悪意の糸を手繰る者共
大空洞の天井に穴が開き、探査ポッドが轟音を立てて降りて来てはすぐさま帰還を繰り返す。
ミューテイトを撤退に追い込んだ後、ポッドの安全な着地地点を確保したとミサゴが上へ通達した途端、長い年月静けさに包まれていたであろう大空洞は、多くのクロウラーが殺到する人気スポットと化した。
人の快適な居住に耐えうる史上初の大空洞。 おまけに先遣隊が全滅したせいで調査がまったく捗っていない未開の地という条件も重なり、現地の状況を聞き付けたクロウラーがお零れを狙ってやってくるのは当然であった。 しかし真っ先に突っ込まされた人間の心証が良いかと問われれば話は別である。
「ふんっ、どいつもこいつも人様を生贄に捧げておいて感謝一つ無しか。 ファーストペンギンってのは実に損な役回りだよ」
特大インシデントが発生したせいで急遽設けられた隔離施設。 その中に特別な許可を得て入場していたミサゴは、アイオーンを伴って目的の場所まで辿り着く。
クロウラー登録名:ピースキーパー
本名:エメライン・ウルフスタン
と、プライバシーの欠片もない標札を掲げられた個室。 その窓の向こうには、星一つ無い夜空のように昏い毛並みを優美に棚引かせ、逞しくも艶めかしい美麗な肢体を躊躇いなく晒す狼女が目を瞑って憩おっていた。
クロウラー採用試験の頃から周囲に舐められない為か、性別や個人的情報をひた隠しにし続けてきたピースキーパーだが、こうなってはどうしようもないと開き直ったのか、アーマーを纏っていた時と打って変わって何もかもを曝け出している。
どう見てもヤケクソだが、その気丈な様子は普段他人に関心が少ないミサゴから見ても哀れだった。
「たかだか1人のクロウラー相手に大袈裟なことだ」
「でもミサゴ君だって同じ目に遭ってたじゃない。 似た者同士じゃないの?」
「君にだけは言われたくないよアイオーン……」
恐らくこの地球上で最も危険な生命体の一人であるアイオーンの問い掛けに、ミサゴは思わず頭を抱えるが、今はそんなことに時間を取られている暇は無いと控えめにドアをノックする。
面会のため特別に与えられた時間は長くない。 故に話が拗れないことを願いながらミサゴが扉を開けると、思った以上に明るい声が二人を出迎えた。
「おや? さっさと仕事に戻ったと思ったが、わざわざ二人揃って見舞いに来てくれるとは」
「何の礼もしないまま消えるなんて出来ませんよ。 貴女が助けてくれなければ俺もこの子も危なかった。 それにアンダードッグが病室に叩き込まれた今、俺達も無理して動くつもりはありません」
あの時言えなかった礼の代わりにと、ミサゴは見舞いの品を棚の上にそっと置くと、エメラインに促されるままアイオーンと並んでソファーに座る。
「身体の調子はどうです? 特段困ったり苛ついたりしたりとかは……」
「至って健康そのものだ。 基礎体力が底上げされたおかげか目覚めはバッチリだし気分が不安定になることもない。 化け物にされた甲斐も少しはあったってもんだ。 お前さんこそ大丈夫なのか?」
「えぇまぁ、俺のアンプには自己再生機能が備わってるから多少壊れても時間をかければある程度直ります。 戦闘中に完治を期待できるほどではないですが」
「十分だろう、お互い壮健で何よりだ」
ミサゴから見ればどう考えてもお互い壮健とは言い辛い状況だが、エメライン自身は何一つ気にせず機嫌良く笑う。 そしてふとアイオーンから向けられる興味の視線に気が付くと、彼女のそばまで鼻先を寄せて微笑んだ。
「どうだお姫様、イヌとか狼とかにそっくりだろう?」
「……ごめんなさいまだ本物を見たこと無くて」
「だったらいつかそこの彼氏に飼って貰いな。 ペットはいいぞ」
「彼氏? 私に彼氏っているの?」
「まともに取り合わなくて良いぞアイオーン。 ただの冷やかしだ」
エメラインの言っていることが理解できず、頭上に?を浮かべるアイオーンを窘めるミサゴ。 態度と口調こそは相変わらず無愛想だが、彼の僅かに頬が紅潮しているのをめざとい女傑は見逃さなかった。
もっとも、今はそれを弄って遊ぶような時ではないと何となく感じているのか、エメラインの表情は自然と引き締まったものへと切り替わる。
「ところで、今日は何用でここに来たんだ? 本当にただの見舞いで来たわけではないだろう?」
「……以前、ストラグルの話をやったのを覚えていますか?」
「あぁ覚えているさ。 お前さんからその名前が出たときは驚いたが」
「連中についての情報が欲しい。 奴等は一体何者なんです?」
以前地上で交戦した重サイボーグの情報を事細かに伝え、可能な限りの情報を引き出そうと試みるミサゴだが、エメラインの表情が急速に険しくなっていくのを察すと、二の句を告げたい気持ちをグッと堪えて様子を窺う。
「ここでも奴等が絡む事例が起きていたとは。 思っていた以上に世界は狭い」
「起きていたって、エメラインさんもアイツらと衝突したことが?」
「……今思いだしても虫唾が走るよ。 権力者を暴力と下劣な特典で調教してラジコン化する。 私がお巡りだった時と同じ手口だ」
狼が余所者を脅かすような深い唸り声が、エメラインの怒りが昂ぶるに連れて少しずつ大きくなっていく。 しかし迂闊だったとでも思ったのかすぐさま笑顔を取り繕うと、辛うじて有する情報を静かに語り始めた。
「組織の全容は不明としか言えない。 分かっていることと言えば、世界中の犯罪組織や反社会的政治結社、そしてマスメディアのスポンサーとして、金、女、兵器に麻薬を好き勝手ばらまいてるカスって事ぐらいだ」
「そんな大がかりな活動を行っているのなら、PCPDやハイヴも要警戒組織として名指しで取り締まってるはずでは?」
「取り締まる? それは無理って話さ坊や。 組織を運営するのが人間である限り、連中はあらゆる手段を使って必ず潜り込んでくる。 おまけに仕留めても次から次におかわりが湧くんだ。 それこそ世界中の人間が高潔な完璧超人にでもならない限り、連中が滅びることはない」
人間とはつくづく業が深い生き物だと、エメラインは己の変異した腕をそっと撫で、乾いた笑みを浮かべる。 諦観かそれとも冷笑か、彼女が過去に如何なる道を辿ったのか一切知らないミサゴは、これ以上踏み込むのは非礼であると悟ると黙って腰を上げた。
「おやっ? もういいのか?」
「残念ですが面会が許された時間はそう長くないんです。 それに一旦地上に戻ってこいとハイヴから通達が届いていますので」
「そうか、だったらお偉方に直接カス共のことを言付けしといた方が良いかもな。 特にレジェンドの歴々なら無碍に扱うこともないだろう。 あの方々は常に玩具を探している。 新しい遊び相手が現れたと聞けば、喜んで力を貸してくれるはずだ」
「……それはいいことなんですかね?」
「いいんだよ暇やってる暴力装置には遠慮無く頼っても。 お前もくだらないことに巻き込まれたくないだろう?」
「えぇまぁ」
兄が消息を絶った地下の果ては未だ遠い。 故に、得体の知れない犯罪結社相手に時間を浪費するなど、ミサゴにとってただの徒労でしかない。
今回の呼び戻しも面倒ごとに繋がりませんようにと、彼は心の中で小さく祈った。
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