静寂の深緑
上も下も分からないほど深い闇の中を、4つの光が物資運搬用に敷かれた電磁レールを伝って滑るように降りていく。
未探査区域へ繋がるトンネルは未だ突貫工事の状態であるようで明かりすら無く、荷物の往来という最低限の機能だけが生きていた。 食料、弾薬、その他生活用品に広域無線中継アンテナ等、探索に欠かせない物を先遣隊の分も含めて山ほど積載したトロッコに便乗し、4人はひたすら先を目指す。
「周辺にイミュニティの反応無し。 どうやら先に降りた連中は丁寧に露払いをやってくれてるようだな。 ありがてぇありがてぇ」
「だからって警戒を怠るなよ。 どんな腕利きもいきなり首筋に食い付かれたら死ぬだけだ」
「へぇ、ずっとアーマーの中に引き籠もってるお前もか?」
「当たり所が悪かったら誰が何処に逃げ込もうと死ぬもんだ」
生体検出pingを打ちつつ索敵を続けるアンダードッグと、備え付け機関銃を手にトロッコ最後尾を睨むピースキーパーの他愛のないお喋りだけが闇の中に響く。 つい先日大量のイミュニティが湧いたという報告が嘘のように、トンネルはしんと静まりかえっていた。
「不気味だな……、ここまで上手くすり抜けられると……」
「なぁに良い運も悪運もどこかで帳尻合わされるもんだ。 次の不幸で肩落とす前に今の幸運を噛み締めとけよ」
群れで挟撃されるのも視野に先頭車両にて警戒を行っていたミサゴ。 その呟きを耳聡く聞き付けたアンダードッグは、勝手に話に乗っかりながらトロッコの制御システムにアクセスすると、やっとかと言わんばかりにため息を吐く。
「やれやれようやく終点だな。 くれぐれも荷物忘れんなよ? 観光にでも来たかとイヤミ言われるのはゴメンだ」
「だったらツールの一つくらい持って行けよ馬鹿犬。 テメェ様の手は何のために付いてるんだ」
「ド低脳をレスバでレイプするために決まってんだろアウトドア系引きこもりが!」
「……どうでもいいからさっさと出発するぞ」
またしてもくだらないことから口論を始める2人を尻目に、ミサゴはトロッコが止まったのを確認すると、荷物をさっさと背負って歩き始める。 物資運搬用外骨格を付けてなければ運べないような重量級の易々と運べるのは、身に付けたアンプの力だけでは決して無い。
(やはり普通の人間では有り得ない膂力。 自分で考えるのも難だが馬鹿げてるな)
いくらアンプによる肉体機能の強化が普及しようと、基礎となる生身の強化はそう容易では無い。 人体の有機部位強化を可能とするバイオアンプは極めて高価で、下位のクロウラーなどでは決して手に入らない代物である。
心当たりがあるとすれば一つしか無い。
(アイオーン、君は何故俺だけにこんな恩恵をもたらしたんだ?)
正直、不公平な話であるとミサゴは考える。 日夜大勢のクロウラー達が志し半ばで死んでいくにも関わらず、何故自分だけが死の淵から引っ張り出されたのかと。
そんなミサゴの懊悩など露知らず、アイオーンは闇の中をボーッと見ていた。 肉眼では決して様子は窺えず、アンプを介しても大した物が見つからない闇の中を。
「アイオーンどうした?」
「あそこ壊せる。 近道できるよ」
そう言うが早いが、アイオーンはふよふよと宙高く浮き上がると、輝く両手を岩肌に向けて翳す。
「えっ? いやちょっと待って欲しいかなって……」
何が周りに潜んでいるか分からないからやめて欲しいというミサゴの願いも虚しく、トンネルの中を問答無用に紫紺の光が満たし、凄まじいエネルギーの奔流が堅牢な岩盤を易々と溶融させ、引き裂いた。
当然、余波が無いわけがなく、暢気に口論に興じていた馬鹿二人とミサゴは背中を張り倒すような突風をモロに受け、吹っ飛ばされる。
「ウオワァーッ!?」
「おい! お世話係はちゃんと面倒見とけよバカヤロウッ!」
「やかましい! 俺を都合の良い子守呼ばわりするな!」
偶然へこんでいた岩の窪みが吹き溜まりとなり、運良くそこに流れ込んだ3人はもつれ合いながら愚にも付かない罵倒をみっともなく浴びせ合う。
しかし、互いの姿が手持ちのライトを介さずハッキリ見えることに気が付くと、三人はすぐさま岩の窪みから飛び出し、そして呆気に取られた。
アイオーンの手によって新たに築かれた裂け目から、日光と見紛うような眩い輝きがトンネル内に射し込んでいる。
「おいアンダードッグ、私達は地下にいたはずだが間違ってないな?」
「あぁ、お天道さんの光なんて絶対届かないモグラの穴の底のハズだぜ」
明らかにおかしい現象を目の当たりにし呆然とするチンピラと堅物。 そんな彼らをおいてミサゴはひとり、アイオーンを庇うように黙ったまま前へ出ると、シールドを展開しながら裂け目の向こう側を覗き込んだ。
そしてようやく言葉を絞り出す。
「馬鹿な」
分厚い岩盤の裂け目の向こうに広がっていたのは、地下という環境には似つかわしくない緑豊かで広大な丘陵地帯。 日光と水分と温度、あらゆる条件に恵まれなければ育まれないはずの風景が広がっていた。 唯一違う点があるとすれば、太陽の代わりに高い位置を浮遊する謎の物体が、四方に光を降ろしていることだけ。
「有り得ない、こんな地下に地上と代わらない環境があるなんて……」
「なるほど先遣隊が夢中になるワケだ。 浅いところでこんな当たりの大空洞を見つけてたら、そりゃ手柄を独占する為に必死になる」
「探索の結果によっては一気に翅付きまでステップアップだな。 後は年金だけで死ぬまで遊んで暮らせるぞ」
立ち尽くすミサゴの背後から様子を伺っていた二人は、散らばった荷物をまとめながら驚きを口にしながらも周囲への警戒を露わにしている。
「ピルグリム、荷物は我々が運ぶからそこのお嬢様と一緒に偵察を頼む。 これだけ豊かな環境があるならイミュニティ共も腐るほどいるだろう」
「あれだけ目立つような真似やって一匹も寄ってこないなんてありえん。 ちゃんと自分達の失態は自分らであがなってくれ」
「……言われずともそのつもりだ」
二人からの軽い苦言を受け流しつつ、ミサゴが軽く声をかけながらアイオーンを手招くと、彼女は指示を何となく把握してくれたのか、ふわふわと彼の背後を守るように寄って来た。
「幸い、拠点らしい反応は俺のアンプが拾ってる。 安全が確認できたら呼ぶから待っててくれ」
「了解、もし喰われるならせめて退避勧告くらい送ってくれや」
「……ご希望なら化け物共の断末魔でも録音して聞かせてやる」
本来の出入り口に向かってのっそりと向かっていく二人組の背中を見送り、ミサゴとアイオーンは木々らしき物体の合間を縫うように飛翔する。 勿論、会敵を想定して各々戦闘の準備を済ませているが、恐れていた事態が何故か起きない。
「敵が来ない?」
「妙だな……、あれだけ騒いだのなら群れで押し寄せてもおかしくないはずだが」
アンプが捕捉した電子機器の反応の周囲をぐるりと旋回し、目を凝らし生体反応を探っても、見つかるのは障害にすらならない名も無き小動物達のみ。
そして、先にこの地を訪れたクロウラー達の生体反応も見つからない。 何かおかしいと判断し着陸した二人を出迎えたのは、巨岩の影に隠れるようひっそりと築かれていた拠点だけ。
複数台のセントリーガンと直結している警備システム以外に動く影は見当たらず、本来なら後方待機しているはずの人員すらいない。
「……アンダードッグ、こちらピルグリム。 拠点の周りに敵はいない。 今なら動いても大丈夫だ」
「了解、これからお堅いのと一緒にそちらへ向かう」
「ただ、先遣隊のクロウラーどころか警備や通信要員も見当たらない。 どうもイヤな予感がする」
「分かった、こちらからも通信を飛ばしてみるがあまり期待はするな」
ミサゴの声色から事態の重さを鑑みたのか、アンダードッグも態度を改め、己に求められる仕事へと移る。
「どうなってるんだ一体……」
一切の消耗が見受けられない武器弾薬や食料のコンテナを確認しながら、眉間を顰めるミサゴ。
そんな彼の疑問も気にせずアイオーンは一人、巨岩に身を預けながら森の向こう側をジッと眺めていた。
いつもの明るく穏やかな表情とは違う、どこか棘の感じられる険しい表情で。
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