対テロ業務実施
白み始めた空の下、無秩序に建造され続けるメガストラクチャー群が、地平から射し込んできた日光を浴びて街に長い影を落とす。 フラクタスから採掘される莫大な富を喰らい日夜異常成長を遂げる街は、その単純な佇まいから街の在り方を暗に示していた。
天高く輝く巨大建造物と正反対に、陽の届かぬ大通りの中を沢山の市民が俯いて仕事場に向かう。 いくらテクノロジーが発達し人々の生活が豊かになっても、労働者の苦難はいつの時代も変わらない。
そんな夢の欠片もない現実を遙か頭上で眺める人影が、退屈げに独り言ちる。
「誰も彼も暢気なもんだな、あんな馬鹿でかい兵器が街にやって来てるってのに」
パンドラシティからの要請により有事の遊撃役として急遽引っ張り出されたミサゴは、高層ビルに造られたバンテージポイントにて、退屈な見張りを押し付けられていた。
その視線の先に浮かぶは、ツェッペリン型飛行船を思わせる奇妙な風体の巨大空中戦艦が数機。 重要な会談があるとしてわざわざ乗り込んできた都市外の勢力である。
街を燃やそうと思えば容易く為し得る大戦力であるが、それを見て逃げ出そうとする市民は皆無であった。
「定時報告、こちらピルグリム。 ゲスト母艦には依然として異常なし」
『こちら本部、引き続き警戒に当たれ。 あっちは頭の固い連中ばかりだから舐めた仕事してるとドヤされるぞ』
「どうでもいいよ。 俺はただのクロウラーであって、パンドラシティお抱えの兵隊じゃない」
電子光瞬く左眼を存分に活用し、戦艦付近に時折飛来するフローティングキャリアーをスキャンしていくも、怪しい挙動をする機影は一つとしてない。
「大体な、俺達が出張る必要が本当にあるのか? グリードストリートの兵力でアレはどうやっても墜とせないし、パンドラシティの警備は元々PCPDの管轄だろ?」
『自前の武力だけで守り切れる自信が無いんだろうパンドラシティのお偉方は。 何かあれば責任をハイヴに押し付けて、被害者として叩く側へ回りたいんだろうさ』
「へっ、金の亡者は相変わらず汚い考えしてやがる……」
組織同士のくだらない意地の張り合いなど、当然ミサゴには一切興味が無い。 さっさと用事を終わらせてお帰り願いたいと、無愛想な視線が戦艦の側面に刻まれたお堅いデザインのエンブレムを射貫く。
民族自決連盟
通称:民自連
月破砕の余波を受け、戦乱に陥った世界の治安回復に努め続けた国際機関と表現すれば聞こえは良いが、平たく説明すればクソ真面目でやたら頭の固いお役所的な組織である。
複数の旧大国の軍隊が主軸となって設立された故にその勢力と信用は絶大で、擁する単純な兵力や支配地域はパンドラシティなど遙かに上回るが、注力するべき事業が腐るほどあるおかげで保有するアンプ技術は未だ発展途上。
それ故、この分野では最先端を行くパンドラシティと取引を行うことで、テクノロジーの不利を辛うじて補っていた。
「市から直々のご指名だイチイチ文句を言うな。 きっちり仕事をこなせばガッツリ稼げるんだから辛抱しとけ。 それに今のお前はひとりじゃないだろ?」
「……フン」
妙に生暖かい感情の篭もった指摘を受け、返事もそこそこに通信を切るミサゴ。 そのそばには、昇る太陽を眺めながら腰を落ち着けるアイオーンの横顔。 遮るものがほぼない澄み切った空気の中で拝む朝日はとりわけ美しく思えたのか、彼女は遙か東の方角をキラキラとした目で見つめている。
「わざわざ一緒に来なくても良かったんだぞ。 ここは退屈だし寒いだろう」
「ううん平気! それに綺麗な物だって見られたから」
「綺麗な物ねぇ……」
この街に来る以前から汚い世の中を散々見せ付けられたおかげで、何気ないアイオーンの感想にも素直に同意できなかったミサゴは、己が眉間に皺を寄せているのも気付かぬまま監視を続行する。
そして通信用アンプが本部との通信を勝手に再確立すると同時、傍受していた通信が民間から軍用に至るまで慌ただしく騒ぎ始めた。 ゲスなマスメディアの戯れ言からPCPDの無線までが、民自連幹部が乗り込んだ厳つい車両の動向を一斉に追う。
『よぉし聞こえてるなアホ共、まもなくゲストが市庁舎前に到着する。 何か怪しい素振りを感じたら速やかに情報を共有しろ。 万一テロ野郎を見かけたら殺せ』
「テロリスト共の脳内ログの吸い出しは?」
『別の連中に任せる。 お前等はお前等の仕事をやれ』
「ぶへへぇ了解……ぶっ殺してやるぜぇ……」
他にも仕事に駆り出されたクロウラー達の通信が忙しなく流れる中、ミサゴは何も言わず下界のある一点をジッと睨む。
じきにゲストが到着するであろう市庁舎玄関前。 客人を待ち受ける市長の周囲には装甲車や大量の警官による厳重な警備が敷かれ難攻不落のように思えるが、アンプを埋めた人間から見れば否である。
「何だあれは……、アイツら本気で要人守る気あるのか?」
いくら厳つい装甲車で威圧しようと、コズモファンズ化したアンプ装着者相手には置物同然。加えて立ち並ぶ護衛らしきものは、貧弱なピストルしか持ち合わせていないカカシ同然の軽装ばかり。 万一事が起こればとてもじゃないが守り切れない。
それを知ってか知らずか、市長を取り巻くお役人共はどいつもこいつも引き攣ったような笑顔を並べて傅く機会を伺うばかり。 さらに不自然なことに、何人かの役人は忙しなく周囲に目を向けつつ、何故か神経質に時計を覗き込んでいた。
『おいピルグリム』
「皆まで言うな、上は任せろ」
何かろくでもないことが水面下で動いている。
しかしここまで来た以上、ハイヴからの介入で無理に会談は止められない。 ならばやることは一つと、詰めているクロウラー全員の腹は決まった。
「すまんアイオーンちょっと出かけてくる。 留守番は大丈夫だな?」
「平気よ、あなたも気をつけてね」
詰め所の窓から身を乗り出し、眼下から吹き上がる突風を浴びながらミサゴが問うと、アイオーンは微笑みながら手を振る。 温かな送り出しを背に受けて、ミサゴは躊躇いなく空中に身を投げた。
轟々と鳴り響く暴風の中、大きく展開されたスラスターから蒼い炎の奔流が翼のように広がり、火花が舞い散る羽根の如く落ちていく。
あの位置の標的を上から撃てるポジションは一つしかない。 いつも以上に醒めた思考でミサゴは判断し、市庁舎の向かい側にあるビル目掛けて飛んだ。
――時同じくして、下界ではちょうどゲストが市庁舎前に到達し、市長らへ会談前の挨拶を交していた。 パンドラシティ側がやる気の欠片もなく揃えた警備に囲まれながら。
そのみてくれだけの厳重警備の切れ目に一人、表情筋が未発達で小汚い男がバッグに片手を隠して立っている。 明らかに怪しい挙動と存在であるが誰一人として取り押さえようともせず、警備が敢えて見て見ぬフリをしているのは明らかだった。
『……現場警備チーム、もう動いていいぞ』
「よっしゃー!殺す!殺すぞー!」
最早猶予無しと、ハイヴ本部で現場の怠慢をイライラと見ていたコマンダーが許可を下すと、全身ソリッドアンプまみれのサイボーグゴリラが地下からアスファルトを引き裂いて現れ、貧困テロリストに剛拳を振り下ろす。
「グモッ!?」
咄嗟にバッグから拳銃型のクラッカーを取り出すも社会のゴミはそれ以上何もできず、文字通り粉微塵に粉砕され絶命した。
「う……うわああああ!!!」
「誰かPCPDに通報して!テロリストよ!!!???」
「ああん? 誰がテロリストだアホ! 俺ぁちゃんとしたクロウラー様だぞ!」
“GREAT MUSCLE”と自身のクロウラー登録名そのものをシグネチャー化した馬鹿丸出しのタトゥーを見せ付け、非天然要素満載の肉体美をアピールする巨漢だが良い反応を見せる者は誰一人としていない。
歓迎ムード一色だった市庁前が血みどろの陰惨な暴の現場に変貌したことで、群れを成していたメディアや地元住民は我先にと逃げ出した。
混乱がさらなる混乱を呼び、響き渡る悲鳴が余計な野次馬を次から次に呼び寄せる中、明らかに不審な挙動の一団が市長とゲスト目掛けて殺到するも、警備部隊は彼らを退けようとしない。
それどころかドサクサに紛れて銃を抜き放ち、守る対象であるはずの二人へ一斉に銃口を向けた。
「早期退職おめでとう、肥えたブタの召使い共」
目標達成を確信し、獲物の前で舌なめずりをしてみせる悪漢共。 しかし対する市長とゲストは何故か一切臆する様子を見せない。 それどころか、これから殺される家畜を哀れむような目でテロリスト共を眺めていた。
「何だ貴様ら、我々を馬鹿にしているのか!?」
「それはそうだろう。 現に君らは愚かなのだから」
「なっ……」
不意に投げつけられた冷徹な痛罵に動揺し、テロリスト共は声の主を探そうとするも見つからない。
……否、厳密には探すことが出来ない。
まるで全身をビス留めにでもされたように、彼らは小指一つ動かすことができなった。
「何が起こって……」
「ちょっとした手品だよ、当然タネなど教えて差し上げないがね。 ……いや、説明したところで君ら程度の知性では理解が遠く及ぶまい」
冷や汗を零すことしかできなくなったテロリスト共の鼓膜を再び心ない痛罵が揺らすと、ようやくその声の主が小気味よく踵を鳴らしながら現われる。
真っ白な生地に磁力線らしき模様が描かれたスーツを纏う品の良い壮年。 彼は被っていた帽子を小粋に脱ぐと、恭しく罪人共へ頭を下げた。
「どうも初めまして、この度あなた方の処刑を担当する翅付き階位のガウスと申します。 皆様どうか良き旅を」
「やだ……やめ……テバァァッ!?」
必死の命乞いも虚しく、テロリスト共はガウスの操る超磁力によってまとめて圧縮され、瞬く間に巨大な人肉のつみれへ加工された。 おまけに生前のデータが収められた脳内基盤は器用にも傷一つなく回収され、紳士の仕事に抜かりはない。
「ご苦労だったなクロウラー、相変わらず凄まじい仕事っぷりだな。 たった二人でこの場を制圧してみせるとは……」
「二人? 違いますよ市長殿」
労いの言葉をかけるべく歩み寄ってきた文字通りパンドラシティ頂点の男に、ガウスは軽く首を横に振って応えると、おもむろに空を指差す。
――刹那、風の音を響かせ、一条の閃光が鮮血を撒き散らしながら降ってきた。
「ば……バワッ……助け……」
「黙って往生しろダニ野郎!」
詰め役として高所に潜んでいたスナイパーにブレードを突き立て、怒りのままに急降下を選択したミサゴ。 既に異常な存在と化した本人は兎も角、ただの人間に近い存在が高層ビルからアスファルトに叩き付けられてはどうなるかなど、詳しく語るまでもない。
着弾の衝撃でスナイパーの身体は木っ端微塵となり、勢いで千切れ飛んだ生首はミサゴのフィニッシュムーブを楽しげに眺めていた紳士の下へ転がっていった。
「君に上を任せて良かったぞ坊や、この歳になると力任せに飛び回るのは苦手でな」
「何を仰る、貴方なら遠くから首ねじ折って終わらせてたでしょう」
「ははっ、そこまでやれるほど私は器用ではないよ」
大地に突き立てたブレードを引き抜き、血潮を拭いつつ残心をとるミサゴを微笑ましく見つめるナイスミドルだが、仕事はまだ終わっていない。
全ての敵を排除したとはいえ完全に安全を確保したかは分からない故、クロウラー達はそそくさと護衛対象者達を伴って安全な場所へと退避する。
荒れ果て、誰もいなくなったメインストリート。 残されたのは無様に転がる生首のみ。
しかし、突如として路面の中から溶けるように一つの影が生じる。
人でも機械でも、ましてや化け物でもないそれは、転がっていた生首を拾い上げると不気味な笑い声を上げ、誰も知らぬ間に路地の影へと消えた。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
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