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モザイクのケダモノ

 敵性生体反応:検出記録無し。

 ハイヴ関係者勤務記録:ここ数日打刻無し。

 護衛クロウラー生体反応:ここ数日キャンプ付近にて検出されず。


「あれもなしこれもなしか、一体何がどうなってる……」


 ピースキーパーとアンダードッグがキャンプに辿り着くまでの間、ミサゴは残されていた端末にアクセスし、先遣隊の近日中の活動記録を隅々まで調査していた。 しかし彼の期待も虚しく、隊の行方に関する有力な手掛かりは一切見つからない。


 めぼしいデータは、ここに辿り着くまでの間に犠牲となったクロウラーと現場作業員達の名簿だけ。


「駄目だったの?」

「あぁ、何から何まで無しのつぶてだ。 おまけにここに辿り着いた後の日誌だけが何故か念入りに削除されてる。 ……意味が分からない」


 他に侵入口も違法採掘ポッドによる強行着陸の痕跡も無い以上、先に辿り着いていた企業や違法採掘者共による妨害の可能性は皆無である。 しかし隊の中に裏切り者がいたとも、ミサゴはあっさり考えられなかった。 こんな助けもなくば逃げ道も限られた地下深くで背信行為など、ただの自殺行為でしかない。


「ともかく、詳しい調査は皆と合流してからだ。 削除されたデータを復元してからでも遅くは無い」


 それまでせいぜいキャンプ周辺の安全を確保しておこうと、ミサゴが首を鳴らしながら立ち上がった瞬間、アイオーンは彼が羽織る防弾コートの裾を黙って引いた。


「アイオーン?」

「待つ必要は無いみたい。 黙ってこっちに付いてきて」

「な……、ちょっと待つんだ! おい!」


 普段の危なっかしいホワホワとした態度から一転し、極めて理知的な呼びかけと共に飛び立ったアイオーンの背中を、ミサゴが大慌てで追いすがっていく。


「くっ、突然何だってんだよ!」

「気配を感じたの。 そう遠くは無い場所からたくさんの気配を」

「なんだと? 俺のアンプはさっきから何も捉えてない。 勘違いじゃないのか?」

「違う、無理だ、分からないと最初から考えてるから見えないの。 貴方が授かった力は、貴方が望めば必ず応えてくれる。 小難しい理屈をねじ曲げてでも」


 困惑の渦中に叩き落とされたミサゴへ言い聞かせるように、穏やかな口調で言葉を紡ぐアイオーン。 やがて彼女は拠点から少し離れた位置に群生していた木々の間に降り立つと、すぐそばに生えた一本の木の幹を軽く叩いて見せた。


「本当に何も無いのか、貴方が新たに得た眼でもう一度眺めてみて」

「……ッ」


 そんな都合の良い話があるかと半信半疑になりながらも、ミサゴは言われるがまま左眼で周囲一帯をスキャンする。 生体、動体、所属判別ビーコン等、あらゆる機能をデタラメに引っ繰り返しながら周囲を見渡した時、今まで把握していなかった謎のフィルターが人間の反応を瞬く間に検出した。


 計器類が存在を示した先は木の幹の内部。 それもあたり一面の木々の中から大量の反応が示されている。


「まさか……」


 左眼が強く反応した木々のうち、そばにあったものの表面へ慎重に刃を入れるミサゴ。


 やがて削ぎ落とされた樹皮の下から現れたのは、完全に樹木と一体化し息絶えた人間の死骸。 アンプが照合したデータ通りであれば、音信不通となった先遣隊の一員で間違いなかった。


「なんだコレは……、一体どうすればこんな殺し方ができるんだ!?」


 明らかに人間の手では無理な犯行。 さらに言えば、一般的に流通しているアンプを駆使しても限りなく不可能に近いであろう殺し方に、ミサゴはただ唖然とする。


 だが完全に気を抜いていたワケでは無い。 付近から微かに枝を踏み折る音がするのを察知すると、反射的にブレードを展開し、木々の奧から現れた影へ切っ先を向けた。


 白く輝く刀身に映り込んだのは、一見すればただの病的に痩せぎすな人間。 しかしミサゴのアンプ化した左眼はその異常性を容赦なく暴き出していく。


「化け物の癖に二人分の名義を確保してるなんてずいぶん欲張りじゃないか。 スクリーミングイーグルとワイルドキャット。 どっちの名で呼べばいい?」


 二人分の識別信号と二人分のDNA。 二人分の体重に二人分のアンプ。 何もかもを二人分有する怪人。 不意打ちをする間もなく正体を暴かれたそれは、最早小細工は無用とばかりに唸り声をあげ、仮初めの肉体を真っ赤な血潮と共に弾き飛ばした。


 血煙の奧から顕現したのは、山猫のような四肢を備えた下半身と羽根が生やしたヒトの上半身を無理矢理縫いあげたような異形。 ひしゃげた双頭がとりわけ不気味な化け物は、二人に向かって恭しく一礼し、笑う。


『はじめましてわたしたちはクライングキディ。 これからあなたたちをころします』

「!!!」


 “泣き虫な子猫”という自称には似つかわしくない言動と殺意。


 それを察知したミサゴが咄嗟にアイオーンを抱えて飛んだ瞬間、ミサゴが立っていた位置を中心に地面が渦を巻くようにひしゃげ、周りの物体を砂状に磨り潰しながら呑み込んでいった。


 如何なる手段によって行われた攻撃かは知れないが、巻き込まれたら人間などひとたまりも無いだろうとミサゴは察する。


「どいつもこいつもワケの分からん手品を使いやがって!」


 本来、ハイヴに属する者同士の私闘は固く禁じられている。 しかしそんなことを悠長に守っている余裕は無いと言わんばかりに、伸縮自在のブレードが周囲の木々を易々と引き裂いて暴れ狂う。


「ぬるいなぼうや!」


 だが敵も然したるもの。 殺気を察した瞬間に高度を取って間合いから遠ざかり、お返しとばかりに泣き喚きながら渦状の力場を降らせた。 まるで超大国が空軍を持たぬ国に行う憂さ晴らしのように、緑の光景を焦土の中へ呑み込んで消滅させる。


 後に残るのは蟻地獄染みたすり鉢状の砂地だけ。


『しにぞこないが! そこまでしにたりないのならなんどでもころしてやる!』

「悪いが遠慮させて貰う。 こんな浅い所で長々と足を止めている暇はない!」


 全身に配されたスラスターを器用に操り、死の螺旋を紙一重で躱していくミサゴ。 恐らくシールドで受けることなど不可能だろうという直感が、感情の乏しい彼の表情を微かに強張らせていた。


 そんな彼の耳元で、アイオーンが頬を寄せながら囁く。


「ねぇ、あれはやっつけてもいいヤツよね?」

「……あぁ、援護を頼めるか?」

「任せて!」


 今までミサゴの腕に抱かれていたアイオーンも、追いすがる化け物が紛れもない敵だと判断したのか、指先を飛翔する化け物へ向ける。 正直な話危険すぎる力故、頼りたくないのがミサゴの本音だったが、背に腹は代えられない。


 どれだけ強く賢い人間だろうと、死んだらそこで終わりなのだ。


「ヤツの攻撃は俺が責任を持って躱す。 君はヤツを吹っ飛ばすのに集中してくれ!」

「大丈夫、私の力は何よりも強いから。 だからねミサゴ君、貴方の力を少しだけ貸して」

「……なんだって?」


 ステップにフェイント、そして縦横高低へのランダムな全力疾走を織り交ぜ、逃げ回っていた最中に付けられる唐突な注文に戸惑うミサゴだが、アイオーンは返答も待たずに己の身体を支える黒い腕にそっと触れる。


 すると、彼女の身体を淡く包む紫紺の光が染み込むようにアンプ内の人工筋肉製配線を伝ってミサゴの左眼へ到達し、稼働中だったシステムを書き換えていった。


 ほんの僅かな間、カメラ視界内を砂嵐のようなノイズが駆け巡った後、所有者の全く知らない兵器のインジケータが追加表示され、飛び回るクライングキディを勝手にロックオンする。 そこにミサゴの意志が介在する猶予などない。


「なんだこれは? 俺のアンプに何をしたんだ!?」

「大丈夫、これは私の力だから。 貴方はあいつの動きを眼で追って!」

「くっ、あとで納得する説明はして貰うからな!」


 今はアイオーンの哀願を渋々受け入れ、ミサゴは遙か頭上を飛び回る敵を睨め付けた。 当然、敵は相手の事情など鑑みず圧倒的な地の利を生かして爆撃を続行し、動きが鈍ったミサゴを確実に詰みへと追い込んでいく。


「見たぞ! 次はどうすればいい!?」

「ありがとう、後は私に任せて……」


 当たれば終わりの力場の渦を辛うじて躱しつつミサゴが叫んだ瞬間、アイオーンの身体から返答代わりに膨大な光が放射された。 地上で見せたおぞましい破滅の奔流と全く代わらぬ、暴力的なエネルギーが。


「ッ!?」


 攻撃に巻き込まれたとミサゴが誤認するも束の間、アイオーンの身体から離れたエネルギーは自ら意志を持ったように収束し軌道を曲げると、そのままクライングキディの死角から音も無く、全身くまなく蜂の巣にする。


 光故に光速。 何も備えが無ければ対策の打ちようなどなかった。


『ぎゃっ!?』

「何だと!?」


 科学的に有り得ない出来事に、撃たれた側も撃ったのを見届けた側もただ困惑することしかできない。


 かつてクロウラー達だった怪物は瞬く間に屑肉と化し、そのまま森林地帯の奥底へ落ちていった。 後は肥やしとして朽ちるのみである。


「終わった……のか……?」

「いいえまだいる。 ここに訪れた人達の命を玩んだケダモノがすぐ近くに」


 周囲に渦巻いていた砂の螺旋が動きを止めたのを視認し殺意を解くミサゴだが、アイオーンが警戒を怠ることがない。 そんなアイオーンに呼応するように、すぐさまアンプが新たな目標を捉える。


「これは拠点キャンプの方角?」

「急ぎましょう、残された二人が危ない」

「あ……あぁ」


 普段の様子と全く異なる彼女の姿に気圧され、ミサゴはスラスターを全力で吹かしながらも、新たに生まれた疑問を遠慮無くぶつける。


「アイオーン、君はフラクタスのことをよく知ってるのか?」

「いいえ全く。 でもどこかで見たことがある気がするの。 変よね?」

「……そうでもないさ」


 彼女はフラクタスで発掘されたレリックから創造された。 ならば、未だ謎が多いこの隕石に秘められた謎をインプリントされている可能性も否定できない。 あわよくば、兄が姿を消した最深層までの最短ルートさえも。


「……っ」

「どうしたの?」

「何でもない。 とにかく今は急ごう」


 まだ生まれたばかりの彼女を利用しようとする下卑た考えを、少しでも思い浮かべた己を強く戒めながらミサゴは全力で飛んだ。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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