで全てを等しく。
「これが普通の人達が生きる街の姿なの?」
「上から見てばかりだと意外に分からないもんだ。 日も当たらない大多数が、こんな風情もない場所で味気ない生き方をしているなんてな。 だから、たまには自分の手と足を動かしてみるもんなんだよ」
大企業のエリートから落伍した乞食までを呑み込み、それぞれが在るべき場所へ押し流していく人波の中を、アイオーンと共に流れていくミサゴ。 しかしただ流されていくばかりでは無く、顔なじみにしている飲食店街まで到達すると、自ら率先してアイオーンを導く。
「今日は予算がたっぷりあるからな。 気になるものがあったら言ってくれ」
「いいの? それじゃ……」
あれとこれとそれと、アイオーンは若干遠慮気味に、気になった持ち帰りの食べ物をねだる。
ハイヴから支給されていた味気ない栄養食とは一線を画する薫りの誘惑は、旨みや甘みに飢えていたアイオーンをたちまち虜にしていた。
「毎度! クロウラーの兄ちゃん、今日はデートかい?」
「アンタらがそう思うならそれでいいさ」
「相変わらず無愛想だねぇ。 ほらっ、サービスしとくから彼女とたんと食べときな!」
肉に寿司にデザートにと、普段の+α程度の買い物予定のはずが、大量のおまけをツケられたせいであっという間に持参していた袋のいくつかが満杯になる。
こんなことは当然初めてで、ミサゴは大いに面食らい、人様を生暖かい視線で見てきたおせっかい店主達を、思わずジト目で睨み返した。
「人様を好き勝手おもちゃにしやがって」
「どうしたの?」
「何でもない! ともかく今日は帰ろう。 思った以上に荷物が増えちまった」
これ以上冷やかされるのはゴメンこうむると、普段以上に無愛想なツラを晒しながらツカツカと足早に家路を急ぐミサゴ。 その背中を、アイオーンは頭上に?マークでも付けてそうな動きで追いかける。
「だったらそれ半分くらい渡してよ、私だってこのくらい運べるから」
「……なら、お言葉に甘えさせて貰うよ」
一晩では食べきれないほど色々詰まった紙袋をミサゴがそっと手渡すと、アイオーンは覚束ない手つきでそれを抱える。
「わわっ……」
「普段から飛びっぱなし浮かせっぱなしだから加減が分からないだろ? たまには地べたを歩かなきゃな」
何気ないことで目を丸くするアイオーンに語りかけながら、ミサゴは残りの重い荷物を軽々と担ぎ、彼女の後ろをついて歩く。
その時ミサゴは気付いていなかった。
アイオーンと接している間、自らに言い聞かせるまでもなく極普通に、年相応の青年らしく笑えていたことに。
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