未知の先へ
「そこそこ長く一緒にいて、彼女の様子はどうだ?」
「貴方ならこの子を確実に制御できるのね?」
「なんだその小娘のふしだらな恰好は!この私を誘ってるのかね!?」
「…………」
前哨基地の隔離研究棟にて缶詰にされた挙げ句、地上でも聞き飽きた質問に再び晒され、ミサゴは飽き飽きした様子を隠さず、正面にいるインタビュワー3人を睨め付ける。
新たな拠点への襲撃に加え、クロウラーを含めた少なくない犠牲が出た以上、ハイヴが神経質になるのも当然ではある。 しかし既に終わった話をまたぶり返させるのは違うのではないかと、ミサゴは不服げに頭をかいた。
「あなた方が結局何を言いたいかも分かってますし、俺の返答も代わりません。 兵器として運用するには彼女はあまりに不安定すぎる。 そもそも、まともな社会経験すらしてないこの子に、複雑な命令を臨機応援に理解し実行に移せなんて無茶ですよ。 ……後、この子のファッションを決めたのは貴方の同僚なので俺にクレーム付けるのはやめていただきたい」
自分の命を賭けてまで大袈裟に庇い立てるつもりはないが、全く情が移らなかったわけではない。 故に、己の立たされた立場が分からず困惑するアイオーンにくっつかれながらも、ミサゴは彼女に代わってハイヴからの使者と問答を続ける。
今回本部から送り付けられてきたのは、いずれもミサゴより上位の階位に在るクロウラー達。 中でも責任者として先頭に立たされているクロウラーは、レジェンドを除けば最高階位である“翅付き”に属する者。 ハイヴの中でも選りすぐりの精鋭である。
「同僚というと……、まさかエスタトゥアか?」
「そうですよフェニックスさん。 貴方からも言っていただきませんか? 顔の良い女性は貴方の着せ替え人形じゃないのだと」
不死鳥のコードネームを与えられた端正な顔付きの壮年は、またアイツの仕業かと言わんばかりに眉間に深い皺を寄せるも、すぐさまそれを棚に上げて話を進めた。 クロウラーとして似つかわしくない彼の穏やかな視線の先には、不安げなアイオーンの姿がある。
「だが、現に彼女はコズモファンズ化した人間を仕留め、被害を抑えてくれた。 その上でこうやって大人しく質問を受けてくれている。 これは我々の心強い味方になってくれた証ではないのかね?」
「……俺には彼女の考えていることなんて分かりませんよ。 そもそも、何故彼女が大人しく俺と一緒であろうとするのかも分かってないんです」
まるで借りてきた猫のように大人しく振る舞うアイオーンを横目で軽く見やりながら、ミサゴは複雑な表情して吐露する。
以前テスラには、刷り込みの様な暗示が仕込まれているのではないかと仮説を立てられていたが、何故かそれとは違う気がするとミサゴは薄々感じていた。
勿論根拠など一切無いが。
そんなミサゴの心も露知らず、送られてきた中では紅一点だったクロウラーが、クスクスと口元を隠しながら笑う。 女性としてアイオーンの態度に感じるものがあるのか、彼女の表情は終始柔らかい。
「それは貴方が好かれてるからじゃないのピルグリム? だって貴方そこそこイケメンじゃない」
「からかうのはやめて下さいリーブラさん。 ……一応聞いておきますが、ちゃんと真面目な話をしに来てるんですよね?」
ここまで大袈裟な戦力を送り込んできているわりにはずいぶん緩すぎる話だと、ミサゴはジトッとした目で、先ほど非常識な質問をし続けたふとっちょのクロウラーを見る。
今回ハイヴからの指名で送られている以上、クロウラーとしての実力はあるはずなのだが、偉そうにふんぞり返った男からは戦闘員としての気配は全く感じられない。 だが、自分に対する悪意に対してだけは極めてめざといようで、ミサゴからの冷たい視線に気が付くと、その太っちょの男は丸い顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「貴様! 私を非常識なものを見る目で見るなっ馬鹿者! 大体な、ここに潜るなら潜る者らしい恰好がある! キャバ嬢の方が人権がある恰好させておいて文句を言うな!」
「何度も言いますがこれに関してだけは100%無関係ですよ俺は。 この子にこんな服を着せたのは」
『私だよ』
「はっ……ぱぁああ!?」
俗物としか表現しようのない小男。“バブリージェントル”通称男爵とも呼ばれる見た目だけは面白い男は、部屋に突然実体化したホログラムにより顔面を全力で殴打され平行に飛翔。 そのまま壁に叩き付けられて昏倒。 沈黙した。
『んもー、せっかく私が丁寧に仕立てた衣装に文句つけるなんて、そこのブタは死にたいのかな?』
前触れ無く出現したモザイク状のホログラムは、薄暗い室内を大きく旋回した後一点に収束する。 その果てに現れたのは、ミサゴとアイオーンを私情で振り回す素顔不詳の変人。
『ハローハロー、皆の心の恋人エスタトゥアちゃんだよ♡』
「うるせーぞ半万年引きこもりの中年ネカマ」
「センスないから売り出しの方向性見直した方がいいわよ、かわいいオジサマ」
『やかましいな外野は黙ってろ』
心ない忠告を一身に受け、身も心も瞬時にズタズタにされたエスタトゥアはマジトーンでグッとオーディエンスを脅かすと、憎しみの残滓が残る目でミサゴとアイオーンを見た。
当然アイオーンは怯えて小さく声を漏らすも、咄嗟にミサゴが背に手を回した事で安心したのか、すぐに呼吸を整えて顔を上げる。
「……別の方がわざわざ尋問にいらっしゃってるのに何のようです?」
『新しい仕事が来ている。 先遣隊に続き、今度はお前等が未探査区域に降りろとな』
「なんだと? エスタトゥア、一体どういうことだ!? その子はハイヴの膝元で保護するんじゃなかったのか!?」
『外野は黙ってろと言ったぞ。 これは俺のわがままじゃなくお偉方がお望みなのさ』
「馬鹿なことを! 無責任に使い倒してみすみす死なせるつもりなのか!? あの寄生虫共は!」
高位のクロウラー同士の殺気が正面からかち合い、ゾッとするほどの悪寒がその場にいる全員の背中を這う。
翅付き同士で小競り合いが起きたら基地が崩壊するだけでは済まない。 故にミサゴは身を挺して咄嗟に横から口を挟んだ。
「俺はともかくアイオーンまで? 流石に危険すぎるのでは?」
『お上はこの程度楽勝だとお考えだ。 不安ならこの間組んでいた連中を引き続き同行させてもいい。 その分報酬は減るが……』
「構わないです。 頭数は多ければ多いほど良い」
『まっ、俺もそっちの方がいいとは思うがね。 現場を知ろうともしない豚はいつの時代も兵卒の敵だ』
部屋に篭もりきりの自分のことを棚に上げながらも、本音らしき愚痴を漏らしながらミサゴの判断を肯定するエスタトゥア。 彼のアバターがサッと腕を上げるとSFチックな非実体キーボードが生成され、目にも留まらぬ速度でタイプが進められていく。
『あの2人には俺が手配しておこう。 それと先に降りた連中へ俺からしっかり面倒見るよう連絡しておく。 ……それでいいな? フェニックス、リーブラ』
「勝手にしろ。 万一彼らが死んだら無理通したダニ共とお前の頚で責任を取れ」
「私はどうだって良いわ。 クロウラーが調査から帰ってこないのなんて日常茶飯事だもの」
『おぉ怖い怖い』
言葉では軽く流すエスタトゥアだが、流石に上位クラスの同僚を必要以上に煽るほど馬鹿ではないようで、戯れ程度に呟くと現れた時と同様、唐突にアバターを消滅させ一方的に去っていった。
空気の読めない荒らしが消え、室内が一転して重苦しい沈黙に包まれる中、ミサゴは1人心の底で小さく喜びを噛み締める。
ようやくまた一歩踏み出せる。 他言すれば間違いなく一笑に付されるような目標へ。
そんなことを考えながらミサゴがふとアイオーンを見ると、彼女は今まで不安げだった表情を何故か一転させて微笑んだ。
あの日、ミサゴが文字通り死に瀕した際に見た夢と同じように。
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