9/30 Mon
9/30
「おはよっ!」
元気な声が耳に響く。
「今日も朝から元気だな」
ラビアの笑顔が眩しい。
「別に元気じゃないけどさ、声出さなきゃやってらんないよ」
「確かにそうかもな」
月曜の朝は何かと憂鬱だ。
真面目な奴らからしたら勉強できて嬉しいのかもしれないけど、あいにく俺はそうじゃない。
「ふぁあ…」
「いつにも増して眠そうだな。なんかあったのか?」
「色々とな」
そうだ。ラビアに聞いてみよう。
「幽霊っていると思うか?」
「いるんじゃないのかな」
「お、意外だな。いないって言うのかと思ってた」
「まあ、幽霊は見たことないんだけどね。でも、この村には昔から幽霊信仰があるからな」
「幽霊信仰?」
「この村で有名な伝承があるんだ。大体小さいころに教わるんだけど」
はるか昔、俺たちの今いる場所はかなり栄えた街だったらしい。
しかしある日、街の主要産業が悪霊によって大打撃を受け、住民は引っ越しを余儀なくされた。
だが、事故によって死んでしまった少女はいつまでもこの土地に残り続けていた。
やがて、少女のもとに一人の旅人がやって来る。
少女と旅人は悪霊を退治し、この村を復活させた。
「ということで、村人は幽霊に感謝し、崇めている訳なんだよ」
「まあ老人しか信じてないけどね。伝承とかそういうものでしょ」
「それもそうか」
「じゃあラビアは信じているのか?」
「正直、伝承は信じてないよ。文献によっては筆者独自の解釈だったり別の伝承と混ざっているものばかりだし」
「さっき話したのも一つに過ぎないから事実とは違うかもだし」
「ならなんで幽霊がいるって言えるんだ?」
「だって、いた方が面白いじゃない?」
「なるほどな」
納得の理由だ。
「なんで急に幽霊の話したの?」
昨日のことを話すべきだろうか。
そういえば誰にも話すなって言われてたっけ。
「祭りで幽霊の話が聞こえてな。気になったんだ」
「へぇ、ピグラ村祭りに行ってたんだ。興味なさそうなのに」
「ソロに引っ張り出されてな」
「僕も誘ってくれればよかったのに」
「はーい、席について。ホームルーム始めるよ」
昨日見せた顔とは別の、俺たちの担任のアロが教室に入ってきて、会話は中断された。
変にぐずられる前に来てくれて助かったな。
会話の途中でソロに睨まれてたし、後で謝っとこう。
「言い方があるでしょ」
「事実じゃないのか」
「なによ、引っ張り出されたって」
「俺は家で寝てようと思ったんだけどな」
「演奏が聴けるって飛んできたじゃない」
「まあ、そうだけど」
ソロの演奏だけどな。
「実際、演奏を聞けて満足した」
「下手な演奏だって言ってたじゃない」
「祭りの方はな」
「ん?どういうことだ?」
ソロからため息が聞こえる。
俺の言いたいことは伝わっているのだろう。
「気にすんな。授業始まるぞ」
「いらっしゃい」
「どうも」
今日も楽器店に訪れる。
「あれ?」
俺がいつも演奏している場所に別の人がいる。
「すみません、いつもの場所、使わせてもらってます」
「いえ、別に俺の場所ってわけじゃないので……」
少し下手なホルンの音が聞こえる。
集中しているのか俺に気づいていないみたいだ。
……ホルン?
「昨日の人か?」
「そうですね。購入してくれた後、教えてることになったんです」
「店長が?」
「ええ。仕事が暇な時間になりますが」
「何かあったんですか?」
「少し、懐かしい音だったので……」
懐かしい音か。
確かに、わからないでもない。
俺もどこかで聞いたことあるような、ないような……。
まあ、気のせいだろう。
「ふぅ」
一区切りついたのかホルンをおろし、俺と目が合う。
「あっ!昨日の人!」
「覚えててくれたのか」
「もちろんっ!」
「えっと、ピグラくんだったかな?」
「ああ、俺名乗ったか?」
「ううん。店長さんが話してたから」
「ピグラくんって他にも楽器演奏できるんだよね!」
「さわりぐらいだけどな」
「器用だよねぇ。あ、場所取っちゃっててごめんね!」
「気にしなくて良い。別に俺だけの場所でもない」
「ホルン、二日目とは思えないぐらいぐらい吹けてるな」
「子供のころ少し触っててね。あんまり覚えてないんだけどその時の感覚が残ってるのかなぁ」
「小さい頃触ってただけでこれか。センスあるな」
「ピグラくんがベタ褒めとは珍しいですね」
「俺が苦戦したからな。音が出せてるだけで筋がある」
「他に楽器やってたりするのか?」
「ううん、全然。ホルンが初めてだよ」
「本当か?かなり才能あるぞ」
「正直、他の金管楽器でも触っているのかと思った」
「ピグラくんにそこまで褒められると照れるなぁ」
「俺も店長に教わろうかな」
「いえ、私はまだ何も教えてませんよ」
「まじですか」
この少女は過去の記憶だけでここまで吹いている。
きっと昔に相当練習したのだろう。
「俺も君の演奏を聴きにきて良いか?」
きっとこれからもっと上手くなる。
俺はその演奏を聴いてみたい。
「うん! もちろん!」
「私はアヴィ!よろしくね!」
「ああ、アヴィだな。よろしく」
椅子に座りながらアヴィの練習を聴く。
店長も熱が入っているようで細かく教えている。
じゃあ、お店の方はと言うと。
「いらっしゃいませ」
俺が接客している。
客が来たら椅子から離れ、挨拶をする。
だいたい常連なので顔馴染みばかりだが。
「あれ?ピグラくん、今日演奏してないの?」
「新人が来たんで。店長がしごいてますよ」
俺が目線を二人に誘導させる。
「なるほどね。ホルンかぁ」
「店長も熱が入るわけだな。ピグラくんはお手伝い?」
「そうすね、いつも場所を借りてるので」
「あはは、僕らが聴かせてもらってる側なんだけどな。きっと店長もそう言うさ」
「だったら嬉しいんですけどね。まあでも、甘えるわけには行きません」
「真面目だね。あ、そうだ。ホイッスルって売ってるかな」
「はい、あちらに」
「すみません、お店の方を任せてしまって」
「いえ、これくらいは手伝わせてください」
「ピグラくん、ごめんね?」
「なんでアヴィが謝るんだ」
「場所を使っちゃってるのに私のせいで仕事までさせちゃって……」
「別に俺の場所じゃない。それに店長にはいつも世話になってるからな。機会をくれただけでもありがたい」
「……ピグラくんって優しいんだね」
「いつもは優しくはないぞ。たまたま今が優しい時期なだけだ」
「ふふ、自分で言っちゃうんだ」
「アヴィも演奏かなり上達してたな」
「ううっ!そうだよね、聞かれてたよね……」
「今日だけでも見違えるほどだったぞ」
「あはは、一曲覚えるだけでも必死だったけどね」
「それで十分さ。さて、今日は帰るか」
「あれ?いいの?」
「有意義な時間だったからな」
「ピグラくん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、貸しが多すぎて返しきれないっすけどいつでも力になりますよ」
「頼もしいですね」